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注)本文書は東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催された場合の感染症リスク評価と考慮されるべき対策について記載したものである。

令和3年(2021年)6月23日
(掲載日:2021年6月25日)

国立感染症研究所
感染症危機管理研究センター
実地疫学研究センター
感染症疫学センター

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【背景】

世界的な新型コロナウイルス感染症の流行により、2020年に予定されていた東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京大会)は2021年に延期された。これにともない、オリンピックは2021年7月23日(金)~8月8日(日)の日程で、パラリンピックは同年8月24日(火)~9月5日(日)の日程で行われることとなった。東京大会が世界的な新型コロナウイルス感染症流行下で開催されることに伴い、海外からの観客の受け入れは中止が決定された。大会には200を超える国・地域からの選手団が参加予定であり、大会スタッフ、メディア関係者、スポンサー等も含め、海外からは数万人が大会のために入国することが想定されている。競技は開催自治体である東京都及び8道県の会場で行われ、選手村(分村を含む)は3都県に設置されている。また、47都道府県がホストタウン等(ホストタウン及び事前キャンプ地)を有する。

各関係自治体では、2017年から2018年にかけて、東京大会に関連したリスク評価を行ったうえ、地域の実情を考慮したサーベイランス強化や医療体制の確保等の準備が進められていた。新型コロナウイルス感染症発生以降、複合的な感染予防策の実施や移動の制限による人流の変化を受けて、国内外での感染症の発生動向は変化している。東京大会に向け、いまだ流行が終息しない新型コロナウイルス感染症対応への準備は必須であるが、新型コロナウイルス感染症以外の感染症についても、改めてそのリスクを評価し、発生時の影響を軽減するための対策が重要となる。

本稿は2017年10月に行った“東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けての感染症のリスク評価”(1)(以下東京大会リスク評価)をベースに、日本における東京大会に関連した感染症のリスク評価を更新したものである。

なお、本稿では、公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が個人情報、所属組織等を登録する関係者を「登録大会関係者(大会アクレディテーション保持者)」、同委員会への登録が不要なフリーランスの記者、ホストタウン関係者、自治体が登録する都市ボランティア、国内在住の観客等の関係者を「非登録大会関係者(大会アクレディテーション非保持者)」と表記している。また、本稿における「市中」とは大会組織委員会が管轄もしくは提携している特定の管理区域(特定区域)「以外」を指すものとする。

【リスク評価及び推奨されるリスク管理事項】

特に新型コロナウイルス感染症を含めたヒト‐ヒト感染をする感染症については、競技会場等の大会関連施設において数百人から数千人単位の大会関係者(登録、非登録の両方)が集団で活動するため、大会関係者内での集団発生に至るリスクがあることから徹底した管理措置をとることが重要である。大会関係者は、リスク管理措置を徹底し、プレイブックを遵守した行動が常に厳に求められる。

登録大会関係者は、入国後14日間の活動は、原則として特定区域に限られる。ただし、特定区域からの離脱後等、登録大会関係者と非登録大会関係者間、及び大会関係者(登録、非登録の両方)と市中の間での接触は起こり得る。大会関係者から市中への感染症の伝播が発生しないようにするために、一定程度の他者との接触の可能性を前提としたリスク管理を行うことが重要である。また、海外からの登録大会関係者については、基本的には日本国内での滞在は、特定区域内での活動にとどめることを原則とする。加えて、特定区域から離脱後は、離脱時点を起点として、最低14日間は、一般人との接触を回避することを含め、厳格な管理体制が望まれる。特に、行動範囲が広い海外メディア関係者や、海外からの登録大会関係者等との接触が生じうる国内ボランティアが市中で感染症を発症したり、伝播を受けたりしないような適切な管理体制が求められる。

特定区域から離脱後、滞在期間は限られるが日本に残留する競技終了後のアスリート等の大会関係者が感染症を含む疾病を発病した場合は、市中の医療機関を直接受診する可能性もある。大会関係者が来日すると想定される東京大会の前1か月~後1か月程度の期間、大会組織委員会及び市中の各医療機関及び各自治体はこのことを認識し大会関係者(登録、非登録の両方)における感染症の探知と対応について準備する必要がある。また、大会への各国からの注目度が高いことから、大会関係者における感染症の(集団)発生、また大会関係者による国外への感染症の持ち出しについては、reputational risk(評判や風評に関するリスク)や国際保健規則(IHR)上の取扱いについて事前から注意を払い、確認する必要がある。

新型コロナウイルス感染症については、大会におけるリスク管理措置が徹底され、遵守された場合においては、海外からの輸入症例を起点とした国内流行が発生するリスクは低いと考えられる。しかし、特定区域内でのリスク管理措置が適切に行われない場合、特定区域からの離脱後に国内感染につながるリスクがあることから、アスリート等の大会関係者はもとより、特に、特定区域に滞在する海外報道関係者及び大会ボランティア等について、リスク管理措置を徹底することが必要である。また、市中においては、大会開催に伴う大会関係者の国内往来により密集が生じる場合、応援イベントや競技場や事前キャンプ所在地等で人が集まる機会の増加、地域内・地域間の人流の増加等が契機となり国内の感染拡大のリスクが高まる可能性があるため、警戒するとともに、大会期間中のテレワークの集中的な実施を含めた人流抑制等の対策を進めることが必要である。

