国立感染症研究所

(2021年12月9日改訂)

波状熱やマルタ熱として知られるブルセラ症(Brucellosis)は、ブルセラ属菌(Brucella spp.)による人獣共通感染症である。世界的に注目されたのは、19世紀中頃のクリミア戦争でマルタ熱が流行したことによるが、紀元前400年頃のヒポクラテス著「Of the Epidemics」にブルセラ症と思われる疾患がすでに記載されており、ヤギなどの家畜化に伴い古くから流行していたと考えられる。現在でも、特に食料や社会・経済面で家畜への依存度が強く、家畜ブルセラ病が発生している国や地域を中心に、多くの患者が発生している。

病原体

マルタ熱の原因菌として、1887年、Sir David BruceによりBrucella melitensis (発見当初はMicrococcus melitensis )が分離されて以降、種々のブルセラ属菌が発見された。ブルセラ属菌はグラム陰性、偏性好気性短小桿菌で、芽胞や鞭毛を持たず、細胞内寄生性である。20世紀に見つかった6種のブルセラ属菌(いわゆるClassic Brucella )はその遺伝子的近縁も有り、1属1種としてB. melitensis の6つの生物型(biovar melitensis , suis , abortus , canis , ovis , neotomae )としてまとめられた。ただし、病原性の違いなどから、独立させた旧称(通称)の使用も便宜的に認められている。その後、21世紀に入って種々のブルセラ属菌が発見されるが、これらについてはB. melitensis の生物型(1属1種)に組み込むのではなく独立した種としている。 ヒトへの感染が報告されている主要なものには、その病原性の順にB. melitensis biovar melitensis (自然宿主:ヤギ、ヒツジ)、biovar suis (ブタ)、biovar abortus (ウシ)、biovar canis (イヌ)の4菌種がある。ほかには数例の患者報告だが、海産ほ乳類のB. ceti (クジラ、イルカ)、B. inopinata (不明)がある。ヒトへの感染の報告はないがbiovar ovis (ヒツジ)は家畜伝染病であり、biovar neotomae (齧歯類)、海棲ほ乳類のB. pinnipedialis (アザラシ)などもある。B. melitensis biovar melitensis 、biovar abortus 、biovar suis はsmooth-type(LPSがO側鎖を持つ)、biovar canis 、biovar ovis はrough-type(LPSがO側鎖を持たない、もしくは不完全)である。公衆衛生的にはB. melitensis biovar melitensis 感染が、家畜衛生的にはbiovar abortus によるウシの感染が最も重要である。

近年の全ゲノム解析の結果等により、元々、Brucella 属菌に遺伝子的に近縁であると知られていたOchrobactrum 属菌を、Brucella 属菌に命名変更(統合)するとの報告が、2020年7月International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology, IJSEMに掲載された。そのため、Brucella 属菌は、旧Brucella 属菌7菌種と旧Ochrobactrum 属菌18菌種を併せて25菌種となった。旧Ochrobactrum 属菌では、主に日和見感染としてB. anthropiB. intermedia 、その他、B. pseudintermediaB. haematophilumB. pseudogrignonense が患者より分離されている。

疫学

中国、南アジア、中東、地中海地域およびアフリカ、中南米を中心として、世界中で毎年50万人を越える家畜ブルセラ菌感染患者が新規に発生していると推定されている。これら流行地は、総じて動物に対するブルセラ症対策が不十分で、家畜で発生が多い地域である。

日本では、過去に牛のB. abortus 感染が流行し問題になったが、家畜衛生対策として摘発・淘汰(抗体検査と殺処分)の徹底により、1970年を最後に国内家畜から菌が分離された例はない。ブタのB. suis 感染も、1940年を最後に報告はなく、B. melitensis 感染家畜は、国内家畜では一度も発生報告はない。そのため、現在、日本におけるヒトの家畜ブルセラ菌感染例はすべて輸入症例である。ブルセラ症流行地域からの訪日者や、日本在住の外国人が、流行地域である母国に一時帰国した際に感染してくるケースなど、大半が外国人の症例である。一方、B. canis については、国内のイヌの約3%が感染歴を持つため、ヒトのB. canis 感染は国内感染と考えられている。

感染経路

家畜ブルセラ菌は少数の菌でも非常に感染しやすく、感染動物の加熱殺菌が不十分な乳・乳製品や肉の喫食による経口感染が最も一般的である。家畜が流産した時の汚物・流産胎仔への直接接触、汚染エアロゾルの吸入によっても感染する。なお、ヒト-ヒト感染は、授乳、性交、臓器移植による事例が報告されているが極めてまれである。

