国立感染症研究所

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クルーズ船内で発生した新型コロナウイルス感染症の集団発生事例対応における健康管理アプリの有用性

(速報掲載日 2020/7/15) (IASR Vol. 41 p144-145: 2020年8月号)

停泊中のクルーズ船内で発生した新型コロナウイルス感染症の集団発生事例への対応に際して、外国籍乗員の健康観察を目的として外国語対応の健康管理アプリを開発し導入した。今後の事例対応の参考になると考え、その経緯について報告する。

事例の経緯

2020年4月19日、長崎市の三菱重工業長崎造船所香焼工場に停泊中の、コスタ・アトランチカ号から、長崎市保健所に発熱者の相談があり、同20日に新型コロナウイルス感染症疑い例として検査が行われた。このとき623名の乗員(ほぼ全員外国籍)の中で、船の稼働や生活面で必要な船員(エッセンシャルクルー)を除き全乗員が、乗客用船室に個室隔離された。船内には船医1人、看護スタッフが3人おり、検温を1日2回施行し、異常があるときに船室内の電話で船医に連絡することになっていた。

健康管理アプリの開発

4月21~25日に、全員を対象に遺伝子検査を実施し、148人が陽性であった。エッセンシャルクルーにも感染者がいたため、船内全体をレッドゾーンとみなし、船内支援活動を最小限とした。途中乗船した1名の看護師を加えた624名の乗員全員を下船させる案が検討されたが、長崎県内に多人数を受け入れられる医療機関および宿泊施設がないこと、そして宿泊用のテントやコンテナを工場敷地内に設置しても、トイレを共有することにより感染拡大の恐れがあることから、実現は困難であった。そのため、クルーズ船を「軽症者等の宿泊施設」とみなして個室隔離の上で療養し、陰性者も濃厚接触者として船内で健康観察することとなった。また、エッセンシャルクルーが船室間の感染伝播の原因とならないように、感染症医が感染予防の指導を行い、乗員向けに英語の感染予防教育ビデオプログラムを船内で放送した。

船外から乗員の健康状態を管理する方針は当初より予想されたため、以前より長崎県で導入された健康管理アプリを開発していた富士通の新型コロナウイルス感染症対策チームに連絡し、クルーズ船員用の健康管理アプリの緊急開発を依頼した。同日夜には、アプリは稼働可能となった(無償提供)が、実際に船内で導入するのは容易ではなかった。

健康管理アプリの導入

船内には36カ国の乗員がおり、クルーズ船内は厳密な指揮系統下に置かれる。したがって、健康管理アプリの導入には、船長や船医をはじめ、管理部門や船会社の理解や許可が必要であった。4月24日、船内でアプリのチラシ(二次元バーコード+説明)の配布許可がおり、船内の管理部門等へ健康管理アプリの説明を行い、健康管理方法の方針転換への理解を求めた。

しかし、4月25日に船内医療者の業務負担過多のため現場は混乱しており、アプリを導入できる状態ではなかった。船内医療者の業務負担過多の原因の一つは、5本の体温計のみで1日2回実施の全乗員の検温をしていたことであり、4月27日1人1個の体温計を配布した。翌4月28日にチラシを配布し、健康管理アプリを開始できた。しかし、船内のWi-FiにはSNS以外の接続が許可されておらず、船会社に接続許可を申請し、4月30日に許可された。

健康管理アプリとは

「アプリ」といってもスマートフォンにインストールする必要はなく、二次元バーコードをカメラで読み込んで、URLにアクセスするブラウザベースのシステムである。そして、チャットで質問に答える形で情報を入力していく。

年齢、性別、基礎疾患、内服、喫煙歴、アレルギー歴、身長、体重、などの基礎情報に加え、体温や自覚症状(咳嗽、呼吸困難感、鼻汁、咽頭痛、嘔気嘔吐、結膜充血、頭痛、倦怠感、関節痛・筋肉痛、下痢、味覚異常、嗅覚異常等)を1日1回報告してもらった。また、その他自由記載欄も設けた。これらの情報は、行政調査の一環として収集し、県の法務部門に相談の上で運用した()。

アプリを導入してよかった点

乗員のほとんどが各自スマートフォンは持っており、36カ国の乗員の約95%が1回以上入力し、1日平均8割以上の入力率を保つことができた。乗員の健康状態を船外から把握することで、船内の支援活動を最小限とし、支援者の感染例はなかった。船医からは、多くの支援者が船内で活動すると、指揮系統が混乱した可能性があり、船外からの支援が良かった、とのことであった。毎日船側とのオンライン会議で、船側に有症状者の状況を確認し、必要に応じて診察やCT検査を施行し、入院管理となった例もあった。また病床調整も、重症化リスクを事前に把握し、円滑に行うことができた。モニタリングにより、経時的に有症状者の数が減少し、乗員間で感染が拡大せず収束に向かっていることが確認できた。

導入後の問題点

緊急対応でアプリを開発して運用開始したため、運用しながら改善していく必要があった。毎日、富士通の開発チームとやりとりし、1週間で20カ所ものマイナーチェンジを行った。例の一つとして、入力時刻の問題があった。多国籍の乗員のスマートフォンの時刻が自国の時間に設定されており、日付が前日の入力となって管理画面に表記されていた。そこで、スマートフォンの入力時刻ではなく、サーバが入力データを受け取った時間で表記するように変更した。

まとめ

国内2事例目となるクルーズ船内で発生した新型コロナウイルス感染症の集団発生事例に対して、健康管理アプリを導入することで船外から乗員の健康管理を行った。各自がアプリに健康状態を毎日報告する方法は、支援者の船内活動と感染機会を最小限にし、関係部署間の連携を円滑にしたことから、クルーズ船における健康管理方法として有用と考えられる。

利益相反:富士通株式会社新型コロナウイルス感染症対策チームと山藤栄一郎(長崎大学)が共同開発した健康管理アプリは、長崎県に無償提供された。なお、山藤栄一郎は富士通株式会社から報酬を一切受け取っていない。

謝辞:本調査ならびに本稿作成に多大なご協力をいただいた以下の皆様に深謝します。

生川慎二、黒瀬雄三、毛利友香(富士通株式会社)、田中健之、田代将人、泉川公一、高山隼人、森本浩之輔、前田 遥、樋泉道子、安田一行、河内宣之(長崎大学)、長谷川麻衣子(長崎県福祉保健部)、藤田利枝(長崎県県北保健所)、小早川義貴(国立病院機構本部 DMAT事務局)、島田智恵、有馬雄三、鈴木 基(国立感染症研究所)、コスタ・アトランチカ号の乗員の方々

 

参考文献
  1. <速報>長崎市に停泊中のクルーズ船内で発生した新型コロナウイルス感染症の集団発生事例:中間報告
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9622-covid19-20.html
 
 
長崎大学熱帯医学研究所臨床感染症学分野
 山藤栄一郎
長崎市保健所
 本村克明
長崎県福祉保健部
 中田勝己

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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