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鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応

平成30年6月14日現在
国立感染症研究所

 

背景

 中国における2017-2018年シーズンの鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスの感染者数が過去のシーズンに比較し極めて少なく3例のみであった。2017-2018年シーズン後半にあたり、疫学情報及びリスクアセスメントをアップデートする。 

 

疫学的所見

 

1)事例の概要

2)臨床情報

3)感染源・感染経路

ウイルス学的所見

 米国Centers for Disease Control and Prevention(CDC)よりインフルエンザのパンデミック時に個々のウイルスの評価と優先順位の決定のためにInfluenza Risk Assessment Tool (IRAT)が提唱されている。これには、ヒト-ヒト感染持続の可能性とヒト-ヒト感染が持続した際の公衆衛生へのインパクトという2つの評価分野があり、それぞれについてリスク評価が行われる15。IRATにより、 現在、鳥インフルエンザH7N9ウイルスは評価対象となっている鳥インフルエンザのなかでは最も高い、中から高レベルのリスクに分類されている16

2013年に中国で初めてヒト感染事例を引き起こした低病原性鳥インフルエンザH7N9(LPAI-H7N9)ウイルスは少なくとも3種類の異なる鳥インフルエンザウイルスの遺伝子再集合体であると考えられ、家禽に対して低病原性を示し、ヒトに感染すると重篤な症状を来し得ることが報告されている。第4波までに分離されたウイルスは全て家禽に対して病原性が低い低病原性ウイルスであったが、第5波では患者および生鳥市場の鶏や環境から高病原性鳥インフルエンザH7N9(HPAI-H7N9)ウイルスが分離されている。HPAI-H7N9ウイルスも含め、鳥インフルエンザH7N9ウイルスは、継続的にヒト-ヒト間で感染伝播するような能力は獲得していない10,17-19。LPAI-H7N9ウイルスの主な遺伝子解析所見については、2014年のリスクアセスメントに記載している。また、最近になって、動物実験(マウス、フェレット、カニクイザル)において、ヒトおよびニワトリから分離されたHPAI-H7N9ウイルスが、インフルエンザ感染のモデル動物であるフェレットにおいてLPAI-H7N9ウイルスと同様に効率は良くないが飛沫感染で感染伝播すること、さらに一部のウイルスでフェレットに対して致死感染伝播を示す場合があることが報告された20,21。さらに、哺乳動物に馴化した変異(PB2-627Kや701N)を獲得したHPAI-H7N9では、飛沫感染伝播の効率がさらに高まることが報告された21

米国CDCの報告によると、Global Initiative on Sharing All Influenza Data(GISAID)に登録された第5波のヒト感染例および生鳥市場環境から集められた74株のH7N9ウイルスのHA遺伝子の塩基配列解析から、遺伝子系統樹では大きく2つのクラスターに分かれ(Pearl River Delta群とYangtze River Delta群)、そのうち93%(69株)はYangtze River Delta群に属することを明らかにしている22

WHOインフルエンザ協力センター(米国CDC, 米国St Jude小児研究病院)で実施された抗原解析の結果、Pearl River Delta群に属するウイルスはWHOが推奨する2013年のワクチン候補ウイルスと抗原的に類似しているが、流行の主流となっているYangtze River Delta群に属するウイルスはワクチン候補ウイルスから抗原性が変化しており高病原性鳥インフルエンザH7N9ウイルスもこの群に含まれる。この群から新たに高病原性鳥インフルエンザウイルスを含む2株のワクチン候補株(A/Guangdong/17SF003/2016-like virus, A/Hunan/2650/2016-like virus)が作製されることになった23

日本国内の対応

 2013年4月26日、「鳥インフルエンザ(H7N9)を指定感染症として定める等の政令」(2013年政令第129号)、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行令の一部を改正する政令」(2013年政令第130号)、「検疫法施行令の一部を改正する政令」(2013年政令第131号)等が公布され、鳥インフルエンザA(H7N9)は指定感染症に定められた。それに伴い、2013年5月2日付の厚生労働省通知により、38℃以上の発熱及び急性呼吸器症状があり、症状や所見、渡航歴、接触歴等から鳥インフルエンザA(H7N9)が疑われると判断した場合、保健所への情報提供を行い、保健所との相談の上、検体採取(喀痰、咽頭拭い液等)を行うこととなった。2015年1月21日、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第 12 条第1項及び第 14 条第2項に基づく届出の基準等について」(2006 年3月8日健感発第0308001 号厚生労働省健康局結核感染症課長通知)の別紙「医師及び指定届出機関の管理者が都道府県知事に届け出る基準」の一部が改正され、鳥インフルエンザA(H7N9)を指定感染症として定める等の政令が廃止された。現在、鳥インフルエンザA(H7N9)は二類感染症に定められている。二類感染症に追加後の対応に関しては、鳥インフルエンザA(H7N9)に感染した疑いのある患者が発生した場合における標準的な対応において変更はない。

