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腸管侵入性大腸菌が原因と疑われた腸管毒素原性大腸菌O6による集団食中毒―豊橋市

(IASR Vol. 33 p. 274-275: 2012年10月号)

 

2010年9月、豊橋市内の仕出し弁当製造施設を原因とする大規模な食中毒事例が発生した。当初、病因物質は腸管侵入性大腸菌(EIEC)であると判断したが、腸管毒素原性大腸菌(ETEC)の毒素試験、PCR産物の追加解析等によりETECであることが判明した。

事例の概要
9月10日、市内専門学校より複数名が食中毒症状を呈している旨の報告があった。7日に同一の仕出し弁当を摂食していたため、この仕出し弁当の製造施設を調査した(表1)。弁当は、12日に開催された運動会と同日行われた他のイベントにも配食され、有症者がいることも判明した。施設で製造した食品の簡易な調理を行うのみの食堂2カ所でも有症者がおり、施設の食品を使用せずに調理されたカレーライスまたは麺類のみを摂食した者(10名)に有症者はなかった。よって、9月7日と12日に施設で製造した食材が原因であると断定した。

検査結果および考察
検便は、患者5グループ40名と調理従事者23名(無症状)を対象とした。合計36名から血清群O6の大腸菌が検出され、他には原因と疑われる細菌やウイルスは検出されなかった。すべてのO6大腸菌36株は、SIM培地の発育性状から非運動性と判定され、ガス産生や乳糖分解性、リジン脱炭酸試験は陽性であり、パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)パターンは一致した。Vero毒素は陰性であった。ETECの易熱性腸管毒素LT(VET-RPLA「生研」)と耐熱性腸管毒素ST(コリスト「生研」)についてCAYE培養液を調べたところ、両毒素(LTは4倍希釈液を、STは原液を検査)は非検出であった。次にEIECの病原因子遺伝子であるinvEipaHvirA を検索した。invE の検出位置である293bp(TaKaRaプライマーのINV-1とINV-2使用)近傍に増幅バンドを認めた(図1)。以上の検査結果および粘血便を呈した患者がいたことより、EIECに分類されると判断した。しかし、1)ipaHvirA が非検出、2)invE の増幅バンドに濃淡があり、最も濃いバンドでも陽性対照より薄い、3)リジン脱炭酸陽性、などから国立感染症研究所(感染研)感染症情報センターに検査を依頼した。結果はinvE 陰性でLTとSTh遺伝子陽性であった。そこで、感染研と愛知県衣浦東部保健所を加えた3施設においてLT、STおよび運動性を再検査した。その結果、LTは希釈倍率を増やすことによって陽性(3+)と判定されたので、当初LT陰性とされた理由はLTが大量に産生され地帯現象が起こったためと考えられた(図2)。STは、1施設のみで陽性と判定され、1施設では陰性対照と陽性対照の中間の発色で添付書類に従うと陰性判定、1施設では陰性対照と同様の発色で陰性判定であった。また、O6大腸菌の運動性を増強させた結果、H16に型別できた。以上の解析から、本集団事例の病因物質をETEC O6:H16に訂正した。

増幅バンドの解析
3施設すべてにおいてINV-1/INV-2プライマーを使用したPCRでinvE 疑似増幅バンドが検出されたため、PCR産物の塩基配列を調べた。産物量は少なかったが、カスタムシークエンスを依頼したところINV-2で配列決定できた。Blast検索において、invE と良く似ているが異なるyfhR 遺伝子と一致した。そこで、配列決定できた部分にプライマー対を設計しPCRを行った結果、期待サイズの増幅バンドが検出され、invE と考えたバンドはyfhR 遺伝子が増幅されたと推定された。なお、各種食中毒菌のyfhR 遺伝子分布は、大腸菌と赤痢菌のみであった。また、invE の検出領域が異なる複数のプライマー1) を調べたところ、期待サイズに薄いバンドが検出されたが再現性はなかった。また、invE のほぼ全配列に相当する925bpのバンドは検出できなかった。

最後に
本菌は運動性が弱いためO6:HNMと判定し、この血清型はEIECにもあること、LT検査で地帯現象のため陰性と判定したこと、TaKaRaのinvE プライマーによりバンドが少し薄いが増幅したことから、当初はEIECと判定されたが、追加解析によりETECと訂正した。yfhR 遺伝子の増幅バンドは、invE を保有しない大腸菌においてinvE と誤認するサイズに検出されることがあるので注意が必要である。

 

参考文献
1)伊藤文明,他,日本臨床 50: 343-347,1992

 

豊橋市保健所衛生試験所
山本新也 石黒亜基子 宮本典子 鈴木 勝
豊橋市保健所
伊藤香江 名倉健一 墨岡成治 藤岡正信
愛知県衣浦東部保健所 青木日出美 林 智子
愛知県一宮保健所 山﨑 貢
愛知県衛生研究所 鈴木匡弘 松本昌門
国立感染症研究所感染症情報センター第五室 伊藤健一郎

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