ブルセラ属菌は、検査室・実験室内感染が最も多い細菌であった。今日では、安全キャビネットを使用して基本的な取扱いを守れば、検査室内感染のリスクは高くない。しかし、国内では、生菌を安全キャビネットの外で取扱う、個人用防護具(PPE)を使用しない、培養プレートの臭いをかぐ、などの行為により、検査担当者等に予防投薬を適用するケースが多くなっており、注意が必要である。

臨床症状

潜伏期間は通常1~3週間であるが、数カ月に及ぶ場合もある。主な症状は不明熱で、その他に倦怠感、疼痛、悪寒、発汗などインフルエンザ様症状が観察される。腰背部痛など筋骨格系の症状が出ることが多く、脾腫や肝腫を呈する事もある。発熱は、主に午後から夕方にかけて、時に40度以上となるが、発汗とともに朝には解熱するという間欠熱が数週間続いた後、一時の軽快を経て、再度、間欠熱を繰り返す、いわゆる波状熱として知られている。合併症は、骨関節症状が最も多く、中でも仙腸骨炎が一般的である。その他、肺炎、胃腸症状、ブドウ膜炎、まれに中枢神経障害を示し、男性では精巣炎や副精巣炎も認められる。未治療時の致命率は約5%で、心内膜炎が原因の大半を占める。一方、B. canis 感染は一般に症状は軽く、感染に気がつかないケースも多いが、濃厚感染すると家畜ブルセラ菌感染のような急性症状を示す。

診断

診断は、臨床症状と感染機会(流行地への渡航歴や居住歴、現地での喫食歴、動物との接触歴など)の有無、細菌学的検査、血清学的検査を組み合わせて行う。ブルセラ症では発症初期でも、すでに抗体を保有していることが多い。さらに、ブルセラ属菌は細胞内寄生菌であるため、抗体は菌の排除には余り役に立たない。逆に、抗体の存在は、「菌がリンパ節などに潜伏していて、時折、抗原刺激を与えている = 感染が継続している」、と考えることもできる。そのため、抗体検査の診断的意義は非常に大きい。抗体検査は、民間の臨床検査機関で検査ができなくなったことに伴い、2020年10月26日以降、国立感染症研究所で行政検査として対応している。一方、検体からの菌の分離・培養は、発熱時でなるべく抗菌薬投与前の血液、あるいはリンパ節生検材料、骨髄穿刺材料、膿瘍などを用いて行われる。生育にCO2を必要とするB. abortus である場合を考慮し、通常培養だけでなく炭酸ガス培養も行う。37 ℃で最低21日間培養し、適宜、寒天培地へ二次培養を行う。ブルセラ属菌は、小さい正円形、半球状にやや隆起した表面平滑なコロニーで、3日以上の培養で直径1.5~2mm になる。また、分離菌を同定するための遺伝子診断は有用であるが、血液など検体からの遺伝子検出は、陰性であっても感染を否定できないことから、一次診断には用いられるべきではない。

治療・予防

治療は、抗菌薬の2剤併用が原則である。単剤での治療や治療期間が不十分な場合には、再発のリスクが非常に高くなる。1986年のWHO専門家委員会による成人に対する推奨療法は、ドキシサイクリン(DOXY)+リファンピシン(RFP)であった。しかし、RFPは、血中からのDOXYのクリアランスを早めること、他の抗菌薬と比べて耐性菌の報告が多いこと、脊椎炎などの合併症に対してはDOXY+ストレプトマイシン(SM)の方が効果的であったことなど、その使用には注意も必要である。ただ、SMについては、ゲンタマイシン(GM)よりも治療を中止せざるを得ない副作用が多い。そこで、現在では、DOXY+GMが第一選択と推奨されている。しかしながら、RFPは経口で使用できることから、その利便性も無視できない。いずれにしても、2剤(DOXY+GM / RFP)もしくは3剤(DOXY+GM+RFP)併用が原則である。

ヒト用ワクチンは実用化には至っていない。一方、日本では使用していないが、弱毒変異株を用いた家畜用ワクチンは実用化されている。ヒトのブルセラ症の予防は、乳・乳製品の適切な加熱処理、検査陽性動物の殺処分(Test and Slaughter)、群に新たに動物を導入する前には検査を実施し群を清浄に保つ、などの獣医学的な対策が有効である。

感染症法における取り扱い(1999年4月より)

全数報告対象(4類感染症)であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。

届出基準はこちら

(国立感染症研究所獣医科学部 今岡浩一、鈴木道雄、前田健)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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