リスクアセスメントと今後の対応 

前述のように、鳥インフルエンザH7N9ウイルスはIRATによる評価で現在、中から高レベルのリスクに分類されており、引き続きトリ及びヒトにおける発生状況を注視していく必要がある。

【日本人渡航者が感染するリスク】

【鳥インフルエンザH7N9ウイルスが持続的なヒト-ヒト感染を起こすリスク】

感染研は 「鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に関する臨床情報のまとめ:臨床像・検査診断・治療・予防投薬」を2013年4月26日に、「鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に対する院内感染対策」を2013年5月17日に、「鳥インフルエンザA(H7N9) 患者搬送における感染対策」を2014年7月16日に、感染研ホームページに掲載しているところであるが、今後もWHO、中国等からの情報に基づき、正確な情報を提供していく。

 

参考文献

  1. World Health Organization. Influenza at the human-animal interface. Summary and assessment, 26 January to 2 March 2018
  2. ECDC. Communicable Disease Threats Report, 7 April 2018.
  3. Zhou L, Chen E, Bao C,  et al. Clusters of Human Infection and Human-to-Human Transmission of Avian Influenza A(H7N9) Virus, 2013–2017 , Emerg Infect Dis. 2018;24(2)
  4. WPRO. Avian Influenza Weekly Update Number 638, 25 May 2018.
  5. Li Q, Zhou L, Zhou M, et al. Epidemiology of human infections with avian influenza A (H7N9) virus in China. N Engl J Med. 2014;370:520.
  6. Ke Y, Wang Y, Liu S, et al. High severity and fatality of human infections with avian influenza A(H7N9) infection in China. Clin Infect Dis. 2013;57:1506.
  7. Ip DK, Liao Q, Wu P, et al. Detection of mild to moderate influenza A/H7N9 infection by China’s national sentinel surveillance system for influenza-like illness: case series. BMJ. 2013;346:f3693.
  8. Liu S, Sun J, Cai J, et al. Epidemiological, clinical and viral characteristics of fatal cases of human avian influenza A(H7N9) virus in Zhejiang Province, China. J Infect. 2013;67(6):595-605.
  9. Interim Guidance for Specimen Collection, Processing, and Testing for Patients with Suspected Infection with Novel Influenza A Viruses Associated with Severe Disease in Humans.
  10. Zhou L, Tan Y, Kang M, et al. Preliminary Epidemiology of Human Infections with Highly Pathogenic Avian Influenza A(H7N9)Virus, China, 2017. Emerg Infect Dis. 2017;23(8):1355-1359.
  11. Zhou L, Ren R, Yang L, et al. Sudden increase in human infection with avian influenza A(H7N9) virus in China, September–December 2016. Western Pac Surveill Response J. 2017;18;8(1):6-14.
  12. 農林水産省, 中国の鳥インフルエンザに関する情報,平成30年3月30日
  13. Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO). H7N9 situation update, 23 May 2018.
  14. China Ministry of Agriculture and Rural Affairs of the People’s Republic of China.
  15. IASR 2015: 36(11):221-223
  16.  CDC. Summary of Influenza Risk Assessment Tool (IRAT) Results.
  17. Watanabe T, Kiso M, Fukuyama S, et al. Characterization of H7N9 influenza A viruses isolated from humans. Nature. 2013; 501(7468):551-5.
  18. Xiong X, Martin S, Haire LF, et al. Receptor binding by an H7N9 influenza virus from humans. Nature. 2013; 499(7459):496-9.
  19. Tharakaraman K, Jayaraman A, Raman R, et al. Glycan receptor binding of the influenza A virusH7N9 hemagglutinin. Cell. 2013; 153(7):1486-93.
  20. Imai M, Watanabe T, Kiso M, et al. A highly pathogenic avian H7N9 influenza virus isolated from a human is lethal in some ferrets infected via respiratory droplets. Cell Host & Microbe. 2017; 22:1–12.
  21. Shi J, Deng G, Kong H, et al. H7N9 virulent mutants detected in chickens in China pose an increased threat to humans. Cell Res. 2017:1-13.
  22. Iuliano AD, Jang Y, Jones J, et al. Increase in Human Infections with Avian Influenza A(H7N9) Virus During the Fifth Epidemic — China, October 2016–February 2017. MMWR. 2017;66(9):254–255.
  23. World Health Organization. Antigenic and genetic characteristics of zoonotic influenza viruses and development of candidate vaccine viruses for pandemic preparedness. March 2017
  24. World Health Organization. Analysis of recent scientific information on avian influenza A(H7N9) virus. 10 February 2017

 H7N9ra180614 fig1

図1.鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスのヒトへの感染例 n=1567(3月2日現在, 文献1から引用)

 

H7N9ra180614 fig2

図2.中国本土の鳥と環境における鳥インフルエンザA(H7N9)の検出地域別陽性検体数 2013年2月~2018年5月23日(文献6から引用)

 

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