(IASR Vol. 34 p. 350-351: 2013年11月号)
2012年春に認識されて以来、2013年9月25日までに133症例の確定例がWHOに報告されているMERSコロナウイルス感染症について、巡礼(Hajj)を前に症例の疫学情報を再整理した。
データ収集:WHOの定義に基づいた最初の133症例について疫学・臨床情報をオープンソースから収集。収集事項は年齢、性別、基礎疾患、重症度、治療場所(外来、入院、ICU)。情報源はWHOウェブサイト(Disease Outbreak News)、感染国の保健省ウェブサイト、ならびに詳細については学術雑誌やサウジアラビア保健省との直接のコミュニケーションによって収集された。
データ解析:Microsoft Excel 2010でラインリスト化し、男女比、致死率、ICU利用率は2013年3~5月と6~9月で比較した。2013年当初以前の散発例は解析から除外している。
発生地域:9カ国で発生しているが、すべての症例は疫学的リンクが中東の4カ国(ヨルダン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール)につながる。ヨーロッパの症例は輸入例との接触者、治療のための搬送者。
死亡と無症候・軽症の症例:18例の報告があり、疫学調査に際してPCR検査によって特異的遺伝子(upEおよびORF1a)の検出された症例。発症月が分かる症例については発症月、無症候キャリアや発症日が分からない症例は報告された月に基づき流行曲線を描いた(図)。
症例情報:成人男性が主体、小児は極めて稀。男性が多かったが、女性が増えてきている。
集団発生:14の集団発生を確認。初発例はいずれも成人男性(24~83歳)であった。感染経路の情報のある129例のうち、33例(26%)は医療機関での感染の可能性、うち医療従事者は15例に上る。医療従事者の感染は全体で23例、うち女性は15例と過半数。
重症度:ICUでの加療を要した症例は66例(133例中45%)。2013年3~5月は63%(25/40)、6~9月は32%(25/77)と減少傾向。致死率45%(男性52%、女性24%)も男性が高い。集団発生の初発例は致死率93%(13/14)と高い。基礎疾患は死亡55例中の73%、生存73例中の41%にみられた。
考察:中東からはアジアへの渡航者もいるはずだが、アジアの症例はみられず、サーベイランスを十分に行っている国もあるアジアからの報告がないこと、また、2013年5月以降は中東に限局していることはMERSの拡大が限定的である可能性を考えさせる。男性の割合の減少は、看護師など女性が多い医療従事者が疫学調査で多くみつかるようになったことが関係している可能性がある。ICU入室例、死亡例の割合が減少し軽症化傾向がみられることも、サーベイランスと症例掘り起こしのための軽症化傾向と捉えられる可能性がある。「Superspreading現象」は2003年のSARSで指摘され、サウジアラビアのAl Hasaでの23例の院内感染はそれを想起させる。しかし、他の研究で推定されたMERSの基本再生産数(R0)は0.69で、SARSのそれ(0.80)よりさらに低く、パンデミックの可能性は低いと考えられる。医療従事者を介した感染が懸念されるが、感染対策の徹底によるためか、二次感染は報告されていない。現在進行形の疾患で、患者背景も変化しており、これからイスラム教巡礼の時期を迎え、サウジアラビアには海外から約180万、国内130万人の巡礼者がやってくると考えられるため、引き続き各国協力したサーベイランスの取り組みが必要である。