国立感染症研究所

 

2014年10月31日
国立感染症研究所

〇事例の概要

エボラ出血熱は、エボラウイルスによるウイルス性出血熱であり、わが国では感染症法において1類感染症に位置づけられている。本疾患はその臨床像において出血症状が必ずしも認められないことから、近年ではエボラウイルス病(Ebola virus disease: EVD)と呼称されることもある。エボラウイルスは主に接触感染でヒトーヒト感染を起こし、EVDは高い致命率を示す。

現在、西アフリカ諸国で起こっているEVDの流行は、2013年12月にギニアのゲケドゥに始まり、2014年3月の時点で、家族内及び院内感染伝播を中心とした第一波のアウトブレイクへと発展した1)。ギニア保健省は3月23日に世界保健機関(WHO)に対してEVDアウトブレイクを公式に報告した2)。さらに、5月以降は感染者の国境を越えた移動により隣国のリベリア、シエラレオネにおいて急速に患者数が増加した。現在もこれら3か国において地域的拡大および患者数の増加が続いており、過去最大のEVDアウトブレイクに発展している。また、医療従事者に多数の感染者がでていることは大きな公衆衛生上の懸念である。

今回の西アフリカにおける流行事例について、WHOは8月8日国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)であることを宣言した3)。9月中旬に開催されたWHOの緊急委員会会合において、流行国との国境におけるサーベイランスの強化、検査診断体制の確立、医療従事者に対する感染対策のトレーニング、患者が発生した場合の緊急対応チームの強化等が必要であると提言された4)

上記3か国以外では、7月にはナイジェリアにおいても、エボラウイルスのヒト-ヒト感染連鎖が確認されたが5)、その後に同国内でのEVDの封じ込めが確認された。また、8月末と9月末には、渡航関連の患者がセネガルと米国でそれぞれ1例ずつ発生し、セネガルにおいては、すでにEVDの終息宣言がなされた。一方、米国においては、すでに本患者に関連して医療従事者3名の感染が確認されている6)。スペインにおいても院内感染事例が報告されている6)

 

〇疫学的所見

WHOの報告によると、2014年10月29日現在、EVD患者(疑い例を含む)の累計患者数は、総数で13676例、うち死亡例4,910例であった。国別には、ギニアで1,906例(死亡997例)、リベリアで6,535例(死亡2,413例)、シエラレオネで5,235例(死亡1,500例)、ナイジェリアで20例(死亡8例)などである7)

WHOチームは2014年9月14日までの西アフリカ5ヶ国(ギニア、リベリア、シエラレオネ、ナイジェリア、セネガル)における報告患者のうち詳細情報が得られた4,010例(3,343の確定例、667の可能性例)の解析結果を報告した8)。患者の中央値は32歳(範囲:21〜44歳)で、各国間の患者年齢に差はなかった。患者の大半(60.8%)は15〜44歳であり、性差も認められなかった。発病から患者が探知されるまでに認められた症状は頻度の高い順に、発熱 (87.1%)、倦怠感 (76.4%)、嘔吐(67.6%)、下痢 (65.6%)、食欲不振 (64.5%)、頭痛 (53.4%)、 腹痛(44.3%)、他であった。最終的な予後情報が得られている患者(患者全体の46%)を用いて算出すると、致命率は70.8% (95%信頼区間[CI] 68.6 -72.8) となり、ギニア・リベリア・シエラレオネにおいて差はなかった。入院患者のみに限ると、致命率は64.3% (95% CI, 61.5-67.0)と下がり、これも国による差はなかった。曝露機会が特定できる患者情報に基づいて算出された潜伏期の中央値は11.4日であり、国による差はなかった。概ね95%の患者は曝露後21日以内に発症した。基本再生産数(R0)は、ギニアは1.71 (95% CI, 1.44-2.01) 、リベリアは1.83 (95% CI, 1.72-1.94) 、シエラレオネは2.02 (95% CI, 1.79-2.26)などであった。感染した医療従事者の318例中、うち151例が死亡した。

 

〇ウイルス学的所見

EVDを引き起こすエボラウイルスには5つの亜属(ザイール、スーダン,ブンディブジョ、タイフォレスト、レストン)の存在が知られ,レストンエボラウイルス以外はサハラ砂漠以南の熱帯雨林地域で発生したEVDの流行の原因となっている9)。現在、西アフリカで流行しているEVDの原因となっているエボラウイルスはザイールエボラウイルス(または,系統樹解析上ザイールエボラウイルスに極めて近縁のエボラウイルス)による。

