国立感染症研究所

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2021年12月28日

1.背景と目的

2021年11月22日現在、新型コロナワクチン(Pfizer/BioNTech製、武田/Moderna製、AstraZeneca製)の2回接種率は全年齢の76.2%、高齢者では91.3%を占める(1) 。これらのワクチンの有効性 (vaccine effectiveness) は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染と死亡それぞれに対して報告がなされている。従来株と比較するとデルタ株による感染に対するワクチン有効性の低下が報告されているが、それでも英国からの報告ではPfizer/BioNTech製ワクチンの感染に対する有効性は80%以上とされており(2)、国内においても暫定報告ではあるが、デルタ株流行期の感染に対する有効性が87%と報告されている(3)。感染防御の一方で、現行のmRNAワクチンは細胞性免疫の誘導が期待されるとされ、重症化や死亡から防ぐ効果が十分にあるものと期待される。しかし、ワクチン接種後のCOVID-19死亡症例数が非常に少なく、解析に足る症例数を確保することが少数施設による研究では難しい。死亡に対するワクチン有効性に関する国内での報告は未だなされていない。

さらに症例致命リスク(confirmed Case Fatality Risk、CFR)は、疾患の病原性を示す感染致命リスク (Infection Fatality Risk)の代用として重要な疫学指標であるが、2021年のCOVID-19流行における国内のCFRの報告は未だなされていない。

そこで本稿では、東京都のCOVID-19患者に関する公開情報と新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)という2つのサーベイランスデータを用いて死亡回避のワクチン有効性とCFRを、数理モデルを用いて同時推定した。

2.方法

(1) データ

2020年10月1日から2021年11月15日までに東京都から個票レベルで公表された陽性例の年代、診断日情報、死亡例の年代 (30〜50歳代、60歳代、70歳代、80歳代、90代以上)、診断日、死亡日情報を用いた。報告遅れの影響を受けないために陽性例に関しては診断日が2021年8月31日まで、死亡例に関しては死亡日が2021年8月31日までの症例を解析対象とした。また死亡例に関しては、COVID-19診断から死亡日までの日数が60日以内である症例に限定した。陽性例、死亡例の疫学週ごとのワクチン接種者割合についてはHER-SYSを用いた。ワクチン接種歴の情報は完璧ではなく、中にはその欠損を認めた。そのため、HER-SYSにおける接種歴不明症例に関しては、年代、診断月、症状有無、死亡有無を用いて単一代入法を行うことで接種歴有無を推定した。

(2) 時刻ごとの年代別のCFRと死亡を回避するワクチン有効性の同時推定

年代別CFRと死亡を回避するワクチン有効性を推定するために、以下の二項分布を用いた数理モデルを構築した。

65 fig1

ここで、65 eq0が各年齢群を示すときに65 eq1は仮想死亡日における陽性者数であり、診断日における陽性者件数データを、年代別の診断から死亡までの時間遅れ分布を用いて畳み込みを行うことで得た。65 eq2は死亡日における死亡者数データである。推定パラメータはワクチン未接種群の年齢群別CFR、1回接種、2回接種それぞれにおける感染者の死亡回避のワクチン有効性65 eq3であり、無情報事前分布を置いてベイズ推定を行った。またこのとき得られた感染者における死亡を回避するワクチン有効性の事後分布と、西浦ら(4)により報告された日本におけるCOVID-19の感染に対するワクチン有効性の推定値を用いて、ワクチン接種による感染と死亡の両方に対する有効性(感染あるいは死亡のいずれかを回避する有効性)を推定した。

3.結果

表1に年代別の死亡回避のワクチン有効性を示す。30〜50代では死亡数が少ないために推定値が低く、信用区間も広くなっているが、60〜80代の感染者における死亡を回避するワクチン有効性は60代、70代、80代、90代以上で、それぞれ88.6%(95% 信用区間 64.3%–98.1%)、83.9%(68.8%–92.9%)、83.5(72.5%–91.0%)、77.7%(60.7%–89.4%)と推定された。過去の報告による感染防御のワクチン有効性と合わせると、ワクチンによる感染か死亡のいずれかを回避する有効性は30〜50代で93.8%(90.3%–98.2%)、60代以上では97%以上と推定された。

また死亡回避のワクチン有効性と同時推定された年代別のワクチン未接種者のCFRを図1に示す。70代以上の高齢者において8月にCFRの増加傾向を認めた一方で60代以下では同傾向はみられなかった。年代別の日別CFR中央値の観察期間内における最小値と最大値は、30〜50代、60代、70代、80代、90代以上で、それぞれ最小値0.14%、1.30%、3.12%、6.81%、8.87%、最大値1.02%、5.37%、13.76%、27.08%、41.16%となった。全体として、年代が上がるにつれてCFRが増加する傾向がみられた。

