国立感染症研究所

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海外での感染が疑われた患者からのEV-D68家族内感染事例

(IASR Vol. 39 p9-11: 2018年1月号)

エンテロウイルスD68型(EV-D68)は, ピコルナウイルス科エンテロウイルス属のエンベロープを持たないRNAウイルスで, わが国では2015年秋頃にEV-D68が検出された患者報告が相次ぎ1), 急性弛緩性麻痺, 重症呼吸器不全, 気管支喘息との関連が疑われた。感染症サーベイランスシステム(NESID)の病原微生物検出情報において地方衛生研究所(地衛研)がEV-D68の検出報告をした患者の多くは呼吸器疾患であるが, 病原体サーベイランスの対象疾患ではないため, 現在のところEV-D68の流行を直接モニタリングできるシステムはない。しかし, 研究的に対象外の疾患をサーベイランスしている地衛研があることや, EV-D68感染による胃腸炎症状, 発疹, 口内炎, 結膜炎等がサーベイランス対象疾患である感染性胃腸炎, 手足口病, 咽頭結膜熱等と診断されることがあるため, それらの患者から検出されたEV-D68の増加を間接的にモニタリングしている状況となっている1)

2009年以降のEV-D68の検出数をNESIDから抽出したところ, 2010年, 2013年, 2015年の秋頃に検出数の増加が認められた(https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/rapid/topics/ev68/151006/ev68mon_170615.gif)。特に2015年は急性弛緩性麻痺の積極的サーベイランスが実施された影響と考えられる検出数の増加が顕著であるが, 2016年1月以降は2016年9月に1例の報告があるのみで, 2017年に入ってからは検出報告はない。

今回, わが国がEV-D68非流行年であると考えられる2017年9月に帰国直後から上気道炎を発症した成人男性よりEV-D68を検出し, また, その後次々と家族内で感染したと考えられる事例を経験したので報告する。

初発患者は30代男性, 2017年9月7日に出国し, 9月8日~10日にかけてインドおよびマレーシアを旅行して9月11日に帰国した。翌, 12日より鼻汁が出始め, 13日には発熱, 14日には咳が認められた。初発患者の子(1歳男児)は9月14日より鼻汁を呈し, 15日より発熱が認められた。また, 配偶者(30代)においても9月15日より鼻汁および咳, 16日より発熱が認められた(図1)。全員, 発症後1週間程度で合併症や後遺症なく回復した。家族全員を対象に呼吸器検体および糞便を回収し, エンテロウイルスおよびライノウイルスをターゲットとしたリアルタイムRT-PCR2)を実施したところ, 初発患者の第2病日, 子の第2病日の呼吸器検体, 配偶者の第8病日の消化器検体で陽性と判定された。陽性検体に対してエンテロウイルスVP4-2領域を増幅するRT-seminested PCR3)およびVP1領域を増幅するCODEHOP PCR4)を実施したところ, 初発患者および子の呼吸器検体でEV-D68のVP4-2領域, 初発患者の呼吸器検体でVP1領域の増幅が認められた。増幅産物に対しダイレクトシーケンスを実施し, CLASTALWを用いて得られた塩基配列の系統樹解析を実施した。

初発患者の呼吸器検体から得られたEV-D68のVP1領域(290nt)の系統樹解析の結果, 2015年の国内の主な流行株と同じSubcladeB3に分類された(図2)。また, 初発患者および患者の子の検体からのVP4領域(338nt)の解析では双方の塩基配列は100%一致しており, 2016年にスウェーデンで発生したアウトブレイク時の株(SubcladeB3)5)と同じクラスターを形成した(図3)。スウェーデン以外にも, 2016年はイタリアでもEV-D68のSubcladeB3による重症事例報告があることから, 2016年はヨーロッパを中心としてSubcladeB3株が流行していたと考えられた5-7)

今回報告した症例は帰国翌日に発症していることから, 国外での感染が疑われた。家族内で感染が拡大し, 1歳児にも症状が認められた。幸い発症者全員軽症であり, 1歳児が集団保育前であったことから感染が広がることはなかったと考えられる。CladeBのEV-D68感染は世界中で重症の呼吸器症状のみならず, 急性弛緩性麻痺との関連が疑われている8-11)。帰国後すぐに症状があっても成人の軽度の呼吸器症状ではEV-D68感染を疑うことは稀である。現在のわが国のサーベイランスシステムでは, このような事例を捕捉することは困難であることから, 国内での流行を防ぐためには, 軽度の呼吸器症状であったとしても周囲への感染防止対策には細心の注意を払う必要があると考えられた。

 

 
参考文献
  1. 国立感染症研究所感染症疫学センター, ウイルス第二部, IASR 37: 33-35, 2016
  2. Osterback R, et al., J Clin Microbiol 51: 3960-3967, 2013
  3. 石古博昭ら, 臨床とウイルス 27: 283-293, 1999
  4. Nix WA, et al., J Clin Microbiol 44(8): 2698-2704, 2006
  5. Dyrdak R, et al., Euro Surveill 21(46), pii: 30403, 2016
  6. Pariani E, et al., Euro Surveill 22(2), pii: 30440, 2017
  7. Esposito S, et al., Virol J 14(1): 4, doi: 10. 1186/s12985-016-0678-0
  8. Greninger AL, et al., Lancet Infect Dis 15: 671-682, 2015
  9. Pfeiffer HC, et al., Euro Surveill 20(10), pii: 21062, 2015
  10. Lang M, et al., Euro Surveill 19(44), pii: 20952, 2014
  11. Gong YN, et al., Medicine(Baltimore)95(31): e4416, 2016

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