エンテロウイルスD-68型が検出された小児・乳児の4症例-広島県
(IASR Vol. 35 p. 295- 296: 2014年12月号)
エンテロウイルス68型(EV-D68)は、1962年に米国カリフォルニア州において初めて、気管支炎や肺炎の小児患者4名から分離されたウイルスであり、検出頻度が少ないことから、極めて稀な呼吸器感染症の原因ウイルスの1つであると考えられてきた1)。わが国では、2005~2010年までは毎年数例のみであったが、2010年と2013年は100例を超えて報告されている(https://kansen-levelmap.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data60j.pdfおよびhttps://idsc.niid.go.jp/iasr/virus/graph/ev2-0110.pdf)。広島県では、近年、4名の小児および乳幼児患者からEV-D68を検出しているので、それら症例の概要を報告する。
症例1:10か月齢の男児。2010年9月24日に受診した小児科医院で滲出性扁桃炎と診断された。主治医は病因としてエンテロウイルス(EV)を疑っていた。同日、医院にて採取された鼻腔吸引液について、5種類の培養細胞(BGM、HEp-2、RD-18S、Vero、FL)を用いたウイルス分離を実施したところ、Vero細胞でEV様のCPEを示すウイルスが分離された。分離ウイルスについては、EVとライノウイルスに共通で、5’NCRからVP2領域を増幅するプライマーセット(OL68-1、EVP4)と、EVのVP1領域を増幅するCODEHOP PCR法により遺伝子を増幅し、増幅産物のダイレクトシークエンス、BLASTによる相同性検索の結果から、分離ウイルスはEV-D68と同定された。なお、併せて実施した呼吸器系ウイルス(メタニューモウイルス、RSウイルス、パラインフルエンザウイルス、アデノウイルス、ボカウイルス)を対象とした遺伝子検査は、いずれも陰性であった。
症例2:12歳1か月齢の男児。2010年11月1日に受診した小児科医院で気管支炎と診断され、病因としてマイコプラズマが疑われた。同日、医院にて採取された鼻腔吸引液についてウイルス分離を実施したところ、FL細胞でEV様のCPEを示すウイルスが分離された。分離ウイルスについては、OL68-1とEVP4プライマーセットによる遺伝子増幅と、増幅産物のダイレクトシークエンス、BLASTによる相同性検索によりEV-D68と同定された。併せて実施した呼吸器系ウイルスおよびマイコプラズマ・ニューモニエを対象とした遺伝子検査は、いずれも陰性であった。
症例3:5歳6か月齢の女児。2013年10月24日の夜に、腹痛と意識障害の主訴で、夜間救急病院に緊急入院した。患児は入院前日の23日から咳嗽、鼻汁が認められていた。入院当初は喘息の症状は認められなかったが、入院期間中に喘息発作と呼吸不全の症状が出現した。治療により、喘息発作の症状は改善したが、第9病日頃から両下肢にポリオ様の弛緩性麻痺が出現した(2014年10月現在も麻痺は改善していない)。入院翌日に採取された髄液と気管内吸引液についてウイルス分離を実施したところ、気管内吸引液を接種したFL細胞においてEV様のCPEを示すウイルスが分離された。分離ウイルスは、CODEHOP PCR法による遺伝子増幅と、増幅産物のダイレクトシークエンス、BLASTによる相同性検索によりEV-D68と同定された。なお、髄液からウイルスは分離されなかった。
症例4:2か月齢の男児。2013年11月2日に鼻汁と咳嗽を伴う無呼吸発作で総合病院に入院となった。入院時の血液、尿、髄液の臨床検査所見、頭部CT検査所見では有意な所見は認められなかったことから、感染症に伴う無呼吸発作が疑われた。入院翌日の11月3日に採取された咽頭ぬぐい液と髄液、11月5日に採取された便についてウイルス分離を実施したところ、咽頭ぬぐい液を接種したRD-18S、RD-A、Vero、FL細胞でウイルスが分離され、CODEHOP PCR法による遺伝子増幅と、増幅産物のダイレクトシークエンス、BLASTによる相同性検索によりEV-D68と同定された。
EV-D68株の系統樹解析:症例1、3、4についてはCODEHOP PCR法によりVP1遺伝子領域の一部を増幅したので、そのうちの343bp(症例3については346bp)についてMEGA5を用いて系統樹を作成した(図)。系統樹解析により、症例3から検出された株(Case 3)は、2011~2012年にかけて、タイ2)、中国、イタリア3)で検出された株と同一のクラスターを形成し、11~15塩基(3.2~4.4%)異なっていた。一方、症例1(Case 1)および症例4(Case 4)から分離された株は、症例3の株と53塩基(15.6%)異なっており、別のクラスターを形成していた。
EV-D68は、主として小児の急性呼吸器疾患の原因ウイルスの1つであり、稀に重症の呼吸器疾患を起こすことが知られている4)。それに加えて、米国カリフォルニア州で、2012~2014年の間に、前部脊髄炎を伴う弛緩性麻痺を発症した23名の小児患者のうち2名の上気道からEV-D68が検出されたことから、弛緩性麻痺との因果関係が示唆されている5)。また、現在、米国内ではEV-D68が小児の間で大きな流行を起こしており、コロラド州では神経症状を示す患者9名のうち4名からEV-D68が検出されている6)。また、ミズーリ州とイリノイ州では重症呼吸器疾患から高率にEV-D68が検出されている7)。今回、我々が示した4症例のうち症例1、2については、急性呼吸器症状を示した軽症例であったが、症例3、4については入院を要する重症例であり、特に症例3については、ポリオ様の麻痺症状を示した症例であった。日本ではEV-D68の大きな流行は起こっていないが、米国国内の流行状況をみると、今後の動向には注意が必要である。
- Ikeda T, et al., Microbiol Immunol 56: 139-143, 2012
- Prachayangprecha S, et al., J Clin. Microbiol 52 (10): 3722-3730, 2014
- Piralla A, et al., J Med Virol 86 (9): 1590-1593, 2014
- Rahamat-Langendoen J, et al., J Clin Virol 52: 103-106, 2011
- MMWR Weekly, October 10, 2014/63(40): 903-906
- MMWR Weekly, October 10, 2014/63(40): 901-902
- IASR 35: 250, 2014
島津幸枝 久常有里(現独立行政法人酒類総研究所)
池田周平 東久保 靖(現広島県健康福祉局食品生活衛生課)
谷澤由枝 重本直樹 高尾信一
独立行政法人国立病院機構呉医療センター小児科
米倉圭二 白石泰尚(現広島市立舟入市民病院)
JA尾道総合病院小児科 谷 博雄
原小児科 原 三千丸
国立感染症研究所ウイルス第二部 吉田 弘