表1. 2021年1月1日から年8月31日までに診断された者の間における年代別の死亡に対するワクチン有効性の推定値
   年代 有効性(%) (95% 信用区間)
*1回接種
(Partially vaccinated)
**2回接種
(Fully vaccinated)
感染者において死亡を回避する有効性 30-50代 34.2 (2.2-71.4) 38.0 (2.6-82.4)
60代 66.1 (33.0-85.4) 88.6 (64.3-98.1)
70代 38.2 (7.3-63.8) 83.9 (68.8-92.9)
80代 46.4 (17.9-68.7) 83.5 (72.5-91.0)
90代以上 52.7 (19.6-76.6) 77.7 (60.7-89.4)
感染あるいは死亡を回避する有効性 30-50代 68.7 (53.5-86.4) 93.8 (90.3-98.2)
60代 83.9 (68.1-93.0) 99.2 (97.4-99.9)
70代 70.6 (55.9-82.8) 99.3 (98.6-99.7)
80代 74.5 (60.9-85.1) 99.4 (98.9-99.6)
90代以上 77.5 (61.8-88.8) 98.4 (97.1-99.2)

*ワクチン1回接種(Partially vaccinated)とは、ワクチン1回目接種から診断日までの日数が14日以上であり、ワクチン2回目未接種または2回目接種から診断日までの日数が14日未満の症例を指す。HER-SYSにおける疫学週毎のワクチン1回接種割合の算出においては、ワクチン接種日不明のワクチン1回接種あり、かつ2回目未接種症例は全てワクチン1回接種とみなした。

**ワクチン2回接種(Fully vaccinated)とは、ワクチン2回目接種から診断日までの日数が14日以上である症例を指す。HER-SYSにおける疫学週毎のワクチン2回接種割合の算出においては、ワクチン接種日不明のワクチン2回接種あり症例は全てワクチン2回接種とみなした。

4.考察

本稿では国内の新型コロナワクチンの死亡を回避する有効性を、サーベイランスデータを用いて初めて推定した。診断された感染者における死亡に対するワクチン有効性は、およそ80%程度の推定値を示した。これらの結果は、ブレイクスルー感染が起きたとしてもワクチン接種により死亡という重大な転帰を防ぐことが出来るということを示唆している。さらに感染と死亡の両方を回避する有効性は特に60代以上では98%以上と推定され、非常に高い有効性であると考えられた。これらの結果は、今後さらに多くの人々へのワクチンを普及する上でワクチン接種のメリットを示す重要な知見であると考えられる。諸外国の報告としては、イスラエルにおけるコホート研究でのPfizer/BioNTech製ワクチンの死亡を回避する有効性が98%(95% 信頼区間 96%-99%)(5)、米国におけるコホート研究でのModerna製ワクチンの病院死亡を回避する有効性が98%(67%-100%)(6)であり同等の結果となっている。また高齢になるにつれて死亡予防効果が低下するという傾向も既報と矛盾しない結果であった(5)。

さらに本稿では年代別のCFRを時刻別に推定した。過去の報告と同様(7)に年代が上がるにつれてCFRが増加するという結果が得られたことに加え、CFRが時期ごとに変動したことも示された。特に高齢者において8月にCFRの増加傾向を認めた。CFRの時期ごとの変動に寄与する因子として診断バイアス (ascertainment bias)、延命措置希望人数の変動、基礎疾患や治療薬、ワクチン接種の有無、変異株の出現、医療逼迫による適切な治療へのアクセスへの低下が考えられる。今後はこれらの因子とCFRの関係について様々なデータソースを用いた多角的な検証が望まれる。

本研究において以下の制限が主に挙げられる。まず、本解析で用いられたワクチン接種歴の情報はHER-SYSデータが用いられているが、解析対象期間におけるHER-SYSのワクチン接種歴情報は、入力者が何も入力しない場合に接種歴「なし」と自動記載される仕様になっていたため、接種歴不明が過小評価されている可能性がある。ただし、陽性者、死亡者に占めるワクチン2回接種あり症例の割合は、一般人口においてワクチン接種が進捗するのと同時に経時的に増えており(参考)、8月の流行が最も厳しく保健所や病院の業務負荷が最も増大していたと考えられた時期においても同様の傾向が見られたことから、ワクチン接種歴ありの入力率はある程度保たれていたと推察された。2つ目の制限として、本解析では解析対象期間中に東京都内において流行した変異株(アルファ株、デルタ株)や新たに使用が開始された治療薬(カシリビマブ及びイムデビマブ)等の影響を考慮出来ていないことが挙げられる。ただし、治療薬に関してはワクチン接種者、未接種者において東京都内といった限定した地域での治療薬の使用の有無の傾向に違いがあるとは考えにくく、死亡に対するワクチン有効性の推定には影響を与えないと考えられる。3つ目の制限として、本解析はサーベイランスデータを用いており、症例ごとの基礎疾患等の重症化リスク因子を考慮出来ていない点が挙げられる。

