国立感染症研究所

(2013年06月14日改訂)

ハンタウイルスは自然宿主との関わりが強く、齧歯類の種類によって保有するハンタウイルスも異なる(表)。腎症候性出血熱は、旧世界齧歯類に由来するハンタウイルスに起因する感染症である。第二次世界大戦時に旧満州に駐屯していた旧日本軍の間で流行した流行性出血熱と同一の疾患である。国内では、1960年代に大阪梅田駅近くの一角での流行(119症例中2名死亡)[1]や、1970~1980年代に実験動物を介して感染が広がった事例が確認されている(21機関、126症例中1名死亡)[2, 3]。

 

 

一方、新世界(南北アメリカ大陸)の齧歯目由来ハンタウイルスに起因する感染症は、ハンタウイルス肺症候群(hantavirus pulmonary syndrome: HPS)である。HPSは南北アメリカ大陸でのみで発生が確認されている。1993~2012年までの米国のHPS患者発生状況は、症例数がCDCのページに掲載されており(http://www.cdc.gov/hantavirus/surveillance/annual-cases.html)、年間11~48例、1993~2012年までの20年間で586症例が確認されている。

疫学

【流行状況】

腎症候出血熱は、古くは、中国・韓国を中心としたアジア地域の農民、兵士などの間で主に流行する風土病と考えられていた。その後広く疫学調査が進められ、軽症型を含めると北欧を含めたアジア・ユーラシア大陸に広く分布していることがわかってきた。腎症候性出血熱が世界的に注目されたのは、1950年代の朝鮮戦争の際に、朝鮮半島に駐留した国連軍兵士2,000名あまりの間で不明熱患者が発生し、症状と剖検所見から旧満州・旧日本軍の間で流行した流行性出血熱(epidemic hemorrhagic fever: EHF)と同一疾患であることが判明したことによる。当時本症は韓国出血熱(Korean hemorrhagic fever: KHF)と名付けられ、その後、腎症候性出血熱(hemorrhagic fever with renal syndrome:HFRS)と統一されている[4]。現在では、HFRSは中国では毎年4~6万人規模、韓国では300~400人/年、欧州全域では毎年数千人以上の患者発生があるものと考えられており、全世界における本症による年間入院患者数は15~20万人ほどであろうと推測されている[5]。

【日本におけるHFRS】

かつての旧満州での流行性出血熱は日本人での感染例ではあったが、中国でのウイルスが日本に持ち込まれたとする報告はない。1960年頃から約10年間にわたり大阪梅田駅周辺で腎症候出血熱の散発例が発生し、119例の感染者と2例の死亡が確認されている[1]。また、1970〜80年代に実験目的で購入したラットがウイルスで汚染されていたことにより、22機関で126例のハンタウイルス感染患者が発生し、1981年にはラット飼育者が死亡した[2, 3]。現在では、施設の改善、飼育販売業者によるウイルスの事前チェックと感染排除策により、感染者は出ていない。感染症法の施行された1998年12月28日以降、国内で患者発生は確認されていない。

病原体

オルソハンタウイルスは、ブニャウイルス目(Bunyavirales)、ハンタウイルス科(Hantaviridae)オルソハンタウイルス属(Orthohantavirus)に分類される、一本鎖RNA、3分節ウイルスである。初めてウイルスが分離された時に、ウイルス保有患者の出身地を流れる川(漢難河:Hantaan River)からHantann virus(2018年のICTVでHantaan orthohantavirusと改名された)と命名された[6]。近年、齧歯類だけでなく無盲腸目(旧食虫目)、翼手目からも新しいハンタウイルスが分離、検出されており、これまで考えられてきた以上に多くの生物がオルソハンタウイルスを保有している事実が明らかになっている。

ヒトへの感染源は、ウイルスを保有する野生齧歯類で、ネズミの排せつ物や尿中にはウイルスが排出され、ウイルスに汚染された埃を吸入して感染する。その為、ネズミの尿や糞に汚染された屋内など密閉空間は感染リスクが高い。また、ウイルスを保有ネズミに咬まれ傷口からウイルス保有ネズミの体液、排泄物などが侵入することなどにより感染することも報告されている。潜伏期間は通常1~5週間の間で、主に2~3週間である[7]。通常、ヒトからヒトへの感染はない。

臨床症状・徴候

軽症から重症まで様々な段階があるが、重篤な症状としての腎不全の存在に注意する必要がある。軽症型では上気道炎症状と微熱、軽度の蛋白尿と血尿が見られる程度で終わることが多いが、重症型では、有熱期、低血圧・ショック期(4〜10日)、乏尿期(8〜13日)、利尿期(10〜28日)、回復期に分けられる。HFRS患者の約1/3は出血傾向を伴う。重症型の致命率は3〜15%である。
 ハンタウイルスの主な標的臓器は毛細血管内皮細胞であるが、HFRSでは腎血管内皮、HPSでは肺血管内皮が主な病変部位である。

病原診断

ELISA、間接蛍光抗体法(IFA)、中和抗体法(NT)などにより、血清中の抗体測定が行われる。HFRSを引き起こすSeoul virusやHantaan virus はBSL3病原体であるため、中和抗体を測定するような感染性のあるウイルスを用いる場合はP3実験施設で実施する必要がある。遺伝子診断として急性期の検体を用いたRT-PCR法やnested RT-PCR法が有効である。ウイルス分離にはVero E6が用いられ、ウイルス分離も可能だが効率が悪く、盲継代を数回繰り返す必要があり、2週間以上の期間を必要とする。

治療・予防

対症療法が治療の中心となる。低血圧性ショック、および重篤な症状としての急性腎不全の存在に注意する必要があり、人工透析などを要する場合もあることを念頭におくべきである。野ネズミとの接触を避けることが最大の防御である。積極的な予防方法として、韓国および中国では不活化ワクチンが開発されているが、いずれもそれぞれの国の一部で使用されているにすぎない。

感染症法における取り扱い(2012年7月更新)

全数報告対象(4類感染症)であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。

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文献

  1. Lee HW, Lee PW, Tamura M, Tamura T, Okuno Y: Etiological relation between Korean hemorrhagic fever and epidemic hemorrhagic fever in Japan. Biken J 1979, 22:41-45.
  2. Kawamata J, Yamanouchi T, Dohmae K, Miyamoto H, Takahaski M, Yamanishi K, Kurata T, Lee HW: Control of laboratory acquired hemorrhagic fever with renal syndrome (HFRS) in Japan. Lab Anim Sci 1987, 37:431-436.
  3. Umenai T, Lee HW, Lee PW, Saito T, Toyoda T, Hongo M, Yoshinaga K, Nobunaga T, Horiuchi T, Ishida N: Korean haemorrhagic fever in staff in an animal laboratory. Lancet 1979, 1:1314-1316.
  4. Haemorrhagic fever with renal syndrome: memorandum from a WHO meeting. Bull World Health Organ 1983, 61:269-275.
  5. Bi Z, Formenty PB, Roth CE: Hantavirus infection: a review and global update. J Infect Dev Ctries 2008, 2:3-23.
  6. Lee HW, Lee PW, Johnson KM: Isolation of the etiologic agent of Korean Hemorrhagic fever. J Infect Dis 1978, 137:298-308.
  7. Kramski M, Achazi K, Klempa B, Kruger DH: Nephropathia epidemica with a 6-week incubation period after occupational exposure to Puumala hantavirus. J Clin Virol 2009, 44:99-101.
(国立感染症研究所感染症疫学センター)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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