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2021年5月12日
国立感染症研究所
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国立感染症研究所は、第1報で注目すべき変異株(VOI)として位置付けていたPANGO系統でB.1.617に分類される変異株を、感染・伝播性、抗原性の変化等を踏まえたリスク評価に基づき、懸念すべき変異株(VOC)として位置づけ、監視体制の強化を行う。

B.1.617系統について

  • B. 1.617 系統は、スパイクタンパク質にL452R、D614G、P681R変異を共通に有している。さらに、同系統はB.1.617.1〜3に分類される (表1)。
  • 2021年4月1日、英国はB.1.617.1系統を「調査中の変異株(Variant Under Investigation; VUI)」”VUI-21APR-01”として位置付けた。同年5月6日には、B.1.617.2系統を”VOC-21APR-02”と位置付けた。B.1.617.3系統は同年4月27日に”VUI-21APR-03”と位置付けている(1,2)。
  • ECDCはB.1.617系統をVOIとして位置付けている(3)。
  • WHOは、同年4月27日にWHOが注目すべき変異株(VOI)に分類した。同年5月11日にB.1.617系統を (VOC)に分類した(4)。
表1 SARS-CoV-2 B.1.617系統の概要
covid19 44 tbl1
 

海外での流行状況と評価

  • インドにおいて過去60日間に遺伝子配列が決定された新型コロナウイルスの中の検出割合では、B.1.617.1が35%、B.1.617.2が18%を占め、特にB.1.617.2の割合が増加傾向にある。他のVOCはB.1.1.7が11%、B.1.351が2%検出され、P.1は検出されていなかった(5)。GISAIDデータベースに登録された配列を用いたWHOの予備的解析によれば、インドでB.1.617.1とB.1.617.2は、従来の流行株よりも高い増加率を示しており、感染・伝播性の上昇を示唆している、と指摘している。B.1.617.3については評価するには十分な配列の登録がないとしている。
  • 英国では、B.1.617系統は、感染・伝播性が高く、英国での新型コロナウイルスの大半を占めるB.1.1.7から置き換わりつつある可能性を指摘し、モデルによる推定からも、B.1.617.2は少なくともB.1.1.7と同程度の感染・伝播性があると評価している(2)。重症度やワクチンの効果に関する十分な情報は得られていないとしている。

実験室における評価

  • B.1.617系統(L452R, E484Q, P681Rを有するタイプ)のスパイクタンパク質の受容体結合部位の構造分析では、これらの変異により、受容体となるACE2への結合力が高まり、感染・伝播性の増加や、モノクローナル抗体の結合や中和の回避につながる可能性が示唆されている(6)
  • B.1.617.1で認めるL452RおよびE484Q等のスパイクタンパク質の変異を有するシュードタイプウイルスでは、従来株に比べ回復者血漿での中和抗体価が1/2に低下し、ファイザー社製のワクチン接種者血漿での中和抗体価が1/3に低下することが示されている(7)。同じ実験系において南アフリカで最初に検出された501Y.V2(B.1.351系統)で認める変異を有するシュードタイプウイルスも評価されており、従来株に比べ回復者血漿での中和抗体価が1/6に低下し、ファイザー社製のワクチン接種者血漿での中和抗体価が1/11に低下することが示されている。以上の結果は、B.1.617.1で認めるスパイクタンパクの変異は中和抗体による免疫逃避の程度は501Y.V2よりも軽度であることを示唆している。さらに、同報告では、本シュードタイプウイルスが抗体医薬のBamlanivimabに抵抗性を示すことも示唆されている。
  • B.1.617.1で認めるL452RおよびE484Q変異、501Y.V2(B.1.351系統)や501Y.V3(P.1系統)で認めるE484K変異を有するシュードタイプウイルスに対するファイザー社製ワクチン接種者血清での中和抗体価を評価した研究では (8)、E484K変異に対する中和抗体価が1/10に低下した一方、E484Q変異に対する中和抗体価は優位に低下したものの、E484K変異に対する低下よりも限定的であった(具体的な抗体価の記載なし)。E484QおよびL452R変異の双方を持つシュードタイプウイルスに対する中和抗体価は、E484Q単独変異やL452R単独変異と同程度であり、中和抗体回避における2つの変異の相加効果は認めなかった。
  • B.1.617.1の分離株を用いた別の研究では、従来株に比べ、回復者血清、モデルナ社製のmRNAワクチン(mRNA-1273)およびファイザー社製ワクチン(BNT162b2)接種者血清での中和抗体価が1/7に低下したとの報告がある(9)。
  • L452R変異を有するウイルスはHLA-24拘束性細胞性免疫から逃避するという報告もあるが、新型コロナウイルスに対する免疫や病態におけるHLA-24拘束性細胞性免疫の寄与の程度は十分に解明されておらず、解釈には注意が必要である。
  • 一般的にこれらin vitro(試験管内)での評価結果はin vivo(生体内)で起こる現象を正確に反映しないこともあり、解釈に注意が必要である。
  • ハムスターを用いた感染実験では、B.1.617.1系統株は、従来株であるB.1系統株に比べて、高い病原性を示した(10)という報告がある。

