国立感染症研究所

(IDWR 2003年第15号)

 ヒトサイトメガロウイルス(以下CMV)感染症は、CMVの初感染、再感染あるいは再活性化によって起こる病態で、感染と感染症は異なることを明 確にする必要がある。通常、幼小児期に不顕性感染の形で感染し、生涯その宿主に潜伏感染し、免疫抑制状態下で再活性化し、種々の病態を引き起こす。このウ イルスが感染症を発症するのは主に胎児(一部は先天性CMV 感染症患児として出生)、未熟児、移植後、AIDS患者、先天性免疫不全患者などであるが、免疫学的に正常であっても肝炎や伝染性単核症などを発症する場 合があり、注意を要する。尚、感染症法の元では、本ウイルスによる急性ウイルス性肝炎が4類感染症全数把握疾患であるが(註:その後、2003年11月施 行の感染症法一部改正により、5類感染症全数把握疾患のウイルス性肝炎 [E型肝炎及びA型肝炎を除く] に変更)、他の病態については届け出の対象となっていない。

疫 学
 従来、我が国のCMV抗体保有率は欧米諸国に比して高く、乳幼児期にほとんどの人が感染を受けている状態が続いていた。ところが最近、その状況に変化が 認められ、妊娠可能年齢の女性におけるCMV抗体保有率は90%台から70%台に減少していることが、いくつかの地域における研究で報告されている 1) 。このことは、乳幼児期に初感染を受けずに成人となり、伝染性単核症や妊娠中の感染により、先天性CMV 感染症患児を出産する頻度が増加することにつながる。抗体陽性の母親から出生した児の経胎盤感染の頻度は0.2〜2.2%であるが、妊娠中に初感染を受け た場合の経胎盤感染の頻度は20〜40%と報告されている 2)。しかし、そのうち症候性感染児は5〜10%である 2) 。ただし、新生児期に無症状であっても、難聴や知能障害のような形で発見されることがあり、早期発見が重要である。
 感染経路は母乳感染、尿や唾液による水平感染が主経路であり、産道感染、輸血による感染、性行為による感染なども認められている。初感染を受けた乳幼児 はほとんどが不顕性感染の形で、その後数年にわたって尿あるいは唾液中にウイルスを排泄する。このことから、保育園などで子供同士の密接な接触によって感 染を受けたり、ウイルスを含む尿との接触により感染が成立する。
 また、既感染の女性は母乳中にウイルスを排泄しているため、母乳は感染源となる。特に早産児においては、母体から十分量の抗体の移行を受けずに出生に 至っているため、初感染から感染症へと発展する可能性が高く、母乳のみならず、既感染者からの輸血にも注意が必要である。
 一方、免疫不全者におけるCMV 感染症のほとんどは、体内に潜伏感染していたCMV の再活性化による。臓器移植後の免疫抑制剤の投与、悪性腫瘍治療中の免疫抑制、AIDS 患者などにおいては、再活性化したCMV が間質性肺炎や網膜炎を発症する。もちろん、初感染による場合も、免疫が正常な人に比して症状は重篤となることが多く、抗体保有の有無を検査しておくこと は重要である。

病原体
 CMV は、ヒトヘルペスウイルス6(HHV‐6)やヒトヘルペスウイルス7(HHV‐7 )と同じヘルペスウイルス科βヘルペスウイルス亜科に属する。直径約180nm、230kbp からなる2本鎖DNA ウイルスで、ヘルペスウイルス科の中では最大である。1956 〜57 年にRowe ら3) 、Smith ら 4) 、Weller ら5) により先天性重症黄疸児の尿から分離されたのが最初である。種特異性が強く、ヒト以外の動物には感染しない。ヒトの体内では広汎な組織に親和性があり、レ セプターはまだ確定的には同定されていないものの、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、アンネキシンII 、CD13(アミノペプチダーゼN )がその対象分子として注目されている。ウイルス側のリガンドとしては、envelope を構成する糖蛋白であるglycoprotein B(gB)やgH などが、細胞への進入、伝播、融合に重要な働きをしている。1990 年にはChee ら 6) によって全塩基配列が決定され、分子生物学的な研究が飛躍的に進展した。
 CMV 遺伝子は前初期遺伝子、初期遺伝子、後期遺伝子の順に転写翻訳がなされ、それぞれ蛋白が形成される。この過程は48時間以上かかるとされており、単純ヘル ペスウイルスの6〜9時間に比して非常に遅い増殖サイクルである。初期遺伝子は主に酵素類などを含み、後期遺伝子はウイルスの骨格を構成する蛋白を合成す る。また、CMVは単純ヘルペスウイルスや水痘帯状疱疹ウイルスと異なり、ウイルス特異的酵素であるthymidine kinase (TK)を有さないことも、治療を考える上で重要な性質である。