これらの制限を考慮してもなお本研究は、ブレイクスルー感染後のCOVID-19死亡症例の数が非常に少なくコホート研究や症例対象研究のデータの収集に時間がかかる中で、サーベイランスデータを用いてワクチン接種による死亡回避効果を国内で初めて推定した点で重要であると考えられる。さらに日本における2021年のCOVID-19における年代別のCFRを時刻別に初めて示し、一つの実証的エビデンスを提示することに成功した。今後は死亡に対するワクチン有効性についてより詳細な登録症例を活用した前向き・後ろ向き研究が求められ、またCFRの短期または長期変動に影響する因子の究明に対する多角的な検証が期待される。

5.参考文献

  1. 政府CIOポータル、新型コロナワクチンの接種状況 [Internet]. Available from: https://cio.go.jp/c19vaccine_dashboard
  2. Lopez Bernal J, Andrews N, Gower C, Gallagher E, Simmons R, Thelwall S, et al. Effectiveness of Covid-19 Vaccines against the B.1.617.2 (Delta) Variant. N Engl J Med. 2021;385(7):585–94.
  3. 国立感染症研究所. 新型コロナワクチンの有効性を検討した症例対照研究の暫定報告(第二報):デルタ株流行期における有効性. 2021年11月9日. [Internet]. Available from: https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/10757-covid19-61.html
  4. サーベイランスデータに数理モデルを適用することによる新型コロナワクチンBNT162b2(Pfizer/BioNTech)の有効性の推定(第1報) [Internet]. Available from: https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/10618-covid19-56.html
  5. Glatman-Freedman A, Bromberg M, Dichtiar R, Hershkovitz Y, Keinan-Boker L. The BNT162b2 vaccine effectiveness against new COVID-19 cases and complications of breakthrough cases: A nation-wide retrospective longitudinal multiple cohort analysis using individualised data. EBioMedicine [Internet]. 2021;72:103574. Available from: https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2021.103574
  6. Bruxvoort K, Sy LS, Qian L, Ackerson BK, Luo Y, Lee GS, et al. Real-World Effectiveness of the mRNA-1273 Vaccine Against COVID-19: Interim Results from a Prospective Observational Cohort Study. SSRN Electron J [Internet]. 2021;100134. Available from: https://doi.org/10.1016/j.lana.2021.100134
  7. COVID-19レジストリデータを用いた新型コロナウイルス感染症における年齢別症例致命割合について [Internet]. Available from: https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/10080-491p03.html

謝辞

本報告書の分析に用いたデータの収集にご協⼒いただいております各自治体関係者および各医療関係者の皆様に感謝申し上げます。本報告書は、東京感染症対策センター(東京iCDC)の協力のもとで作成されました。

報告書作成者

国立感染症研究所感染症疫学センター 髙勇羅、木下諒、鈴木基

国際医療福祉大学医学部 村山泰章

東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 山崎里紗

京都大学大学院医学研究科社会健康医学専攻 西浦博

  

図1:ワクチンの死亡予防効果と同時推定された年代別の致命リスク (case fatality risk, CFR) 。薄灰色は95% 信用区間を示す。

65 fig2 

参考:東京都における2021年1月1日から8月31日までの間の年代別の陽性者数、死亡者数(棒グラフ)とそれぞれに占めるワクチン2回接種者の割合(線グラフ)

65 fig3

 

 
IASR-logo

八尾市の外国人コミュニティにおける新型コロナウイルス感染症発生時の地域的なコミュニケーション支援等の体制強化(2021年3~4月)

(IASR Vol. 42 p290-291: 2021年12月号)

 
背 景

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2019年12月に中国湖北省武漢市で発生した新興感染症である。世界保健機関(WHO)は, 3月11日にパンデミック(世界的な大流行)の状態にあることを表明した。2021年8月31日現在, 世界では累積症例数が約1.7億人, 死亡者数が約340万人1), 国内では2021年9月3日現在, 累積症例数が約152.1万人, 死亡者数が約1.6万人と報告されている2)。国内のCOVID-19クラスターにおいては, これまで外国人居住者における事例の発生が散見され, 予防啓発および発生時の対応に関して情報提供等の課題が指摘されてきた3)。本報告は, 大阪府八尾市の外国人を主体としたCOVID-19のクラスター発生下で実施された, 地域における外国人への情報提供や連携体制強化の取り組みから得られた所見に関して報告するものである。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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