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短期間の地域流行が示唆されたエンテロウイルスD68型検出の小児4症例―仙台市

(掲載日 2015/12/7)   (IASR Vol. 37 p. 14-15: 2016年1月号)

エンテロウイルスD68型(EV-D68)は、米国において1962年に下気道感染症の小児から分離されたウイルスであり、近年まで比較的稀な呼吸器感染症の原因ウイルスと考えられてきた。わが国での報告は少なかったが、最近報告件数が100例/年を超えることもあった。加えて、弛緩性麻痺患者からEV-D68が検出され、その関連が注目されている1)。近年EV-D68に対する注目度が上がるにつれ報告件数は増加し、2015年9月には全国各施設から症例報告が相次いでいる2,3)。1小児科クリニックにおいて、短期間に4名の外来患者からEV-D68が検出されたので、背景等をも含めて概要を報告する。

症例1:7歳女児。2015年9月7日より軽度の鼻汁、9月8日夜から軽度の喘鳴と咳嗽を認めていた。9月9日喘鳴の増悪とともに元気がなくなり、顔面蒼白、嘔気が出現したため初診。経過中発熱は無し。初診時、陥没呼吸がありラ音を聴取。酸素飽和度94%、心拍数100/分。白血球数9,000/μL、CRP 0.3 mg/dl。気管支拡張剤の吸入ならびにステロイド剤の点滴により改善傾向が認められた。気管支拡張剤を投薬し、9月10日再診時にラ音が残存していたが、4日間の経過で改善した。喘息の既往は無し。同居している13歳兄に10日後に喘鳴・ラ音を認めた。

症例2:3歳男児。2015年9月9日より軽度の喘鳴と咳嗽が出現したため初診。経過中発熱は無し。初診時、軽度の陥没呼吸がありラ音が聴取された。酸素飽和度95%、心拍数65/分。気管支拡張剤の吸入を施行、気管支拡張剤を投薬し、9月10日再診時に喘鳴およびラ音は消失し、8日の経過で改善した。喘息の既往無し。兄弟を含め家族内に類似の症状は無し。

症例3:5歳女児。2015年9月8日に咳嗽(中等度)が出現。9月10日咽頭痛に伴い38℃の発熱を認めたため初診。初診時、ラ音が聴取されたが陥没呼吸は無し。酸素飽和度94%、心拍数74/分。気管支拡張剤の吸入を施行、気管支拡張剤を投薬し、4日間の経過で改善した。喘息の既往は無し。家族内に類似の症状は無し。

症例4:4歳女児。2015年9月9日鼻汁、咳嗽(中等度)、喘鳴、39.2℃の発熱が出現、9月10日深夜より咳嗽、喘鳴が悪化したため初診。初診時、中等後の陥没呼吸があり、ラ音を聴取した。酸素飽和度94%、心拍数74/分。気管支拡張剤の吸入を施行、気管支拡張剤を投薬し、4日間の経過で改善した。喘息の既往は無し。兄弟含め家族内に類似の症状は無し。

ウイルス遺伝子検出
当院では、以前から呼吸器感染症のウイルス分離ならびに同定を東北大学大学院医学系研究科微生物学分野と協働して実施してきた。今回のウイルス遺伝子検出はライノウイルスおよびエンテロウイルスの5′末端非翻訳領域を増幅するコンベンショナルPCRおよびシーケンスによってライノウイルスとの鑑別を行い、VP1領域のシーケンスによりEV-D68を確認した。9月9~10日で、咳嗽、喘鳴を来した症例5例の咽頭ぬぐい液を対象に遺伝子検出を試みたところ、うち4例からEV-D68が検出された(症例1~4)。これら4症例のEV-D68は2014年に米国で多数報告された重症呼吸器疾患に由来するEV-D68のClade Bに属していたが、近年アジアで検出されている株と近縁であった。

結果・考察
EV-D68は時に重症の呼吸器感染症、まれに麻痺性疾患からの検出が報告されている。わが国でも報告数は増加しているが、多くは重症例の症例報告や衛生研究所からの報告である。

今回EV-D68が検出された4症例の年齢は3~7歳で、女児3名、男児1名であった。症状としては咳嗽・喘鳴は必発であったが、全例喘息の既往はなかった。全例当院から半径700m以内に居住し、1例を除きすべて数百m以内であった。症例1は小学生、症例2は特に保育園等へは通わず、症例3、4は同一保育園児であった。症例同士の接触歴についてはそれ以上明らかではなかった。症例1では10日後に喘息の既往のある兄が喘鳴を示した。

4症例は、臨床的にはRSV感染症と同様の咳嗽・喘鳴を主とする症状だったが、比較的高い年齢であること、発熱は1例のみで、当初ヒトメタニューモウイルスの感染を疑ったが、臨床的な区別は困難であった。距離的関係、家族内を含めた集団生活からは、市中でEV-D68の流行が存在したことが示唆された。

さらにEV-D68検出前後の2015年8~9月にかけては、同様の呼吸器症状を呈した症例10例の後方視的検討において、EV-D68は1例も検出されず、他に検出された主な病原体としてはライノウイルスが5例、コクサッキーA群ウイルスが1例、4例は陰性であった。また、10月以降の状況についても、同様な呼吸器症状を呈した症例17例の病原体検査では、RSウイルスが8例、ライノウイルス3例、アデノウイルス1例が検出されたが他は陰性で、EV-D68は検出されなかった。今回EV-D68が検出された4症例はすべて呼吸障害を呈したが、弛緩性麻痺例はなかった。本事例のように短期間に限定した地域に症例が集中した理由は明らかではない。しかし、1小児科クリニックでの検出頻度を考えると、市中におけるEV-D68の流行像の特徴を考えるうえでヒントになるかもしれないと考えられた。

 
参考文献
  1. 島津幸恵, 久恒有里, 池田周平, 他, エンテロウイルスD-68型が検出された小児・乳児の4症例-広島県, IASR 35: 295-296, 2014
  2. 藤井慶樹, 則常浩太, 八島加八, 山本美和子, 石村勝之, 喘息症状を呈する患者からのエンテロウイルス68型(EV-D68)の検出―広島市, IASR 36: 249-250, 2015
  3. 幾瀬 樹, 丸山 馨, 布施理子, 坂井知倫, 他, IASR 36: 248-249, 2015 


かわむらこどもクリニック(仙台市) 川村和久
東北大学大学院医学系研究科微生物学分野 岡本道子 押谷 仁

 

 

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