臨床症状
1)先天性CMV 感染症
 妊婦がCMV の初感染、再感染を受けた場合、あるいは再活性化を認めた場合、ウイルスが胎盤を経由して胎児に移行し、この病気を発症する。症状は重篤なものから軽症、 無症状まで幅広いが、一般的に初感染の場合に重篤になることが知られている。これは、TORCH 症候群の1 つを構成する重要な先天性感染症である。
 症状は、低出生体重、黄疸、出血斑、肝脾腫、小頭症、脳内(脳室周囲)石灰化、肝機能異常、血小板減少、難聴、脈絡網膜炎、DIC など多彩かつ重篤で、典型例は巨細胞封入体症と呼ばれている。ただし、出生時には上記症状の一部のみの場合や、全く無症状で後に難聴や神経学的後遺症を発 症する場合があり、早期発見が望まれる。
2)新生児、乳児期感染
 産道での感染、母乳を介した感染、尿や唾液を介した水平感染が主であるが、ほとんどが不顕性感染かあるいは軽症に経過する。これは母体からの移行抗体に よる効果が大きい。なかには肝炎を発症することがあるが、一般的にself‐limiting である。ただし、早産児や低出生体重児の場合は、母親から抗体の移行を十分に受ける前に出生していることから、重篤な症状を呈することが多く、肝機能異 常、間質性肺炎、単核症などが主となる。これらの新生児への、CMV抗体陽性母体からの母乳の投与や輸血は避けるべきである。
3)健常人における感染症
 抗体陰性のままで経過し、思春期以降に初感染を受けた場合には、伝染性単核症様の症状を呈することが多い。発熱、肝機能異常、頚部リンパ節腫脹、肝脾腫 などが主な症状であり、Epstein‐ Barr ウイルスによる場合の初感染像と鑑別することは困難である。外科手術などで大量輸血を受けてCMV に初感染した場合にも、発熱、肝機能異常、間質性肺炎、異型リンパ球増多など、伝染性単核症様の症状を呈することが知られているが、この場合重症化しやす い。
4)移植患者における感染症
 臓器移植では、ドナー陽性、レシピエント陰性の場合に初感染のハイリスク者となり、定期的なモニタリングが必要である。もちろん、ドナー、レシピエント 共に抗体陽性の場合でも、免疫抑制剤の投与により潜伏していたCMV が再活性化し、感染症を発症することが多いため、同様のモニタリングは重要である。早期診断、早期治療がなされない場合は、発熱、間質性肺炎、腸炎、肝 炎、網膜炎、脳炎を発症し、移植臓器を失うことにもつながる。
 一方、骨髄移植の場合はドナー陰性、レシピエント陽性の場合がハイリスクである。すなわち、再活性化したウイルスを抑制する細胞がドナー由来であり、 CMV に対するメモリーを有さないため重篤な感染症を発症する。症状は同様であるが、その他、骨髄抑制(白血球減少、血小板減少)を認めることが多く、臓器移植 よりも重篤である。
5)HIV 感染者における感染症
 CD4 陽性細胞が500/mm 3 以下になると、CMV を含め日和見感染症を発症するリスクが高くなる。
 特に50/mm 3 以下の場合は頻度、重症度共に高い。あらゆる臓器にウイルスが感染するが、網膜炎、腸炎、脳炎を発症することが多く、間質性肺炎は移植患者の場合と異なり、頻度は低い。
 CD4 陽性細胞数が200/mm 3 以下では、症状の有無にかかわらず定期的な眼底検査が必要である。

