国立感染症研究所

(IDWR 2000年第50号)

 下痢原性大腸菌は5種類(腸管病原性大腸菌・腸管侵入性大腸菌・毒素原性大腸菌・腸管凝集性大腸菌・腸管出血性大腸菌)に分類され、その疫学、病原性についてはおのおの異なる。このうち腸管出血性大腸菌(EHEC)については別に項目を立てたので、そちらを参照されたい。

疫 学
1 )腸管病原性大腸菌(EPEC)

 先進国とは異なり開発途上国においては、EPEC は現在でも乳幼児胃腸炎の依然として重要な原因菌である。ブラジル、メキシコなど中南米を中心とした地域の乳幼児胃腸炎の患者からのEPECの検出が多 い。EPEC 感染症は成人においても発生し、わが国においても毎年5 〜10 件のEPEC による食中毒が発生している。
2 )腸管侵入性大腸菌(EIEC)
 EIEC 感染症は一般に発展途上国や東欧諸国に多く、先進国では比較的まれである。その媒介体は食品または水であるが、ときにはヒトからヒトへの感染もある。現在、わが国におけるEIECの分離の多くは海外渡航者の旅行者下痢からである。
3 )毒素原性大腸菌(ETEC)
 ETEC は途上国における乳幼児下痢症の最も重要な原因菌であり、先進国においてはこれらの国々への旅行者にみられる旅行者下痢症の主要な原因菌である。また、途 上国においてはETEC下痢症はしばしば致死的で、幼若年齢層の死亡の重要な原因である。ETEC の感染は多くの場合、水を介しての感染であると考えられている。わが国においては下痢原性大腸菌による食中毒事例のなかではETEC による発生件数がもっとも多い。
4 )腸管凝集性大腸菌(EAEC)
 開発途上国の乳幼児下痢症患者からよく分離される。わが国ではEAEC 下痢症の散発事例はあるが、食中毒、集団発生事例の報告は少ない。比較的新しい菌群であり、自然界での分布も明らかでない。

表1. 下痢原性大腸菌の分類

1.

腸管病原性大腸菌(enteropathogenic Escherichia coli ,EPEC):

 

attaching and effacing 病変を生じる。細胞接着性あり。

2.

腸管侵入性大腸菌(enteroinvasive Escherichia coli ,EIEC):

 

細胞侵入性を持つ。

3.

腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli ,EHEC)

 

または志賀毒素産生性大腸菌(shiga toxin-producing Escherichia coli ,STEC):
志賀毒素、エンテロヘモリシンを産生する。

4.

毒素原性大腸菌(enterotoxigenic Escherichia coli, ETEC):

 

易熱性、耐熱性エンテロトキシンを産生する。

5.

腸管凝集性大腸菌(enteroaggregative Escherichia coli ,EAEC):

 

EAST1 を産生する。細胞接着性あり。
EAST1=EAEC 耐熱性毒素

臨床所見
 EPEC による症状は下痢、腹痛、発熱、嘔吐などで、乳幼児においてはしばしば非細菌性胃腸炎やETEC 下痢症よりも重症で、コレラ様の脱水症状がみられることがある。ETEC による主症状は下痢であり嘔吐を伴うことも多いが、腹痛は軽度で発熱もまれである。しかし重症例、特に小児の場合コレラと同様に脱水症状に陥ることがあ る。EPEC,ETEC 感染症における潜伏期間は12〜72 時間であるが、それより短い場合もある。EIEC による症状は下痢、発熱、腹痛であるが、重症例では赤痢様の血便または粘血便、しぶり腹などがみられ、臨床的に赤痢と区別するのは困難である。潜伏期間は 一定しないが、通常12 〜48 時間である。EAEC による症状は2週間以上の持続性下痢として特徴づけられるが、一般には粘液を含む水様性下痢および腹痛が主で、嘔吐は少ない。

病原体
1)腸管病原性大腸菌(EPEC)

 EPEC は培養細胞に原則として限局型接着(localized adhesion, LA 、図1)をする。これはEPEC の持つEAF (EPEC adherence factor)プラスミドによるもので、腸管粘膜付着に関与する線毛(bundle‐forming pilus,BFP )の形成による接着である。

図1クリックすると拡大します。

その後、粘膜上皮細胞への付着に伴う微細絨毛の破壊、アクチンの重合による上皮細胞骨格の障害、細胞膜の陥没および破壊が生じ、いわゆるattaching and effacing (A/E)傷害を引き起こす。

2)腸管侵入性大腸菌(EIEC)
 EIEC の病原性は赤痢菌のそれと同じと考えられており、菌の粘膜上皮細胞への侵入、増殖、隣接細胞への伝播による上皮細胞の壊死、脱落、潰瘍形成や炎症像がみられる。赤痢菌と同様120 〜140 メガダルトンの病原性プラスミドを保持する。
3)毒素原性大腸菌(ETEC)
 ETEC は粘膜上皮細胞に付着するための因子(colonization factor antigen, CFA)を有し、これを介して上皮細胞に接着する。粘膜上皮に接着した菌はそこで増殖し、易熱性エンテロトキシン(heat‐labile enterotoxin, LT)、耐熱性エンテロトキシン(heat‐stable enterotoxin, ST)の両方、またはいずれか一方を産生して下痢を引き起こす。
4)腸管凝集性大腸菌(EAEC)
 EAEC の培養細胞に対する付着能は、EPEC とは異なる接着因子、プラスミドにコードされるAAF線毛(aggregative adherence fimbriae)によるものであり、主として凝集型接着(aggregative adhesion, AA 、図1)をするが例外もある。菌が粘膜上皮細胞に接着した後増殖し、耐熱性エンテロトキシン(EAST1)を産生して下痢を惹起すると考えられている。

病原診断
 患者便、原因食品から大腸菌を分離し、その生化学的性状、血清型を調べるとともに毒素産生性、細胞侵入性、細胞付着性などについて病原因子を調べる。病 原因子の検査方法については培養細胞を用いた生物学的方法や標的遺伝子の検出による遺伝学的方法があり、各病原因子のプライマーを用いたPCR が一般的に応用されている。EPEC については培養細胞付着性、EAF プラスミド、BFP 、eae 遺伝子の有無について調べる。EIEC では培養細胞侵入性、病原性プラスミドの有無、ETEC についてはLT,ST,CFA の有無、EAEC については、培養細胞付着性、AAF 、EAST1 の有無について調べる。

治療・予防
 治療は基本的には赤痢やサルモネラ症と同様で、対症療法と抗生物質の投与が中心である。特にETEC 感染症の場合は脱水症状に対する輸液が必要となる。予防対策としては、食品からの汚染を避けるために、食品の十分な加熱、調理後の長期の食品保存を避ける などの注意が大切である。また、発展途上国等への旅行では、飲水として殺菌したミネラルウオーター等を飲用するなどの心がけも必要である。ヒトからヒトへ の二次感染に対しては、手洗いを徹底することで予防することができる。

 

感染症法における取り扱い(2012年7月更新)

「感染性胃腸炎」は定点報告対象(5類感染症)であり、指定届出機関(全国約3,000カ所の小児科定点医療機関)は週毎に保健所に届け出なければならない。

届出基準はこちら

 

食品衛生法における取り扱い
 食中毒が疑われる場合は、24 時間以内に最寄りの保健所に届け出る。

 


(国立感染症研究所細菌部 寺嶋 淳)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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