 

○過去のEVDアウトブレイクにおけるヒト-ヒト感染に関する情報10)

1976年にスーダンでEVDアウトブレイクが初めて確認されて以来、2014年に至るまでサハラ以南のアフリカにおいて20回以上のアウトブレイク事例が報告されている1,9,11-12)。1995年のコンゴ民主共和国におけるEVDアウトブレイクにおいては、27名の生存患者の家族173名について、家庭内接触調査が実施された13)。173名の家族中28名(16%)が二次感染により発症したが、この二次感染者の全てが一次感染患者と直接接触していた。これに対し、一次感染患者と直接接触のなかった家族には二次感染は一例も認められなかった。また、本調査では体液及び患者死体との直接接触が発症リスクを高めたとされている。

エボラウイルスは発熱を呈している患者血液中に検出される14)。死亡例の血中ウイルス遺伝子レベルは、回復例のそれより高い15)。また、死亡例において、血中遺伝子レベルは急性期に急峻に増加する。一方、回復例ではウイルス遺伝子を発症3日以内には検出できない場合があり、一旦増加した血中ウイルス遺伝子レベルは回復期に向かって減少する。

過去の調査において、エボラウイルス遺伝子は、EVD患者の血液以外の体液等(急性期患者の唾液、便、皮膚スワブ、涙、急性期及び回復期患者の母乳、回復期患者の精液)で検出されている16,17)。急性期患者の汗、急性期患者の尿、喀痰、吐物からはウイルス遺伝子は検出されていない。 回復期患者から採取された臨床検体(涙、汗、便、尿、唾液、腟分泌物)からのウイルス遺伝子検出はほとんどなかったが、精液での検出頻度は比較的高かった16,18,19)。現時点では、精液以外の回復期の患者検体は感染性がないと考えられる。精液に関する検討では最長発症後101日までウイルス遺伝子が検出されたとの報告があるが、性行為によるウイルス感染伝播については未だ知見が十分ではない。また、死亡したEVD患者の皮膚の真皮には病理組織学的に多量のウイルス抗原の存在、急性期患者の皮膚スワブにはRT-PCRでウイルス遺伝子の存在が示されている16,20)。しかし、急性期のEVD患者との直接的な皮膚接触による感染伝播が患者の皮膚に存在するウイルスによるのか否かはよく判っていない10)

ウガンダにおけるEVDアウトブレイクにおいて、患者隔離病棟の環境中の31サンプル(患者病室の床、ベッド枠、使用後の聴診器など)は全てウイルス分離培養、ウイルスRT-PCR検査でウイルス遺伝子が陰性であったことが報告されている15)。従って、エボラウイルスの感染伝播に、病室環境等における媒介物が関与する可能性は考えにくい10)

 

〇国内対応

検疫所のホームページ等で情報提供を行い、ポスターによる注意喚起を実施するなど、渡航者、帰国者への注意喚起を行っている。外務省は、8月11日現在、国民に対してギニア、リベリア、シエラレオネの3か国への不要不急の渡航は控えることを勧めている。一般向けには、エボラ出血熱に関するQ&Aなどによる情報提供、地方自治体担当者向けには、エボラ出血熱疑い患者が発生した場合の標準的対応フロー等を発出するなどして対応し、国民や地方自治体担当者への周知を図っている。エボラ出血熱発生国からの帰国者については、2014年10月21日より、全例を検疫法に基づいた健康監視の対象とし、潜伏期間内(帰国後21日間)は、1日2回(朝・夕)の体温その他の健康状態について検疫所への報告を求めるものとなった。10月24日より、医療機関の受診者について、発熱症状に加えて、ギニア、リベリア又はシエラレオネの過去1か月以内の滞在歴が確認できた場合は、エボラ出血熱の疑似症患者として直ちに最寄りの保健所長経由で都道府県知事へ届出を行うこととなった。

 

〇リスクアセスメント

今回の西アフリカにおけるEVDの流行は、過去最大の規模に発展している。しかしながら、その要因はザイールエボラウイルスの生物学的性状の変化によるものではなく、発生国内及び隣接国への感染拡大を断ち切るための十分な対策がとられていないことによる。ギニア、リベリア、シエラネオネにおいてEVDの累計患者数の増加が続いているが、国民に対しては発生国への不要不急の渡航を控えることが勧告されていることなどから、国内でEVD患者が発生する危険性は低いと考えられるが、万一、EVD患者が発生した場合に備えて、以下のような対応をとっておく必要がある。

