国立感染症研究所

(2018年02月19日 改訂)

腸チフス、パラチフスはそれぞれチフス菌(Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhi)、パラチフスA菌(Salmonella enterica subsp. enterica serovar Paratyphi A)による全身性感染症であり、一般のサルモネラ感染症とは区別される。1999年4月に施行された感染症法では、腸チフス、パラチフスは2類感染症に分類されていたが、2007年4月施行の法改正により類型の見直しがなされ、腸チフス、パラチフスは3類感染症に移行した。患者、無症状病原体保有者(保菌者)、および死亡者(死亡疑い者を含む)を診断した医師は、直ちに最寄りの保健所を通じて都道府県知事への届出が義務付けられている。

疫 学

世界では腸チフスは2690万人、パラチフスは540万人が一年間に罹患していると推定されており、現在でも衛生水準の高くない開発途上国で蔓延している。特に南アジア、東南アジアでの罹患率は高く、また中南米、アフリカでも発生が見られる。先進国における発生は散発的であり、その多くは流行地域への渡航者による輸入事例である。日本では近年、腸チフス及びパラチフスは年間20~30例で推移しており、70~90%程度が輸入事例である(図1)。しかし、腸チフスでは、2013年の海外渡航歴の無い腸チフス患者の増加(https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/typhi-idwrc/4019-idwrc-1339.html)や2014年に起きた都内飲食店を原因とする腸チフス食中毒(https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/typhi-iasrd/5886-kj4261.html)などの要因により年間発生件数が50例前後となり、国内感染例が多く報告された年もある。また2013年はカンボジア渡航後のパラチフス患者が15例と急増したため、年間で50例程度報告されているhttps://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/typhi-idwrc/3973-idwrc-1336-02.html)。

typhi fig1

我が国では腸チフス、パラチフスの疫学調査のためにファージ型別を行っている。腸チフス、パラチフスの患者、保菌者から分離された菌株は、都道府県等衛生部を通じて国立感染症研究所に送付され、当該試験が実施されている(昭和41年衛発大78号、衛防第60号、平成11年健医感発第44号)。最近では治療に影響を及ぼす薬剤耐性菌の動向を監視する必要性も増していることから、ファージ型別による疫学解析に加え、薬剤感受性試験も行っている。

病原体

チフス菌、パラチフスA菌は通性嫌気性、無芽胞性グラム陰性桿菌で集毛性鞭毛を持ち、運動性がある(図2)。腸内細菌科サルモネラ属に分類される。菌体由来のO抗原、鞭毛由来のH抗原を持ち、チフス菌はO9群、パラチフスA菌はO2群に属する。またチフス菌は莢膜抗原のVi抗原を持っているが、パラチフスA菌には無い。チフス菌、パラチフスA菌ともに宿主特異性があり、感染源がヒトに限定される。ヒトの糞便で汚染された食物や水が疾患を媒介するため、感染リスクは衛生環境の改善と共に減少する。

typhi fig2
図2. チフス菌の電子顕微鏡写真
パラジウムによるシャドウイング法、25,000倍。

臨床症状

腸チフスとパラチフスの臨床症状や重症度はほとんど同じである。通常、7〜14日(報告によっては3〜60日)の潜伏期間を経て、発熱、頭痛、食欲不振、全身倦怠感などの症状を発症する。定型的な経過は、4病期に分けられる。第1病期には、体温が段階的に上昇し39~40℃に達し、腸チフスの3主徴とされる比較的徐脈、バラ疹、脾腫が出現する。しかしながら、3主徴全てが出現する率は低く、疾患特異性に欠ける(特にバラ疹は輸入事例の4〜6%程度にしかみられない)。第2病期は40℃台の稽留熱となり、チフス性顔貌と呼ばれる無欲状顔貌がみられ、下痢または便秘を呈する。重症時には意識障害、難聴などが見られることもある。第3病期では弛張熱を経て、徐々に解熱する。この時期に腸出血とそれに続く腸穿孔といった合併症を起こすこともあるが、ニューキノロン系抗菌薬が治療に使用されるようになってからは稀となった。第4病期には解熱し回復に向かう。また病初期に下痢が見られないことが、特徴の一つとされていたが、最近では半数程度に見られるとされている。

また生化学的検査所見としては、成人では核の左方移動を伴った白血球減少、小児では白血球増加がみられると言われている。AST、ALTは300 IU/L程度まで軽度上昇し、LDHも中程度上昇し1000 IU/L以上となることもある。

病原診断

臨床診断は遷延する発熱などの臨床症状の他に、過去2ヶ月以内の開発途上国などへの海外渡航歴も参考にする。確定診断は、細菌学的検査による臨床検体からのチフス菌、パラチフスA菌の分離である。細菌の検出には血液培養に加えて、糞便、胆汁、尿などの培養を行うが、骨髄を採取することもある。ただし、培養検査での菌検出率は低く(血液培養:40〜80%、便培養:30〜65%)、疑わしい症例には培養検査を繰り返す必要がある。骨髄培養は侵襲を伴うが、比較的検出感度が高い(骨髄培養:80〜90%)。

治療・予防

腸チフス、パラチフスには抗菌薬の投与による治療が行われる。以前はニューキノロン系抗菌薬が第1選択薬として使われていた。しかしながら、近年、ニューキノロン非感受性菌がチフス菌で約60%、パラチフスA菌で約70%とともに高い頻度で分離されている。さらに、南アジア由来のチフス菌、パラチフスA菌ではその割合は95%を超えており、南アジアからの帰国者にはニューキノロン系抗菌薬使用を避け、第三世代セファロスポリン系抗菌薬あるいはアジスロマイシン投与などが行われている(ただし、アジスロマイシンは国内ではチフス性疾患に対する保険適応はない)。さらに昨今、流行地では第三世代セファロスポリン系抗菌薬に耐性を示すチフス菌、パラチフスA菌も分離されていることから、抗菌薬開始前の血液培養採取、検出菌の感受性確認が重要と思われる。尚、2012年(CLSI M-100-S22)に腸チフス・パラチフスに対するニューキノロン系抗菌薬のブレークポイントが改訂されているため、薬剤感受性結果の解釈には注意を要する(https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/typhi-iasrd/3540-kj3992.html)。

腸チフスに対して、世界的には弱毒生ワクチンと不活化ワクチンが実用化されているが、日本ではいずれのワクチンも認可されていない。したがって、腸チフスワクチン接種を受けられる医療機関が限られており、輸入ワクチンで対応している医療機関で接種しなくてはならない。一方、パラチフスに対するワクチンは現在のところ流通していない。

感染症法における取り扱い(2018年2月19日現在)

腸チフス、パラチフスは全数報告対象(3類感染症)であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。

届出基準はこちら

学校保健安全法における取り扱い(2018年2月19日現在)

第3種の感染症に定められており、病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めるまで出席停止とされている。

 
(国立感染症研究所 細菌第一部 第二室)

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