鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応
平成29年3月27日現在
国立感染症研究所
背景
今回、中国における鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症の第5波(2016年10月~)におけるヒトの感染例総数の増加等を受けて、リスクアセスメントをアップデートする。今後も、事態の展開があれば、リスクアセスメントを更新していく予定である 。
疫学的所見
1)事例の概要
- 最初の鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス(以下、H7N9ウイルス)感染のヒト症例は、2013年3月に中国からWHOへ報告された。以後、2017年3月16日現在までに、中国本土からの報告例、もしくは中国本土に滞在歴があるか、中国本土から輸入した家禽との接触歴のある台湾・香港・マカオ・マレーシア・カナダからの患者を含め、1307例が報告されており、うち少なくとも374例(29%)が死亡している1。患者の発生は、中国での冬季にピークを示し、2013年から現在までで5つのピークを認めている2(図1参照)。
- 第1波の症例は135例、第2波は320例、第3波は226例、第4波は119例が報告されている3。中国CDCは、第5波が2016年10月からはじまり、同年12月初旬より報告数が急峻に増加していることを報告した。第5波では、これまでの4つの流行期と比べ、同期間での報告数が多く、流行の始まりが相対的に早く、県のレベルでより広い範囲に発生していることが分かった。しかし、年齢、性別、重症例の割合や家禽への曝露歴などについては、これまでの流行期と変わっていないことが報告された4。これまでの中国本土からの報告の分布を示す(図2参照)。
- 第1波から第4波では、計26のクラスター(少なくとも2例以上のリンクのある症例)を認めた5。第5波では、これまでに江蘇省と安徽省から計2つのクラスターを認めていたが4、今回新たに、江蘇省、浙江省、安徽省から計3つのクラスターを認めた。このうち2つのクラスターは家庭内での接触による感染が疑われているが、家族内感染を疑われている患者についても生鳥への接触歴を認めた。安徽省のクラスターのひとつは、3人であり、生鳥と接触し感染したと思われる男性とその世話をした父が発症し、また、男性の入院した病院の同じ病棟に1日滞在した女性も発症している。父には生鳥との接触歴もあるが、女性については生鳥との接触歴は不明である6。これまでに、3次感染例は認めていない。
2)臨床情報
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これまでの報告から、潜伏期間は多くが3日~7日(最長10日)と推定されている7。
- 発熱、咳嗽、呼吸困難、頭痛、筋肉痛、全身倦怠感などの症状が出現し、症例の多くは、重症肺炎の病像を呈する8。一方で、軽症から中等度の病像を呈し、インフルエンザ様疾患に対する病院定点サーベイランスで探知された報告もある9。
- 111例のH7N9ウイルス感染症による入院患者の研究によると、85例(77%)が集中治療室に入室し、30例(27%)が死亡した。症状としては、発熱(100%)、咳嗽(90%)が多く、14%の症例では、下痢や嘔吐の消化器症状をみとめた。入院時、108例(97%)の症例で肺炎をみとめた。経過中、71%の症例でARDS(急性呼吸窮迫症候群)、26%でショック、16%で急性腎不全、10%で横紋筋融解症を合併した10。
- 死亡10例と生存30例を比較した疫学研究によると、死亡のリスク因子として高齢、慢性肺疾患、免疫不全状態、長期の投薬歴、オセルタミビル投与の遅延(生存例で発症から治療までの中央値で4.6日、死亡例で7.4日。両群ともオセルタミビル感受性あり)が報告されている11。
- H7N9ウイルス感染症に関して、リアルタイムRT-PCR法による呼吸器検体を用いた検査が推奨されている12。
3)感染源・感染経路
- 調査が可能であった第5波(2016年9月~同年12月)の97例中、87例(90%)では、鳥への接触歴があり、そのうち72例(83%)が生鳥市場への訪問歴があった。対応として、広東省、浙江省では都市部での生鳥の取引を禁止し、食鳥処理場は集約化されている。また、江蘇省や安徽省などの多くのヒト症例が報告されている地域でも生鳥市場を禁止するなどの対応がとられている4。
- 広州では、3例の高病原性H7N9ウイルスへのヒト感染例が発生しており、そのうちの1例は台湾に帰国してから重症化した輸入感染例である。これら3例からはいずれもノイラミニダーゼ阻害剤に対して低感受性を示すウイルス遺伝子変異が検出されている13。いずれの患者でも検体採取前に抗ウイルス薬が投与されており、二次感染は発生していない。また、全ての症例が治療抵抗性であったわけではなかった。
