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ヒトコロナウイルス(HCoV)感染症の季節性について―病原微生物検出情報(2015~2019年)報告例から―

(速報掲載日 2020/7/2) (IASR Vol. 41 p124-125: 2020年7月号)

人に感染するコロナウイルス(Human coronavirus:HCoV)には、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであるSARS-CoV-2以外に、主に小児が冬季にかかる風邪の原因ウイルスであるHCoV-NL63(以下NL63)、HCoV-OC43(同OC43)、HCoV-HKU1(同HKU1)、HCoV-229E(同229E)がある(以下、4種を総称してcommon HCoV:cHCoVとする)。また、日本での報告はないが致命率の高い中東呼吸器症候群ウイルス(Middle East respiratory syndrome coronavirus: MERS-CoV)や2002年に発生したが2004年以降報告のない重症呼吸器症候群ウイルス(Severe acute respiratory syndrome coronavirus: SARS-CoV)がある。

日本における4種のcHCoVの流行状況を知ることは近縁のSARS-CoV-2の今後の流行の動向を予想する上で有用な知見となる可能性がある。しかし、cHCoVを原因とする風邪様症例は感染症発生動向調査の対象ではなく、日本における流行状況を体系的に示す情報はない。一方、病原微生物検出情報には、地方衛生研究所(地衛研)等で検出されたcHCoVが任意ではあるが報告され、蓄積されている。本稿では病原微生物検出情報に報告されたウイルスの情報から、日本におけるHCoVの季節性について考察した。

2015~2019年の5年間に、7カ所の地衛研から病原微生物検出情報に報告された702のcHCoVを対象とした(2020年5月22日現在)(図1)。2015年では約1/3の報告においてウイルス種の分類が報告されていなかったが(HCoV-not typed: NT、以下NT)、2016年以降は大部分がウイルス種の分類まで報告されていた。5年間を通じた各ウイルスの検出率は、OC43:45.8%、 NL63:29.2%、HKU1:12.7%、229E: 5.4%、NT:7.0%であった。また患者の大部分(87.2%)は10歳未満であり(図2)、症状は発熱、上気道炎、下気道炎が多かった。検体採取日を基に2015~2019年の各年のcHCoV(OC43, NL63, HKU1, 229E およびNTの合計)の月別の報告数の推移を示すと、おおむね1~2月に多く、3~6月に減少し、7~10月にかけては報告数が少なく、11~12月にかけて増加する傾向にあった。5年間の平均報告数では、夏季(7~10月)は冬季(12~2月)の1/10程度であった(図3)。またウイルスごとの月別の報告数の推移をみてみると、報告数が少ない229Eにおいては少し推移のパターンが異なるが、すべてのcHCoVにおいて夏季(7~10月)の報告数は少なく、冬季(12~2月)には報告数が多い傾向にあった(図4)。

温帯地域におけるウイルス性呼吸器感染症には、冬季に流行する季節性インフルエンザ(インフルエンザウイルス)、冬から夏にかけて流行する麻疹(麻疹ウイルス)のように季節性の傾向を示すものがある。

cHCoVによる風邪様症例は一般に冬に多いとされているが、cHCoVの病原微生物検出情報への報告状況もそれを反映してか、冬季の報告数は夏季と比較して10倍程度多かった。同じ北半球の温帯に位置し、年間を通じた気温の推移が比較的似ている米国においても4種のcHCoVの検出率が冬季に高く、夏季に低いことが報告されていることから、少なくとも北半球においては、cHCoVは夏季に減少する季節性を持つ可能性が考えられる1)

感染症が季節性をもつ理由には、気温、湿度、紫外線量等の気候的要因、人間の行動様式(たとえば学校入学による接触機会の増加)等の社会的要因、免疫能の季節変動、節足動物媒介性ウイルスの場合は媒介昆虫の季節性、他の宿主動物がいる場合は宿主動物の季節による行動様式の変化、等が単独、あるいは複合して関連していると考えられている2)

SARS-CoV-2が日本の環境において、cHCoVと同じような季節性を示すかどうかは現時点では不明である。ウイルス学的に近縁であることからcHCoVと同様な動態を示す可能性がある一方、世界で蔓延し多くの人が過去に罹患していると考えられるcHCoVと新たに出現し大部分の人が感染歴をもたないSARS-CoV-2では、感受性者の分布が異なる可能性がある等のため、異なる動態を示すことも考えられる3)。SARS-CoV-2の流行に季節性がある可能性にも留意して流行状況を注視する必要がある。

制限:病原微生物検出情報への報告は地衛研・保健所から任意に行われており、バイアスが含まれる可能性がある。

 

参考文献
  1. CDC, National Trends for Common Human Coronaviruses
    https://www.cdc.gov/surveillance/nrevss/coronavirus/natl-trends.html (2020年6月16日引用)
  2. Grassly NC., Fraster C. Seasonal infectious disease epidemiology. Proc. R. Soc. B. 2006; 273: 2541-2550. doi:10.1098/repb.2006.3605
  3. 国立感染症研究所、コロナウイルスとは、
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html(2020年6月16日引用) 
 
 
秋田県健康環境センター
山形県衛生研究所
さいたま市健康科学研究センター
千葉市環境保健研究所
横浜市衛生研究所
三重県保健環境研究所
大阪健康安全基盤研究所
国立感染症研究所感染症疫学センター第二室

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