新型コロナウイルス感染症以外の感染症については、2017年に行った東京大会リスク評価(1)において、以下の表のとおり、特に国内伝播に注意を要するものとしてリストアップした感染症の種類及びそれぞれのリスク評価をまとめている。対象とする感染症を選択するにあたっては、輸入例の増加、感染伝播の懸念、大規模事例の懸念と高い重症度等で複数の項目において注意が必要な疾患がリストアップされている。リストアップ方法については東京大会リスク評価(1)を参照のこと。

表でリストアップした感染症については、新型コロナウイルス感染症に対する国内外の様々な対策により、疾患によっては2017年当時など新型コロナウイルス感染症流行前と比較してリスクの程度に変化*があったものの、対策を行ううえで注意を要する感染症である。新型コロナウイルス感染症、加えて前回のリスク評価時と同じく、麻しん、侵襲性髄膜炎菌感染症、中東呼吸器症候群、腸管出血性大腸菌感染症はまず注意すべき感染症である。

*新型コロナウイルス感染症に対する国内外の対策によりインフルエンザ等の呼吸器感染症の感染拡大のリスクは新型コロナウイルス感染症流行前と比較し低くなっている。また、各国の渡航制限による渡航数の減少等によりデング熱等の輸入感染症についても持ち込まれるリスクが低くなっている。一方で、腸管出血性大腸菌感染症・ノロウイルス等による食品媒介感染症や、性感染症についてのリスクは新型コロナウイルス感染症流行前と比較しても低くなってはいない。

表1.対策を行ううえで注意を要する感染症とリスク評価

リスク評価

ワクチン予防可能疾患(VPD)

麻しん

国内外で流行状況は低調であるものの、海外の一部地域では発生がみられ、輸入例を発端にワクチン接種率の低い集団での感染拡大のリスクはあり、集団発生した場合の医療機関・保健所等への負荷が高い。新型コロナ感染症流行に伴う国内のワクチン接種率の部分的な低下が懸念される。排除国等からの参加者においては、リスク認識の程度に隔たりがある可能性がある。

風しん

国内外においても流行状況は低調であるものの、輸入例を発端にワクチン接種率の低い集団での集団発生とそれに伴う妊婦における先天性風しん症候群の発生の懸念がある。排除国等からの参加者においては、リスク認識の程度に隔たりがある可能性がある。

侵襲性髄膜炎菌感染症

新型コロナウイルス感染症流行以降の国外の疫学情報は十分に得られず、国内の流行状況は低調。事例発生のリスクは新型コロナウイルス感染症流行以前に比較し低くなっている可能性はあるが、特に大会関係者において事例が発生した際のインパクトと対応の負荷は大きい。

インフルエンザ

国内外で流行状況は低調だが熱帯・亜熱帯の一部の地域での流行あり。大会開催時期は例年であれば南半球での流行がみられる。輸入例を発端とした大会関係者での感染拡大の可能性はある。

百日咳

国内の発生動向は低調。輸入例を発端とした大会関係者での感染拡大の可能性はある。

新興・再興感染症

中東呼吸器症候群

中東での発生動向は低調だが、報告のある地域からも関係者が来日するため輸入のリスクはある。大会関係者で発生した場合は接触者調査等とリスクコミュニケーションの負荷が高い。新型コロナウイルス感染症の流行に伴う相対的な認知度の低下が懸念される。

蚊媒介感染症(デング熱、チクングニア熱、ジカウイルス感染症)

国外で高い発生動向を示す地域はあるものの、渡航者数の低下により、輸入例は3疾患全てで著減している。流行地域からの輸入のリスクはある。選手村、キャンプ地等で集団発生した場合の媒介蚊対策の負荷等が高い。

食品媒介感染症

腸管出血性大腸菌感染症

国内では例年6月から9月にかけて報告数が増加する。食品を介した大会関係者での感染拡大に注意が必要である。

細菌性赤痢

輸入のリスクと食品を介した大会関係者での感染拡大リスクがある。

A型肝炎

輸入のリスクと食品を介した大会関係者での感染拡大リスクがある。潜伏期間が比較的長いため大会に関連して感染拡大した場合でも大会終了後に探知される場合がある。

E型肝炎

輸入のリスクと食品を介した大会関係者での感染拡大リスクがある。潜伏機関が比較的長いため大会に関連して感染拡大した場合でも大会終了後に探知される場合がある。

感染性胃腸炎(ノロウイルス感染症、サルモネラ症、カンピロバクター感染症等を含む)

大会時期、国内の流行状況は例年低調な時期ではあるが、過去の夏季大会でのノロウイルス感染症の散発例の報告、冬季大会での大会関係者における集団発生の報告あり注意は必要。

