国立感染症研究所

(IDWR 2002年第18号掲載)

 黄色ブドウ球菌は、ヒトや動物の皮膚、消化管内などの体表面に常在するグラム陽性球菌である。通常は無害であるが、皮膚の切創や刺創などに伴う化膿症や膿痂疹、毛嚢炎、セツ、癰、蜂巣炎などの皮膚軟部組織感染症から、肺炎、腹膜炎、敗血症、髄膜炎などに至るまで様々な重症感染症の原因となる。一 方、エンテロトキシンやTSST‐1などの毒素を産生するため、食中毒やトキシックショック症候群、腸炎などの原因菌ともなる。

黄色ブドウ球菌における薬剤耐性獲得の歴史と現況
 黄色ブドウ球菌は、1940 年代に工業的に量産化に成功したペニシリンG に対し、当時良好な感受性を示し、化膿傷や肺炎などの治療に奏効した。しかし、一方、同じころプラスミド依存性にペニシリナーゼを産生するペニシリン耐性株 1) が出現し、その後、ペニシリンの普及と使用量の増加に伴い、世界各地に広がっていった。これに対抗するためメチシリンが開発され、1960 年ころより欧米で使用されるようになったが、間もなくメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が海外で確認されるようになった。その後、ペニシリン耐性 株と同様に各地に徐々に広がり、1970年代後半より海外の医療現場で大きな関心事となった 2) 。
 国内でも1980年代の後半より、各地の医療施設でMRSAが問題となり始めたが、当時の分離率は高くても1割程度と推定されていた 3) 。しかし、現在では、臨床分離される黄色ブドウ球菌の6 割程度がMRSA と判定される事態に至っている 4) 。


ペニシリン、メチシリン耐性の分子機構
 1940 年代に出現したペニシリンG 耐性黄色ブドウ球菌は、PC1 と呼ばれるペニシリナーゼの産生能をプラスミド依存性に獲得したものであった。一方、黄色ブドウ球菌がメチシリン耐性を獲得する主な分子機構は、ペニシリ ン結合タンパク(PBP2')の獲得であることは今や衆知の事実となっているが、これは、我が国の研究者により1985 年に世界ではじめて発見、報告された研究成果
である 5) 。
 高分子量のPBP1 やPBP2 などは、その構造の中にトランスグリコシデース活性を有するN 末端領域とトランスペプチデース活性を有するC 末端領域を含むが、MRSA では、トランスペプチデース活性領域のアミノ酸配列が大きく変化したPBP2'が出現しており、これはmecA と呼ばれている遺伝子に基づいて産生されている。mecA を含む遺伝子領域は、トランスポゾンなどの転位因子により他の菌種から黄色ブドウ球菌に持ち込まれ、その染色体上に挿入(integrate)されたもの が広がったと考えられている 6) 。

MRSA の病原性と感染症
 MRSA の病原性は通常の黄色ブドウ球菌と比較して特に強いわけではなく、それらと同等程度の各種感染症を引き起こす。したがって、通常の感染防御能力を有する人 に対しては一般的に無害であり、医療施設外で日常生活が可能な保菌者の場合は、除菌のための抗菌薬投与は基本的には必要ない。また、抗菌薬を使用しない老 人施設など長期療養型の施設においては、MRSA が黄色ブドウ球菌を凌いで優位に蔓延する可能性は少ない。したがって、老人施設におけるMRSA への対策や対応は、急性患者や重症患者を扱う医療施設におけるMRSA 対策と同等ではなく、必然的に異なった観点から行われるべきであろう。
 しかし、易感染状態の患者のMRSA感染症に対して抗菌化学療法を実施する際に、各種の抗菌薬に抵抗性を示すため、治療が難渋し重症化する事例も多いた め、医療現場で恐れられているのは事実である。最近ではMRSA感染症がマスコミなどで話題になる事は稀となったが、医療現場でのMRSA による院内感染症は減少していないのが実情である。一般的には内科系より外科系の疾患を有する患者で問題となる場合が多く、例えば骨折後の骨髄炎、開腹、 開胸手術後の術後感染などで治療困難な例も多い。特に血液疾患やガンなどの悪性消耗性疾患を基礎疾患に持つ患者ではリスクが高くなる。また、新生児や高齢 者などもハイリスクグループである。新生児室などでMRSA が蔓延し問題となることがしばしば報じられているが、ディスポの手袋の使用と手洗いなど、適切な対策でMRSA の分離率や保菌状態を改善できるとの実績も報告されており、あきらめる事なく対策の努力を惜しむべきではない。また、MRSA では、TSST‐1 以外に少数ではあるがエキソフォリアチンを産生する株も散見され、NTED 7) 以外にSSSS 8) を呈する症例もあり、注意が必要である。
 MRSA の分離や同定方法については、前回の記事 <2000年第34週号「感染症の話-MRSA感染症」> を参考にされたい。