- 第5波で、ヒト感染例の報告が急増した原因の一つとして、生鳥市場や生鳥に関連する環境からのサンプル中のH7N9ウイルス陽性率の増加が2016年の12月に認められ、以前の流行より相対的に早かったことが示唆されている4。ヒトの症例が多く報告されている地域では、飼育鳥に関連する環境中のウイルス検出数が多く報告されている(図3参照)。2017年2月22日から28日に広東省の9都市27か所の市場で行われたサンプリング調査において、855検体が採取され、83検体(10%)がH7陽性であった14。なお,これまでに、中国本土の野鳥からもH7N9ウイルスが検出されたことが報告されている15。
ウイルス学的所見
2013年に中国で初めてヒト感染事例を引き起こしたH7N9ウイルスは少なくとも3種類の異なる鳥インフルエンザウイルスの遺伝子再集合体であると考えられ、家禽に対して低病原性を示し、ヒトに感染すると重篤な症状を来し得ることが報告されている。第4波までに分離されたウイルスは全て家禽に対して病原性が低い低病原性ウイルスであったが、第5波では患者および生鳥市場の鶏や環境から家禽に対して高い病原性を示唆する変異を有したウイルス(高病原性ウイルス)が分離された。インフルエンザウイルス遺伝子配列のデータが蓄積されているGlobal Initiative on Sharing All Influenza Data (GISAID) databaseには、感染者から分離された4株、生鳥市場環境から分離された1株の高病原性ウイルスが登録されており(2017.3.13現在)、それ以外にも生鳥市場の鶏や環境から、数例の高病原性ウイルスの検出例が国際獣疫事務局(OIE)に報告されている16。すなわち、第5波では、家禽に対して高病原性を示すH7N9ウイルスがヒトや家禽市場で検出されるようになり、低病原性H7N9ウイルスと混合流行していると考えられる。これまでに分離された低病原性ウイルスの主な遺伝子解析所見については、2014年のリスクアセスメントに記載している。
H7N9ウイルスは、第5波で新たに出現した高病原性ウイルス変異株も含め、継続的にヒト-ヒト間で感染伝播するような能力は獲得していない4,17-19。これまでのところ、高病原性ウイルスの出現でヒトに対する疫学的パターンに変化がみられた証拠はなく、低病原性ウイルスから高病原性ウイルスへの変異により、ヒトでの病原性や感染力に影響を及ぼすという科学的な根拠は認められていない20。
米国CDCの報告によると、GISAIDに登録された第5波のヒト感染例および生鳥市場環境から集められた74株のH7N9ウイルスのHA遺伝子の塩基配列解析から、遺伝子系統樹では大きく2つのクラスターに分かれ(Pearl River Delta群とYangtze River Delta群)、そのうち93%(69株)はYangtze River Delta群に属することを明らかにしている3。
WHOインフルエンザ協力センター(米国CDC, 米国St Jude小児研究病院)で実施された抗原解析の結果、Pearl River Delta群に属するウイルスはWHOが推奨する2013年のワクチン候補ウイルスと抗原的に類似しているが、流行の主流となっているYangtze River Delta群に属するウイルスはワクチン候補ウイルスから抗原性が変化しており、この群から新たに2株のワクチン候補株(A/Guangdong/17SF003/2016-like virus, A/Human/2650/2016-like virus)が作製されることになった21。
日本国内の対応
2013年4月26日、「鳥インフルエンザ(H7N9)を指定感染症として定める等の政令」(2013年政令第129号)、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行令の一部を改正する政令」(2013年政令第130号)、「検疫法施行令の一部を改正する政令」(2013年政令第131号)等が公布され、鳥インフルエンザA(H7N9)は指定感染症に定められた。それに伴い、2013年5月2日付の厚生労働省通知により、38℃以上の発熱及び急性呼吸器症状があり、症状や所見、渡航歴、接触歴等から鳥インフルエンザA(H7N9)が疑われると判断した場合、保健所への情報提供を行い、保健所との相談の上、検体採取(喀痰、咽頭拭い液等)を行うこととなった。2015年1月21日、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第 12 条第1項及び第 14 条第2項に基づく届出の基準等について」(2006 年3月8日健感発第0308001 号厚生労働省健康局結核感染症課長通知)の別紙「医師及び指定届出機関の管理者が都道府県知事に届け出る基準」の一部が改正され、鳥インフルエンザA(H7N9)を指定感染症として定める等の政令が廃止された。現在、鳥インフルエンザA(H7N9)は二類感染症に定められている。二類感染症に追加後の対応に関しては、鳥インフルエンザA(H7N9)に感染した疑いのある患者が発生した場合における標準的な対応において変更はない。
