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トキソプラズマ症

(IASR Vol. 43 p49-50: 2022年3月号)

 

 トキソプラズマ症は, トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)という寄生性原生生物(原虫)が引き起こす感染症である。ヒトに対する感染率は国や年齢などによって異なるが, 世界的にみると全人類の1/3以上が感染しているとされる。ブラジル, フランス, インドネシアなどで特に感染率が高い。わが国における感染率は不明であるが, 5-10%程度であろうと考えられている(本号3ページ&4ページ)。なお本疾患は, 感染症法に基づく感染症発生動向調査(NESID)の対象疾患には指定されていない。一方, トキソプラズマは家畜に対する病原体として重要であり, 家畜伝染病予防法により規定される届出伝染病(対象動物:めん羊, 山羊, 豚, いのしし)の1つとして指定されている(本号5ページ)。

病原体

 トキソプラズマは幅2-3µm, 長さ5-7µmの楕円~三日月形をした単細胞生物である(図1)。偏性細胞内寄生性で宿主細胞内でのみ増殖できる。トキソプラズマの生活環(図2)は終宿主であるネコ科動物の腸管内での有性生殖と(図2右), 中間宿主であるヒトや家畜, 野生動物などすべての温血脊椎動物内での無性生殖のステージからなる(図2左)。

 中間宿主への感染は, 他の中間宿主に形成された組織シスト(図2e)または終宿主であるネコ科動物の糞便とともに外界へ排出されたオーシスト(a)を経口摂取することによる。摂取されたトキソプラズマは, 消化管壁から中間宿主内に侵入し, 活発に増殖する(b)。急性感染期に宿主が妊娠中であれば原虫が胎盤を通過して胎児に移行することもある(f)。宿主側の免疫応答が開始されると, トキソプラズマは主に中枢神経系や筋肉中で組織シストと呼ばれる安定した壁(シスト壁)に覆われた構造をとり(c), 感染を持続する。また組織シスト内における増殖は非常に緩やかであり, 抗原虫薬による殺滅も困難である(本号13ページ)。ヒトをはじめとする中間宿主が, 組織シストを持つ感染中間宿主を摂食することで, トキソプラズマは新たな宿主へと移行し増殖を再開する(e)。

 終宿主であるネコ科動物が感染中間宿主を捕食すると(d), 組織シストから原虫が遊離し, 雌性および雄性配偶子へと分化する。両者は腸管内で融合し, 未成熟オーシストとなり糞便などとともに体外に排出される。未成熟オーシストは外界環境中で成熟する。成熟オーシストは非常に環境耐性が強く, 土壌や水中に何年間も安定して生存する(a)。

感染経路と感染対策

以上のように, トキソプラズマの中間宿主であるヒトへの感染経路としては, 終宿主であるネコ科動物の糞便から排出されたオーシスト, または中間宿主であるその他の哺乳動物, 鳥類の中枢神経, 筋肉内に形成された組織シストの経口的な摂取, の2つの経路がある。眼瞼結膜からの感染もあるが, 空気感染, 経皮感染はない。

 日本では組織シストを経口摂取する主な感染源として従来豚肉を重要視してきた。その理由は, おそらくブタにおいては, トキソプラズマ感染により特徴的な急性症状を呈するのに対し, 他の多くの家畜ではヒトと同じくほとんど無症状であるためであろう。しかしながら, ブタに限らずトキソプラズマはすべての温血動物に感染可能であるため, 鯨肉を含めた獣肉や鳥肉の生食や不十分な加熱は常に感染のリスクをともなう(本号5ページ&6ページ)。ブタ以外の動物においては臨床症状を認めにくいため, むしろ感染動物の選別が難しく, より注意が必要である。妊婦もしくはその可能性のある方は, 肉の生食は控えるとともに, 肉を調理する際には, 中心部まで十分に加熱することや, まな板を肉用とその他用に分けるなどの対応が必要である。また最近, 河川から海へと流れ出たオーシストを貝類が保持し続け, 貝類やそれを摂食した海獣類が感染源となる可能性が議論されている(本号8ページ)。

