国立感染症研究所

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国立病院機構電子カルテネットワークデータを使用したCOVID-19のリアルタイムサーベイランスの試み

(速報掲載日 2021/4/8)
 

 感染症対策の基本はサーベイランスであり、どこで何が起こっているのかわからなければ対策の立てようがない。一般的な症例サーベイランス(Case-based surveillance)では、医療機関からの報告を基本として、地方自治体単位でデータをまとめ、最終的に国に報告されるが、この経路において、一次報告者である医療機関における担当医師から、保健所、地方感染症情報センターを含む地方自治体公衆衛生部門、それぞれの段階において一定の業務負荷がかかり、特に患者診療を担当する医療機関、疫学調査を担当する保健所にとって大きな負荷となる。

 国立病院機構では本部において、全国の国立病院機構所属67病院のDPC(Diagnosis Procedure Combination:急性期入院医療の診断群分類に基づく1日当たりの包括評価制度)・レセプト情報を通常業務として月単位で集約しており、これらは必要な業務的な処理を行った後に、Medical Information Analysis Databank(以下MIA)として保存されている。これは、1カ月に1度報告されるデータであるものの、全国の国立病院機構病院に受診、入院した症例の情報を解析することができる。また、もともとの目的から、病床稼働率などが算定できるような構造になっているため、季節性/新型インフルエンザ発生時に、その医療負担を評価できる。筆者らは、MIAからインフルエンザに関連したデータを抽出してデータ解析を進め、流行状況をはじめとして、入院例における酸素療法の頻度、MRI/CT施行率、入院例における致命率などの臨床的なインフルエンザの重症度、あるいは総外来患者に占めるインフルエンザ患者の割合、総入院患者に占めるインフルエンザ患者の割合、全病床に占めるインフルエンザ患者の割合など、医療機関へのインパクト(負荷)が評価できることを示した。しかしながら、これらは毎月に1回1カ月分がまとめて報告されるデータであり、実際にパンデミックが発生した際には、迅速な評価はできない。一方国立病院機構では、その後電子カルテネットワークを整備し、現在までに国立病院機構診療情報集積基盤(National Hospital Organization Clinical Data Archive: NCDA)として、一日前の電子カルテデータをMIAと同様のデータに、一日遅れるだけで解析・評価できるようになった。

 2020年1月5日に公表された中国の武漢における原因不明肺炎の集積は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と名付けられ、瞬く間に世界に広がりパンデミックとなった。本邦における流行状況の評価で基本となった感染症法に基づくサーベイランスには分母が無く、重症度や医療負荷などの評価は難しいため、これまでのNCDAにおけるインフルエンザ研究の継続において、対象疾患をCOVID-19としてデータ抽出・解析を行ったので、現状のデータとともに報告する。

方 法

 これまでのインフルエンザにおける解析と同様に流行状況、疾病重症度、医療機関への負荷の指標を算出するためのデータを特定し、試験的に抽出を繰り返し、安定した段階で解析用データとした。

 作業は、高度のセキュリティ対策が施されたデータ管理室で特別に認可された本部総合研究センターのスタッフがデータを抽出し、個人識別情報を削除して、内部サーバにファイルを保存する。その後、データ管理室外の特定の場所で当分担研究者および研究協力者が指定されたPCにログインして、内部サーバからのデータをダウンロードし、エクセルによって必要な解析を行い、集計データとして別ファイルに保存した。これらのデータファイルは、国立病院機構NCDA管理者の確認後、外部への持ち出しが許可される。これらの手順によって、流行状況、医療負荷、そして疾病重症度の解析を行った(倫理面への配慮)。

 NCDAは電子カルテデータネットワークから作成されたデータベースであり、基本的に個人情報は含まれておらず、すべてIDに置き換えられている。また、高度セキュリティのデータ管理室の中での作業により抽出されたデータはこれらのIDも削除され、個人を識別することはできない。本研究は国立病院機構三重病院倫理審査委員会、および国立病院機構本部倫理審査委員会にて承認されている。

結 果

 週単位でデータ抽出を行い、COVID-19の新規入院患者数、在院患者数、在院日数、入院症例における死亡退院割合、それぞれの年齢群別分析、投薬内容、重症病床使用状況、外来におけるコロナ様・インフルエンザ様症候群例数(CLI/ILI)とSARS-CoV-2陽性率、インフルエンザ陽性率等などを解析し、流行状況、重症度、および医療負荷を評価した。また、定期的なデータ抽出が可能になった時点より、データを厚生労働省に週単位で提供している。

 国立病院機構病院67医療機関に2020年1月12日~2021年2月28日までの間に5,747例のCOVID-19入院例と5,426例の退院があり、集計時点で321例が在院している(図1)。入院患者における致命率は、月ごとの入院例で集計時点までに退院した症例数の中の死亡退院割合として計算し、2020年4月入院例で3.69%、7月入院症例で4.00%、2021年1月3.99%と、入院患者数のピークと一致して高くなっている(図2)。一方、外来患者におけるコロナ様疾患(急性上気道炎症例)数は2020年10月18日~2月28日の間では、平均すると1週間に111,223例の外来患者中3,736例でみられ、このなかでSARS-CoV-2が検査陽性(PCR、抗原定量・定性のいずれかで陽性を含む)となったのは、平均85.3例(15-220例)で、週の平均陽性率は2.15%であったが、12月27日に始まる週が4.60%と最大であった。

考 察

 現在の日本におけるCOVID-19サーベイランスは、感染症法に基づく届出に依存しているが、感染症における届出は患者が受診し、医師が臨床的に疑い検査を行って陽性になった例に限られるので、受診行動、医師の診断手法に影響を受ける。これは明確な症例定義が無いことも影響しているが、一方では若年層は軽症例が多いため、受診されなければ診断されることはなく、報告されることはないので、過小評価となり、受診行動の変化があれば、経時的な比較も難しくなる。

 このため、サーベイランス戦略としては、広く状況を俯瞰する目的において、National Notifiable Disease Surveillanceとして、感染症法に基づく届出受診患者数を収集するとともに、目的を絞って、患者の重症度、治療内容、また地域における感染伝播等を評価するためのサーベイランスと組み合わせることが必要である。前者を水平サーベイランス、後者を垂直サーベイランスと呼ぶ。厚生労働科学研究班において、国立病院機構で維持されているMIAにおいて基礎検討を行い、NCDAを用いてCOVID-19の臨床的重症度や治療内容、入院症例致死率などを評価することによって、感染症法に基づく届出を補完する情報が得られる。

 NCDAは医療機関における診療活動のなかで入力される電子カルテデータを利用しているため、このサーベイランスには医療機関に対する負荷は一切ない。このような迅速にデータが得られ、かつ現場に負荷のかからない電子カルテデータを用いたサーベイランスは、特に迅速に評価を行う必要のあるパンデミックでは特に有用であり、今後拡大していくことが期待される。

 本研究は、厚生労働科学研究「新型インフルエンザ等の感染症発生時のリスクマネジメントに資する感染症のリスク評価及び公衆衛生的対策の強化のための研究(20HA1005)」にて行った。


 
国立病院機構三重病院 
 谷口清州
聖路加国際大学公衆衛生大学院修士課程 
 光嶋紳吾
国立病院機構本部総合研究センター診療情報分析部 
 井上紀彦 堀口裕正  

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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