国内での検出状況

  • 国立感染症研究所では、B.1.617系統は、国内では計4例を確認している。この他、東京都がスクリーニングでL452R変異を有する5例を特定したと公表している(11)。
  • 検疫では、2021年1月9日より、全ての入国者に対し、入国時に新型コロナウイルス検査が行われている。すべての陽性検体について国立感染症研究所でゲノム解析を実施しているが、5月10日時点で66例がB.1.617系統と判定されている。うち、57例(86%)にインド滞在歴があり、6例(9%)にネパール滞在歴があった。
表2 国立感染症研究所でのB.1.617系統の検出状況 (2021年5月10日10時時点) covid19 44 tbl2

評価

  • インドでの急速な感染拡大は、イベント等による人々の社会的接触機会の増大や、他の変異株の影響等の要因も排除できない。インドではウイルスの遺伝子配列決定数は感染者数に対して僅かであり、また地域差もあることを考慮して解釈する必要がある。インドでの感染者数の急増における本変異株の寄与の程度は明らかではないが、インドからの入国者で新型コロナウイルス感染者が多く、またB.1.617系統の割合が多いことを踏まえれば、B.1.617系統がインド国内で増加していることが伺われる。
  • 英国でのB.1.617.2系統の割合の急増は懸念される。S遺伝子陽性例におけるB.1.617.2系統の割合の増加とともに、B.1.1.7系統がほとんどを占めていたSGTF(S遺伝子陰性)割合の低下が観察されていることからも、B.1.1.7系統からB.1.617.2系統への置き代わりが進行している可能性がある。また、B.1.1.7系統と同等かそれ以上の二次感染率が報告されている。英国内でB.1.1.7系統と同等の感染・伝播性が今後も認められるかは注視する必要がある。
  • B.1.617系統については、年代別の感染性への影響、重篤度、ワクチンや治療薬の効果へのフィールドでの影響、既存株感染者の再感染のリスクなども明らかではない。また、サブ系統別に評価を行うには十分な情報がない。
  • B.1.617.2系統と想定されるウイルスの国内検出例はまだないが、遺伝子解析の報告のタイムラグや解析の実施割合、検疫での検出例の増加を鑑みれば、輸入例や国内での感染例が検知されていない可能性を考慮すべきである。

今後の対応案

  • B.1.617系統については、国内でも大半を占めるようになったB.1.1.7系統と同程度に感染・伝播性が高い可能性を考慮し、流行対策および医療体制の整備を着実に進めていくことが求められる。一方、まだ分からないことも多く、知見を収集していく必要がある。国内でも、B.1.617系統については、懸念すべき変異株(VOC)として、感染拡大を可能な限り抑えていくことが求められる。
  • B.1.617系統の流行国からの輸入リスクが高いと考えられることから、検疫では、B.1.617系統の症例に関する情報収集を進めていく。国内では、インド・ネパールに2週間以内に滞在歴のあるSARS-CoV-2陽性者、その濃厚接触者、必要に応じて関係者に積極的に検査を実施し、検体の提出を求め、重点的な積極的疫学調査を行う。国内の感染状況を把握するとともに、疫学的知見を積み重ねていくとともに、現場への対応にフィードバックしていく。
  • また、国内での本系統株の発生状況を早期に把握する観点から、国が委託する民間検査機関が全国で受託している検体のSARS-CoV-2陽性検体のL452R変異を検出するPCR検査を行い、国内でB.1.617系統のまん延の実態を把握していく。
  • 変異株による社会へのインパクトを低減するためには、従来株・変異株の如何を問わず、社会全体で新型コロナウイルス感染を抑制するため、感染機会・クラスター発生機会の抑制策を実施することが肝要である。
  • 個人の基本的な感染予防策としては、変異株であっても、従来と同様に、3密の回避、特に会話時のマスクの着用、手洗いなどの徹底が推奨される。

参考文献 (6-11は査読前のプレプリント論文である)

  1. Public Health England. SARS-COV-2 variants of concern and variants under investigation in England: Technical briefing 9. 22 April 2021. https://www.gov.uk/government/publications/investigation-of-novel-sars-cov-2-variant-variant-of-concern-20201201.
  2. Public Health England. SARS-COV-2 variants of concern and variants under investigation in England: Technical briefing 10. 7 May 2021. https://www.gov.uk/government/publications/investigation-of-novel-sars-cov-2-variant-variant-of-concern-20201201.
  3. ECDC. SARS-CoV-2 variants of concern as of 6 May 2021. https://www.ecdc.europa.eu/en/covid-19/variants-concern.
  4. World Health Organization. COVID-19 Weekly Epidemiological Update as of 9 May 2021, 10 am CET. 11 May 2021.
  5. Latif AA, et al. India Mutation Report. outbreak.info, (available at https://outbreak.info/location-reports?loc=IND). Accessed 12 May 2021.
  6. Cherian, S., et al. Convergent evolution of SARS-CoV-2 spike mutations, L452R, E484Q and P681R, in the second wave of COVID-19 in Maharashtra, India. bioRxiv 2021.04.22.440932. https://doi.org/10.1101/2021.04.22.440932
  7. Hoffmann M., et al. SARS-CoV-2 variant B.1.617 is resistant to Bamlanivimab and evades antibodies induced by infection and vaccination. bioRxiv 2021.05.04.442663; doi: https://doi.org/10.1101/2021.05.04.442663.
  8. Ferreira I, et al. SARS-CoV-2 B.1.617 emergence and sensitivity to vaccine-elicited antibodies. bioRxiv 2021.05.08.443253; doi: https://doi.org/10.1101/2021.05.08.443253
  9. Edara, V.-V., et al 2021. Infection and vaccine-induced neutralizing antibody responses to the SARS-CoV-2 B.1.617.1 variant. bioRxiv 2021.05.09.443299. https://doi.org/10.1101/2021.05.09.443299.
  10. Yadav PD., et al. SARS CoV-2 variant B.1.617.1 is highly pathogenic in hamsters than B.1 variant. bioRxiv 2021.05.05.442760; doi: https://doi.org/10.1101/2021.05.05.442760.
  11. 東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議(第44回)資料10. 都内のN501Y変異株スクリーニング実施状況. 令和3年5月6日. https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/013/725/44kai/2021050610.pdf

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更新履歴

第2報 2021/5/12 第1報からタイトル変更 「SARS-CoV-2の変異株B.1.617系統について」
第1報 2021/4/26 「SARS-CoV-2の変異株B.1.617系統の検出について」
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