病原診断
1)先天性CMV 感染症の診断
 2(ないし3)週間以内の尿からウイルスが分離されると確定される。臍帯血や新生児血のCMV IgM を診断に用いることもあるが、陰性である場合もあり、これだけでは不十分である。最近では、抗原血症や分子生物学的手法によるDNA 診断やmRNA 診断が用いられる。
2)それ以外の時期における感染症の診断
 検査法には、mRNA 検出のためのNASBA (nucleic acid sequence based amplification )法 7) 、ウイルス抗原を検出するためのantigenemia 法、DNA 検出のためのPCR 法、直接ウイルスを分離する方法、ウイルス特異的IgM 抗体の測定などがあるが、保険適用があるのはantigenemia 法とウイルス特異的IgM 抗体の測定のみである。病態を把握するためには、複数の検査方法を総合的に判断するのが最も有用である。mRNA の検出はウイルスが活発に増殖していることを意味し、通常潜伏感染状態では検出されないため、感染症発症の予知、ならびに抗ウイルス剤投与中止の指標とな り得る。一方、DNA の検出においては、cell free DNA の検出や、通常は検出されない部位からの検出、PCR 法のtemplate DNA 量を適切に設定してウイルス量の定量をすること、などが重要である。たとえば、乳幼児期の尿中でのDNA 検出やウイルス分離は、臨床的意義は少ない(初感染後数年間にわたってウイルスを排泄し続けるため、健康乳幼児でも尿中に検出される)。
 Antigenemia 法は、現在2種類の方法(C7HRP 、C10C11)が使用されている。ウイルス抗原陽性細胞が末梢血多形核白血球中に何個あるかの定量が可能なため、一定量以上で検出された場合には抗ウイルス剤の適応があるとされる。