その他

結核

輸入のリスクと大会関係者での感染拡大リスクがある。大会に関連して感染拡大した場合でも大会終了後に探知される場合がある。

梅毒

異性間性交渉を介した大会関係者への感染波及の懸念あり。大会に関連して感染拡大した場合でも大会終了後に探知される可能性が高い。

HIV/AIDS

輸入のリスクと大会関係者での感染拡大リスクはある。大会に関連して感染拡大した場合でも大会終了後に探知される可能性が高い。

†食品媒介感染症以外の感染経路もとりうる

【大会開催にむけて強化・追加の必要性が考慮される感染症対策】

第一に、新型コロナウイルス感染症について、大会組織委員会によるリスク管理措置の徹底、原則的に参加する大会関係者のワクチンの事前接種、大会参加に伴う諸規則の遵守の徹底が必要である。その上で、新型コロナウイルス感染症の患者が発生した場合に備え、国、各自治体の体制整備は極めて重要であり、人員確保をはじめ、その状況に即応できる体制を整備する必要がある。また、新型コロナウイルス感染症以外の感染症についても、開催延期前に実施された各自治体におけるリスク評価結果等も参考に、海外感染症流行状況の把握、地域のワクチン予防可能疾患に関する再度の接種率の確認と啓発、新型コロナウイルス感染症以外の疾患の重要疾患の鑑別について、改めて医療機関へ周知する必要がある。また、原因不明の重症感染症の早期探知に備え、自治体においては、改めて2019年に改訂された疑似症サーベイランス(2)について医療機関に周知を行うことが望ましい。以下に市民、国、自治体において大会開催にむけて強化・追加の必要性が考慮される感染症対策を挙げた。

  • 競技会場等での大会観戦者における感染拡大予防策の徹底

‐体調不良者は観戦等を控えること(体温の確認から)

‐正しいマスク着用の徹底(熱中症対策、大声を出さない等と並行)

‐3密(密接・密集・密閉)の回避、フィジカルディスタンスの確保

‐手洗い・手指消毒

‐可能な限り換気に努めること

-自治体の発する公式情報等を参考に各地の流行状況、医療体制を把握した上での、外出、自治体間をまたぐ移動及び人が多く集まる場所への参加の要否の判断

‐必要な新型コロナウイルスワクチンの接種(接種対象者での確実なワクチン接種の推進と必要に応じた速やかな対象拡大)

  • 感染症についての強化サーベイランスと自治体間情報共有の強化

自治体をまたぐクラスター発生の可能性もあるため、下記に示す情報共有ができる体制整備とそのための人員確保が求められる。

‐医療機関での大会関係者に関連した感染症確定例(一部の疾患では疑似症や疑い例も含む)の報告の徹底(「大会関係者」というキーワードの入力);新型コロナ感染症についてはHealth Center Real-time Information-sharing System(HER-SYS)を活用し、その他の感染症については、 National Epidemiological Surveillance of Infectious Diseases (NESID) systemを活用

‐大会関係者の感染症確定例(一部の疾患では疑似症や疑い例も含む)探知に関する検疫との連携

‐原因不明の重症感染症事例について疑似症サーベイランスへの報告(大会関係者情報も含む)の徹底

‐登録された感染症確定例(一部の疾患では疑似症や疑い例も含む)における大会関係者情報の保健所、地方衛生研究所、国立感染症研究所及び厚生労働省での確認の徹底

‐国内、海外の感染症発生状況、大会に関連したリスク評価についての、国から自治体及び大会組織委員会への日報による情報共有

‐大会関係者の感染症検査状況、発生状況についての、大会組織委員会、関係自治体、国間の迅速な情報共有(それぞれの日報共有等)

-大会関係者における感染症発生時の、自治体による疫学調査結果の国、大会組織委員会への共有

  • 検査体制

-特に競技会場や選手団の事前キャンプ地の地域における、感染症の発生状況を迅速に把握可能な検査・報告・確認の体制確保

  • 発生時対応機能の強化と医療体制の確保

-大会に関連して発生した感染症集団発生や地域での新型コロナウイルス感染症を含めた、感染症流行悪化を想定した体制、組織間(国、自治体と大会組織委員会)の対応協力体制の強化、および療養先、入院先の確保

  • コミュニケーション

-平時(大会関係者での集団発生はないことの確認)及び大会関係者に関連した集団発生が起こった場合の国内及び国際的なワンボイスでの情報発信

-IHR通報該当事例や大会に関連した事例や集団発生が他国に影響を及ぼす場合の国際機関、各国国際保健規則の担当窓口への適時のコミュニケーション

-大会に関連し国外で探知された事例や集団発生について他国からの情報収集体制の強化

  • 大会後の影響評価体制

-新型コロナウイルス感染症流行下の大会開催であり、大会後に国内及び国際的な大会の影響を評価する体制が必要

【参考文献】

  1. 事務連絡 厚生労働省健康局結核感染症課 平成 29 年 10 月5日 「2020 年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けての感染症のリスク評価~自治体向けの手順書~」について:https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/sanko10.pdf
  2. 厚生労働省.2019年2月21日改正.法第14条第1項に規定する厚生労働省令で定める疑似症.https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-07-01.html
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan