国立感染症研究所

(IDWR 2003年第7号)

 エジプトのミイラから典型的な結核の痕跡が見つかるなど、結核は人類の歴史とともにある古い病気である。日本では、明治以降の産業革命による人口 集中に伴い、結核は国内に蔓延し、「結核は国民病」と呼ばれた。昭和26 年に「結核予防法」が制定されて以来50 年経過したこの数年は、結核の死亡率順位はつねに20 位以下であり、なかば忘れ去られようとしている。しかし、大都市の一部の結核罹患率は依然群を抜いており、集団感染事例もあとをたたない。また、開発途上 国では依然として公衆衛生上の大問題であり、交通手段の高速化、大量化、効率化によって感染者の移動も容易なことから、問題は途上国に留まらないことが指 摘されている。一方、エイズの世界的蔓延によってHIV 感染者が増加するなかで、結核との重感染者の重症化が心配されている。こうしたことから、結核は「再興感染症」として再び注目すべき疾患となっている。

疫 学
 WHO の推計によると、世界人口の約1/3にあたる20億人が結核に感染し、そのうち毎年800 万人の新たな結核患者が発生し、300 万人(そのうち30万人は15歳未満の子供たち)が結核で死亡している。その99%が開発途上国に集中している。これは単独の病原体による死亡としては依 然として最悪の第一位である。
 わが国においては、平成12年(2000年)の新規結核患者は39,384人(罹患率31.0)、塗抹陽性患者は13,220人(陽性率10.4 )、結核死亡者は2,650人(結核死亡率2.1)である。かって10〜20代の青年層の300人に1人が結核で死亡した時代があったが、最近では、その 多くは高齢者で占められている。1970年代まで順調に減少してきたわが国の結核罹患率は、80年代に入って減少率の鈍化を示し、さらに逆転増加傾向を示 したことから、厚生省(当時)は1999年、「結核緊急事態宣言」を発した。

病原体

 結核の原因菌は結核菌(Mycobacterium tuberculosis )であり、取り扱いはバイオセーフティレベル3 (BSL‐3)である。
 結核菌は長さ2〜10ミクロン、幅0.3 〜0.6ミクロンの細長の桿菌で、芽胞、鞭毛、莢膜はつくらない(図1)。細胞壁は脂質に富み、通常の染色法では染まりにくいため、チール・ネルゼン法などの抗酸性染色法で染める。結核菌は偏性好気性菌で至適温度は37 ℃、至適pH は6.4 〜7.0 である。

図1. 結核菌の電子顕微鏡像
(撮影:ハンセン病研究センター山崎利雄)

臨床材料からの分離培養には小川培地、LJ (Lowenstein‐Jensen)培地などの卵培地が汎用される。
 結核菌はわが国の全抗酸菌の約85%を占めるといわれる。結核菌、牛型結核菌(M. bovis )、アフリカ型結核菌(M. africanum)、ネズミ結核菌(M. microti)を結核菌群(M. tuberculosis complex)と呼ぶ。牛型菌はウシ、シカなど動物の感染例が大部分であるが、欧米ではヒトへの感染例もまれに報告されており、汚染した牛乳の摂取によるとされている。結核菌属にはM. kansasii 、M. marimum 、M. avium 、M. intracellulare 、M. xenopi あるいは、ヒトには病気を起こさないM. smegmatis など種々様々な菌種がある。わが国では、M. avium 、M. intracellulare 、M. kansasii などによる病気は今では珍しくなく、菌陽性患者の10数パーセントを占めるほどになっており、「非結核性抗酸菌症」と総称されている。これらの菌による病気は臨床経過、治療法などがそれぞれ違うので、菌種を決めることが非常に重要である。
結核菌M. tuberculosis H37Rv 株はもっとも良く知られた研究室株で、その全塩基配列
(4,411kbp)は1999年に解読された。また、強毒牛型菌を長期間培養して弱毒化したBCG (Bacillus Calmette‐Guerin)は、結核ワクチンとして80 年以上にわたり世界中で使われている。

臨床症状
 結核の感染経路はほとんど経気道性である。一般にごく少量の結核菌が気道深く侵入し、肺胞内に達し、肺胞マクロファージ中で増殖を始める。マクロファー ジは細胞内寄生菌に対しては自然抵抗性を持っているが、結核菌のような強毒菌の場合は細胞の抗菌作用は破壊され、菌は増殖してその細胞は死滅し、他のマク ロファージによって貪食される経過をとる。さらに菌は増殖を続け、肺に定着し、初感染病巣を形成する。さらに一部の菌は所属リンパ節に運ばれ、リンパ節病 巣をつくる。
 この間に、マクロファージによって結核菌の抗原提示を受けたT リンパ球が特異的に感作され、免疫が成立する。感作T 細胞は抗原刺激によって多種類のインターロイキンを産生し、これによって活性化したマクロファージが結核菌の局在する病巣部分に集積し、類上皮細胞肉芽腫 組織となって病巣は被包され、やがて乾酪化に陥る。多くの場合はこのまま治癒し、結核菌に抵抗性を獲得する。
 臨床的には、感染の成立は必ずしも感染症としての発病を意味するものではない。疾患としては、胸部X 線の異常、排菌などを認めた時に結核症と診断され、治療の対象となる。
 初感染時に、菌の毒力が強いか、または個体の抵抗性が弱いと初期変化が治癒に向かわず、肺門リンパ節結核、頸部リンパ節結核および結核性胸膜炎を発症す る。また、リンパ血行性に結核菌が移行すると粟粒結核となり、さらに結核性髄膜炎に進展する。結核菌感染に引き続き初期に発病する結核は一次結核と呼ばれ る。
 BCGワクチン接種による免疫賦与は、これら結核菌感染後の初期変化がリンパ血行性に進展することを阻止することにより、主として一次結核の発病を抑制 するとされる。初感染を経て特異的細胞性免疫が成立したのちにみられる成人の肺結核は、静菌化していた結核菌が冬眠状態(dormacy)から再び増殖 (内因性再燃)し、発症することで起こるとされる。一方、成人の肺結核発症において外来性再感染がどれだけ関連しているかは明らかでないが、高齢者や HIV 感染者などのように免疫機能の低下がみられる場合や大量の菌の暴露があった場合は、外来性の再感染が発病に結びつくと考えられる。

 

病原診断
 診断法としてツベルクリン反応検査、エックス線検査、細菌検査などがある。
 ツベルクリン反応検査は結核感染の診断法として有用であり、BCGワクチン接種が行われる際はその対象の選択や評価に用いられる。ツベルクリン反応検査 に用いられる精製ツベルクリン(PPD)は、結核菌の培養液を加熱滅菌後、菌が分泌した300 種類以上のタンパク質を部分精製して得られる。個体が結核菌に感染したり、BCG 接種により免疫を獲得していると、ツベルクリンタンパク質抗原の皮内注射によって、局所に発赤と硬結を伴う遅延型アレルギー反応を惹起する。PPD 0.5マイクログラムを皮内注射して48 時間後の発赤長径を計測するとき、10mm以上を陽性と判定する。エックス線検査は結核の発病を診断する方法として、定期健康診断のほか、結核患者が発生 した際の接触者検診(ツベルクリン反応とともに)などで実施される。集団感染が疑われるときは、6カ月後、1年後、場合により2年後のエックス線検査が必 要となる。
 細菌検査のうち、結核の診断をかなり正確に極めて短時間でできる方法として、結核菌の抗酸性を利用した「喀痰塗抹検査」がある。喀痰塗抹検査は感染性の 診断ができるほか、簡単な検査でどこでもできること、結果が1 時間程度で得られること、経済的に安価であることなどが長所である。一方、この検査では「抗酸菌陽性」というだけで、結核菌か非結核性抗酸菌か鑑別できな い。エックス線写真や臨床所見などから抗酸菌症が疑われるときには、結核菌か非結核性抗酸菌症かをはっきりさせることが必要となる。また、死菌と生菌の区 別ができない欠点もある。
 菌の培養検査は菌の生死を知るほか、薬剤感受性を知るためにも必要である。従来、卵培地(小川培地)や寒天培地などの固形培地が使われていたが、少数の 菌を短時間のうちに培養できる液体培地を用いた培養方法の開発が行われてきた。比較的早く開発されたのがバクテック法で、アイソトープを使うためわが国で は一般化されなかったが、米国などでは広く使われており、結核菌の培養は10日から2週間というのが常識とされている。MGIT 法(Mycobacterium Growth Indicator Tube)は少数の菌でも早く検出できる点は優れているが、小川培地法に比べると前処理がやや煩雑とされる。
 1970 年代後半から分子生物学、遺伝子工学の進歩を受けて遺伝子レベルで菌を検出する技術が次々と開発されてきた。核酸(RNA またはDNA )を用いた検査法(アキュプローブ、DDHマイコバクテリアなど)は、少量の菌があれば迅速に検出できる感度の良い検査法で、数時間で結果が得られるの で、培養結果をみるよりずっと早く結果が分かる。さらにPCR 法を用いれば、理論的には1個の菌でも検出が可能である。また、これらの方法では結核菌と非結核性抗酸菌の鑑別ができる。しかし、塗抹検査同様、生菌・死 菌の区別なしに検出され、また菌数の多少にかかわらず陽性となるため、「感染性の診断」は不確実となる。
 感染者から分離した結核菌DNA を制限酵素で切断後、アガロースゲル電気泳動で分離するRFLP 解析により、結核菌群に属する菌の型別が可能となった。この手法は感染源の追跡や疫学調査のうえで重要である。

治療・予防
 治療は化学療法が基本である。標準的な化学療法では、最初の2カ月はイソニアジド(INH)+リファンピシン(RFP)、ピラジナミド(PZA)、スト レプトマイシン(SM)またはエタンブトール(EB)の4剤で治療し、その後の4カ月間はINH +RFP の2剤、またはINH +RFP +EBの3剤で治療する。
 WHOは、治療脱落と多剤耐性結核を防ぐため、DOTS(directly observed treatment, short‐course )によるPZAを含む6カ月間の短期化学療法を推奨している。外科治療は慢性膿胸、骨関節結核、多剤耐性結核などの難治性結核が対象となる。
 予防はBCG ワクチンによる。BCGはフランス・パスツール研究所のカルメットとゲランが強毒の牛型結核菌を牛胆汁グリセリン馬鈴薯培地で13年間、231代継代して 得られた弱毒株で、1921年に初めてヒトに用いられた。現在では、WHO の予防接種拡大計画(EPI)のワクチンのひとつとして多くの国の子供たちに接種されている。わが国には、1924年志賀潔がカルメットから直接分与を受 け持ち帰ったとされる。各国に分与されたBCG は、それぞれの国で継代培養する間にカルメットの原株とは異なる遺伝的形質の亜株となったと考えられるが、1960 年代以降、各国とも種株の凍結乾燥によって変異防止を図っている。なお、パスツール株BCG は1961 年に凍結乾燥されたもので、BCGの原株ではない。
 BCG接種は小児の結核性髄膜炎や粟粒結核の発病防止にきわめて有効であるが、成人の肺結核に対する発病予防効果は50%程度とされる。わが国では BCG 接種は、乳幼児期の初回接種のあと、小学校・中学校入学時のツベルクリン反応陰性者に再接種が行われてきたが、平成15年度からは乳幼児期の単回接種となる。

 

感染症法おける取り扱い  (2012年7月更新)  
 全数報告対象(
2類感染症)であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。
届出基準はこちら

   

学校保健安全法における取り扱い (2012年3月30日現在)
 2種の感染症に定められており、病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めるまで出席停止とされている。
また、以下の場合も出席停止期間となる。 
・患者のある家に居住する者又はかかっている疑いがある者については、予防処置の施行その他の事情により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めるまで。
・発生した地域から通学する者については、その発生状況により必要と認めたとき、学校医の意見を聞いて適当と認める期間
・流行地を旅行した者については、その状況により必要と認めたとき、学校医の意見を聞いて適当と認める期間

 

(国立感染症研究所細菌第二部 山本三郎)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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