  • ギニア・リベリア・シエラレオネでは、引き続きEVD患者の増加と地域的拡大が報告されており、流行状況を慎重かつ継続して監視していくことが重要である。
  • 急性期のEVD患者の体液との直接的接触は発症リスクを高める。また、EVD患者に対する、感染予防策なしでの医療・看護行為はEVDの発症リスク因子のひとつである。EVD患者あるいは疑い患者を診療する場合は、接触予防策、飛沫予防策に加えて眼の防護具を装着することが最低限必要である。皮膚を露出させないような防護具(撥水性キャップなど)を使用することや、エアロゾルを発生する可能性がある場合にはN95マスクの使用も検討すべきである。
  • EVD発生国への21日以内の渡航歴のある者については、入国後には検疫所による健康監視の対象となる。その間、発熱等の症状が出現した場合には、自ら医療機関を受診することは控えていただく必要がある。また、上記の疑似症患者については、検疫所と都道府県等が連携の上、特定又は第1種感染症指定医療機関に移送する。特定又は第1種感染症指定医療機関においては患者がEVDである可能性を念頭に入れ、事前に十分な感染予防策をとり、患者を診療することが重要である。
  • 症状のあるEVD患者は感染源となることを踏まえて対策をとること。なお、感染源として体液や排泄物があげられ、血液、唾液、便、精液、涙、母乳等がそれにあたる。また、吐物も感染源となると考えるべきである。
  • 特定及び第1種指定医療機関においては、エボラ出血熱を含む感染管理対策研修等の対策が取られているところであるが、院内での患者受け入れ手順を確認すること、個人防護具の着脱訓練を繰り返し行うことなどの追加対応を行うことが望ましい。

○参考文献

  1. Baize S, et al, Emergence of Zaire Ebola Virus Disease in Guinea — Preliminary Report. N Engl J Med. 371:1418-25, 2014
  2. WHO Ebola virus disease in Guinea (Situation as of 24 March 2014) http://www.afro.who.int/en/clusters-a-programmes/dpc/epidemic-a-pandemic-alert-and-response/outbreak-news/4064-ebola-hemorrhagic-fever-in-guinea-24-march-2014.html
  3. WHO Statement on the Meeting of the International Health Regulations Emergency Committee Regarding the 2014 Ebola Outbreak in West Africa. http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2014/ebola-20140808/en/
  4. WHO statement on the second meeting of the International Health Regulations Emergency Committee regarding the 2014 Ebola outbreak in west Africa. http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2014/ebola-2nd-ihr-meeting/en/
  5. Shuaib F, et al. Ebola virus disease outbreak - Nigeria, July-September 2014. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2014 Oct 3;63(39):867-72.
  6. WHO:Ebola Response Roadmap Situation Report 3 12 September 2014 http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/133073/1/roadmapsitrep3_eng.pdf
  7. WHO : Ebola Response Roadmap Situation Report 29 October 2014 http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/137376/1/roadmapsitrep_29Oct2014_eng.pdf
  8. WHO Ebola Response Team Ebola Virus Disease in West Africa- The first 9 months of epidemic and forward projections. N Engl J Med 371:1481-95, 2014
  9. Leroy EM, et al. Ebola and Marburg haemorrhagic fever viruses: major scientific advances, but a relatively minor public health threat for Africa. Clin Microbiol Infect 17:964-76,2011
  10. CDC. Review of human to human transmission of Ebola virus. Oct 17, 2014. http://www.cdc.gov/vhf/ebola/transmission/human-transmission.html
  11. Ng S, et al. Association between temperature, humidity and ebolavirus disease outbreaks in Africa, 1976 to 2014. Euro Surveill 19(35):pii=20892.
  12. Maganga GD, et al. Ebola virus disease in the Democratic Republic of Congo. N Engl J Med Oct 15, 2014. [Epub ahead of print]
  13. Dowell SF, et al. Transmission of Ebola hemorrhagic fever: a study of risk factors in family members, Kikwit, Democratic Republic the Congo, 1995. J Infect Dis 179(Supple 1): S87-91, 1999.
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