リスクアセスメントと今後の対応
- 冬季に入り、中国の浙江省、広東省、江蘇省、福建省などの東部沿岸部地域を中心に、鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症の流行が活発になっていることが推察される。また、家禽市場での交易は未だ広い地域で行われていると考えられ、継続してヒト症例が発生することが懸念される。日本国内への患者の流入の可能性も否定できない。
- 限定的なヒト-ヒト感染があることから、国内に入国した感染者から家族内などで二次感染が起こりうる。
- しかしながら、先に記した疫学的・ウイルス学的所見から、人への感染が確認されているH7N9ウイルスは、ヒト-ヒト間で容易に感染伝播するような能力は獲得しておらず、容易に感染が拡大する可能性は低く、また持続的なヒト-ヒト感染の可能性は低いと考えられる。
- 第5波では高病原性ウイルスが生鳥市場の環境や家禽から分離され、ヒト症例も3例報告された。この高病原性ウイルスは家禽に対して高病原性であるが、現時点ではヒトに対して高病原性であることを示唆する科学的根拠は得られていない。また、これらの高病原性ウイルスによるヒト感染例ではノイラミニダーゼ阻害剤に対し低感受性を示すウイルス遺伝子変異が検出されたが、この抗ウイルス剤耐性は当該症例に対するノイラミニダーゼ阻害剤の前投与により誘導された可能性が考えられる。
- 抗原性の変化しているウイルス群が増えていること、その群に高病原性H7N9ウイルスが属していることを踏まえ、WHOは新たに2株のH7N9ワクチン候補ウイルス株を推奨した。
- 症例の大部分が鳥との接触歴や生鳥市場への訪問歴がある。流行地域へ渡航する際には、それらの場所への訪問を控えること、流行地域への渡航後に発熱を認めるなどの体調の変化があった場合には、医療機関の受診時に渡航歴を伝えること、などの注意喚起が必要である。
- 感染研は 「鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に関する臨床情報のまとめ:臨床像・検査診断・治療・予防投薬」を2013年4月26日に、「鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に対する院内感染対策」を2013年5月17日に、「鳥インフルエンザA(H7N9) 患者搬送における感染対策」を2014年7月16日に、感染研ホームページに掲載しているところであるが、今後もWHO、中国等からの情報に基づき、正確な情報を提供していく。
参考文献
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- World Health Organization. Influenza at the human-animal interface. Summary and assessment, 17 January to 14 February 2017.
- Iuliano AD, Jang Y, Jones J, et al. Increase in Human Infections with Avian Influenza A(H7N9) Virus During the Fifth Epidemic — China, October 2016–February 2017. MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2017;66:254–255.
- Lei Zhou, Ruiqi Ren, Lei Yang, et al. Sudden increase in human infection with avian in uenza A(H7N9) virus in China, September–December 2016. WPSAR 2017; doi: 10.5365/wpsar.2017.8.1.001
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図1.鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスのヒトへの感染例 n=1223(2月14日現在, 文献2から引用)
図2.中国本土からの鳥インフルエンザA(H7N9)報告地域 2013年2月~2016年12月(n=889, 文献4から引用)
図3.中国本土の鳥インフルエンザA(H7N9)ヒト症例とトリ・環境中の陽性例の報告地域 2015年10月~2017年3月15日(文献14から引用)