治療・予防
 治療にはCMV 高力価γグロブリン、ガンシクロビル、ホスカルネットが用いられる。病原体の項でも述べたが、TK を有さないウイルスのため、アシクロビルは有効ではない。抗ウイルス剤使用開始基準に関しては、それぞれの病態でかなり異なる。
 先天性CMV 感染症の場合は抗ウイルス剤の保険適応はないものの、神経学的予後を考えるとその適応も考慮する必要がある。Whitley らのグループによると、先天性CMV 感染症の重症例にガンシクロビルを使用することにより、神経学的後遺症発現の減少や難聴の進行改善などの効果があるとされている 8)。ただし、ガンシクロビルの副作用としての骨髄抑制、不妊症の問題については十分かつ慎重な検討が必要である。また、胎内診断の技術も発達し、今後は 胎内治療などの検討も活発になるものと考えられる。血小板減少や肝機能異常に対しては、CMV 高力価γグロブリン製剤の投与が有効であることが多く、用いる価値は高い。
 移植後感染症の場合は、抗ウイルス剤のprophylactic therapy, pre‐emptive therapy の形で治療がなされる場合が多いが、分子生物学的手法により、感染症を発症する前にウイルス量が増えてきたことを確認してから治療を開始するpre‐ emptive therapy が最近の主流である。造血幹細胞移植の場合は、ガンシクロビルは骨髄抑制の問題で使用が困難な時期があり、その場合にはホスカルネットが使用される。一 方、腎移植の場合には、ホスカルネットによる腎障害の問題からガンシクロビルが主に用いられる。同じ移植後であっても、造血幹細胞移植後と臓器移植後では 抗ウイルス剤使用開始基準が異なり、造血幹細胞移植後の方が早期の対応が必要である。いずれの場合も、CMV 高力価γグロブリン製剤との併用で使用されることがほとんどである。HIV 感染者におけるCMV 網膜炎の治療には、ガンシクロビルの経口製剤やホスカルネットが使用される。
 ガンシクロビルの作用機序は、CMV がガンシクロビルをリン酸化する酵素をコードする遺伝子を保有していることから、この酵素によりリン酸化されることによってウイルスのDNA polymeraseを阻害し、ウイルスの増殖を抑制する。初期投与量として1回5mg/kg 、1日2回を1時間以上かけて14日間点滴静注する。維持療法が必要な場合は、1日6mg/kg を週5日間、または1日5mg/kg を週7日間、1時間以上かけて点滴静注する。アシクロビルと同様、腎機能障害の程度に応じて減量が必要である。副作用として、前述のように骨髄抑制(汎血 球・顆粒球減少、貧血、血小板減少)には注意が必要である。
 ホスカルネットは、我が国においては現在、AIDS 患者のCMV 網膜炎にのみ保険適応がある。
 作用機序は、DNA polymerase のピロリン酸結合部位に直接結合して活性を阻害することによる。
 ガンシクロビル耐性ウイルスにはこの薬剤が用いられる。投与量は、1 回60mg/kg を1日3回、8時間ごとに1 時間以上かけて、あるいは1 回90mg/kg を1日2回、12時間ごとに2 時間以上かけて、14〜21日間点滴静注する。維持療法が必要な場合には、90 〜120mg/kg を2時間以上かけて1日1回点滴静注する。最近カプセル製剤(1カプセル250mg)が我が国においても発売され、成人で12カプセル/日、分6で投与さ れている。副作用として腎機能障害があるため、腎機能のチェックが必要である。クレアチニンクリアランスが0.4ml/分/kg 以下の者には投与禁忌である。また、カルシウムやマグネシウムをキレートして低カルシウム血症、低マグネシウム血症、低カリウム血症をおこすことがあるた め、電解質のチェックも重要である。
 抗ウイルス剤治療以外にも、移植患者を対象とし、養子免疫療法などの研究も進んでいる。これはCMV に対するCTL を造血幹細胞移植の場合はドナーの末梢血から、一方、臓器移植の場合はレシピエントの末梢血から樹立し、in vitro で増殖させ患者に戻す治療法である。従来donor leukocytes transfusion(DLT)などの方法も用いられてきたが、養子免疫療法の方がよりCMV に対して特異的に治療が行える。
 先天性CMV 感染症の予防方法としては、未感染妊婦は乳幼児と密接な接触を避けることなどがあげられる。欧米では未感染妊婦の保育士などにおいては、乳幼児の担当を避 けるなどの配慮がなされているようである。ただし、これには妊娠中の抗体検査が必要となる。早産児においては感染母体からの母乳を避けること、抗体陽性者 からの輸血を避けることが重要である。移植患者などにおいては、移植前にドナー、レシピエント共に抗体検査をしておくと、その後のモニタリングにも応用可 能であり、早期診断・早期治療に直結するので重要である。

【参考文献】
1)干場勉:妊婦のサイトメガロウイルス抗体保有率の低下.日本臨床 1998;56 :193‐6
2)Robert F. Pass:Cytomegalovirus.In Fields Virology 4th ed. 2001 by Lippincott Williams &Wilkins
3)Rowe WP, et al. Cytopathogenic agent resembling asalivary gland virus recovered from tissue cultures of human adenoids.Proc. Soc. Exp. Biol. Med 1956; 92: 418‐424.
4)Smith MG. Propagation in tissue cultures of a cytopathogenic virus from human salivary
gland virus(SGV)disease. Proc. Soc. Exp. Biol. Med 1956; 92: 424‐430.
5)Weller TH, et al. Isolation of intranuclear inclusion agents from infants and illnesses resembling cytomegalic inclusiojn disease. Proc. Soc. Exp. Biol. Med 1957; 94: 4
6)Chee MS, et al. Analysis of the protein‐ coding content of the sequence of human cytomegalovirus strain AD169. Curr Top Microbiol Immunol 1990; 154: 125‐170.
7)Compton J.Nucleic acid sequence‐based amplification.Nature. 1991;7; 350: 91‐2.
8)Whitley RJ, et al.Ganciclovir treatment of symptomatic congenital cytomegalovirus infection: results of a phase II study. National Institute of Allergy and Infectious Diseases Collaborative Antiviral Study Group. J Infect Dis. 1997;175:1080‐6.

(国立感染症研究所感染症情報センター 多屋馨子)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version