MRSA への監視と対策
 院内感染 症の原因菌として最も主要な耐性菌であるMRSA による感染症の動向を把握するため、1999年4月より施行された「感染症法」では、4類感染症の起因菌の中にMRSA株を指定し、定点施設において MRSA 感染症例が発生した場合には報告を求めている(註:その後、2003年11月施行の感染症法一部改正により、5類感染症定点把握疾患に変更)。2001年 のMRSA感染症の報告件数は、1定点施設あたり約40.46件で、VRE 感染症やPRSP 感染症、薬剤耐性緑膿菌感染症などと比べ格段に高い値を示している。年間の報告総数は18,246件で、毎月平均1,500件以上が恒常的に報告されてお り、臨床現場では依然として深刻な状況となっている事が示唆される。一方、平成12年度より開始された厚生労働省「院内感染対策サーベイランス事業 (JANIS )」では、血液や髄液から分離された黄色ブドウ球菌における薬剤耐性の獲得状況の実態や動向が把握されつつある。
 黄色ブドウ球菌ではメチシリン耐性株のみならず、アルベカシン耐性株 9) やムピロシン耐性株 10) も国内でしばしば報告されており、それらの抗菌薬耐性株の今後の動向について十分に警戒するとともに、それらを増加させないための抗菌薬の適正な使用方法について、より一層の配慮が必要となっている。

 

感染症法における取り扱い(2012年7月更新)

定点報告対象(5類感染症)であり、指定届出機関(全国約500カ所の基幹定点医療機関)は月毎に保健所に届け出なければならない。

300人以上収容する施設を有する病院であって内科及び外科を標榜する病院(小児科医療と内科医療を提供しているもの)

届出基準はこちら

 

【参考文献】
1 )Abraham EP,Chain E,1940,An enzyme from bacteria able to destroy penicillin.Nature 146:837.
2 )Cafferkey MT, Hone R, Coleman D, Pomeroy H, McGrath B, Ruddy R, Keane CT.1985. Methicillin‐ resistant Staphylococcus aureus in Dublin 1971‐ 84. Lancet 2 (8457):705‐ 708.
3 )Tomizawa K, Sato S,1988,An analysis of incidents of Staphylococcus in Kashima Rosai Hospital (I ), Jpn J Antibiot.41:494‐ 504.
4 )「院内感染対策サーベイランス(JANIS )」https://idsc.niid.go.jp/index-j.html
5 )Ubukata K,Yamashita N,Konno M.1985.Occurrence of a beta‐lactam‐inducible penicillin‐binding protein in methicillin‐ resistant staphylococci.Antimicrob Agents Chemother.27:851‐ 857.
6 )Kreiswirth B, Kornblum J, Arbeit RD, Eisner W, Maslow JN, McGeer A, Low DE, Novick RP. 1993. Evidence for a clonal origin of methicillin resistance in Staphylococcus aureus.Science 259(5092):227‐230
7 )Takahashi N, Nishida H, Kato H, Imanishi K, Sakata Y, Uchiyama T. 1998.Exanthematous disease induced by toxic shock syndrome toxin 1 in the early neonatal period.Lancet 351(9116 ):1614‐ 1619
8 )Yokota S, Imagawa T, Katakura S, Mitsuda T, Arai K.1996.A case of staphylococcal scalded skin syndrome caused by exfoliative toxin‐B producing MRSA.Kansenshogaku Zasshi. 70(2 ):206‐ 210.
9 )Fujimura S, Tokue Y, Takahashi H, Kobayashi T, Gomi K, Abe T, Nukiwa T, Watanabe A. 2000. Novel arbekacin‐and amikacin‐modifying enzyme of methicillin‐resistant Staphylococcus aureus.FEMS Microbiol Lett.190 (2):299‐303.
10 )Watanabe H, Masaki H, Asoh N, Watanabe K, Oishi K, Kobayashi S, Sato A, Sugita R, Nagatake T. 2001. Low concentrations of mupirocin in the pharynx following intranasal application may contribute to mupirocin resistance in methicillin‐resistant Staphylococcus aureus.J Clin Microbiol.39:3775‐ 3777. 

 

(国立感染症研究所細菌第二部 荒川宜親)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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