 食肉以外にも, 水や土壌由来の感染事例が多数認められ, 特に水系伝播ではアウトブレイクが報告されるなど, 環境からの感染リスクにも注意が必要である。環境からのトキソプラズマ感染は, 終宿主であるネコ科動物の糞便に含まれるオーシストにより引き起こされる。オーシストは外環境中で何年間も安定して生存し続け, また次亜塩素酸やエタノールを含む多くの消毒剤に耐性を示す。ガーデニングや農作業など土壌との接触や, 井戸水, わき水等の生水の摂取などは感染のリスクを上昇させる。しかし, 感染したネコがオーシストを排出するのは, 初感染後数日からおよそ2週間までの間のみであり, また排出されたオーシストが成熟し感染能を獲得するまでには少なくとも24時間を要するとされるため, 糞便の処理を毎日(24時間以内に)実施することにより感染力のあるオーシストとの接触リスクを下げることができる。妊娠を理由に飼いネコを処分する必要はない。

臨床症状・診断

 トキソプラズマ症の臨床症状は感染時期や感染者の健康状態に大きく左右される。診断は臨床症状に加え, 血清診断, 遺伝子検査が主なものとなる(本号12ページ)。

 1. 先天性トキソプラズマ症

 妊娠中の女性がトキソプラズマに初感染した場合, トキソプラズマが胎盤を通過して胎児に垂直感染する可能性がある(本号9ページ&17ページ)。胎児への感染率は妊娠末期になるほど上がるが, 胎内感染が起こった場合の重症度は妊娠初期ほど高い。胎内感染の転帰は, 不顕性から流死産まで様々であり, 顕性感染の場合でもその重症度は様々である。先天性トキソプラズマ症は, 水頭症, 網脈絡膜炎による視力障害, 脳内石灰化, 精神運動機能障害が4大徴候として知られている。また, 先天性トキソプラズマ症は2017年より小児慢性特定疾病の1つに指定された。妊婦の感染を疑う場合, 妊婦のIgG, IgM抗体検査やIgGアビディティ(avidity)検査により胎児の感染リスクを評価する。高リスクの場合は, 羊水から原虫遺伝子をPCR法で検出することにより胎児感染の有無の診断を試みるが, 確実ではない。出生後の診断のためには, 移行抗体消失後に児の血清検査を行う。

 2. 後天性トキソプラズマ症

 (1)急性感染:健康な人が後天的にトキソプラズマに感染した場合, 多くは無症状で経過し, 発症した場合は, 発熱や倦怠感, リンパ節腫脹などの非特異的な一過性の症状を呈する。

 (2)慢性感染:免疫系の働きにより原虫の活発な増殖が阻害されると, 感染は慢性期へと移行する。慢性感染期のトキソプラズマ症は無症状とされるが, 近年げっ歯類の行動変容やヒトの統合失調症をはじめとする精神疾患発症のリスクを高める可能性が報告されつつある(本号14ページ)。

 (3)眼トキソプラズマ症:眼に孤発して発症する。症状としては, 視力障害, 眼痛, 羞明などがみられる(本号11ページ)。

 (4)日和見トキソプラズマ感染症:免疫不全者では, 慢性感染していたトキソプラズマが再活性化し, 脳炎などの重篤な症状を引き起こす。トキソプラズマ脳炎の臨床症状としては意識障害, けいれん, 視力障害などが挙げられる。また頭部造影CTやMRIで, 病変はリング状の造影として認められる。トキソプラズマ脳炎の診断は, PCRによる髄液からの原虫遺伝子の検出によるが, 感度が低く, 陰性であっても感染の否定はできない。わが国では, トキソプラズマ脳症はNESIDにおける5類全数届出感染症である後天性免疫不全症候群(AIDS)の23ある指標疾患のうちの1つであり, 2020年の国内のAIDS患者において, 日本国籍者のうちの1.4%, 外国国籍者のうちの6.3%を占めている〔令和2(2020)年エイズ発生動向年報:https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/nenpo.html〕。

治 療

 トキソプラズマ治療薬として海外で使用されるピリメタミンやスルファジアジン, ホリナートなどは, 2022年2月現在日本では未承認であるが, トキソプラズマ症および先天性トキソプラズマ症に対する治験が現在進行中である。なお, これらの薬剤は熱帯病治療薬研究班を通して入手可能である(本号9ページ&11ページ)。また, 先天性トキソプラズマ症の治療薬として70カ国以上での使用実績を持つスピラマイシンの販売が2018年9月に開始された。スピラマイシンは, 先天性トキソプラズマ症の重症化を8割抑制し, また胎児への感染を6割以上防ぐことが報告されており, 国内の先天性トキソプラズマ症の治療環境の改善が期待される。

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