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大阪地区における母体感染症抗体検査および妊娠期の感染症

(IASR Vol. 43 p119-120: 2022年5月号)

 
はじめに

 環境省では, 2011年より全国15ユニットセンターにおいて, 環境要因が子どもたちの成長・発達にどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的に, 約10万組の母親とその子どもを対象とした「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」を実施している。大阪ユニットセンターでは, 8,043人の妊婦を登録した。追加調査として妊婦から収集した残余血清の一部を用いて, 各種感染症に対する抗体保有率を調査した。

対 象

 2013年7月~2014年1月に採血した大阪ユニットセンターの参加妊婦1,331人を対象とした。エコチル調査についての倫理審査は, 国立環境研究所および各ユニットセンターの倫理委員会にて行われた。追加調査については大阪大学および大阪母子医療センターの倫理委員会の承認を得た。

結果および考察

 2013~2015年の妊婦のトキソプラズマ抗体保有率は6.1%と報告されている1)。本研究のトキソプラズマIgG抗体の陽性数は30(保有率2.3%), IgG抗体陽性の中で低アビディティ(avidity:結合能力)を示した検体は12(IgG抗体陽性検体の40%)であった。IgGアビディティ法は初感染時期を推定する方法の1つで, 低値であれば1年以内の初感染の可能性が高い。一方, 標準化された検査法ではないため結果の解釈には注意が必要である1)。妊婦がトキソプラズマに初感染すると, その3割は胎児に感染がおよび, 感染胎児の約2割は症候性の先天性トキソプラズマ症(胎内死亡, 流産, 胎児発育遅延, 網脈絡膜炎, 小眼球症, 水頭症, 脳内石灰化, 肝脾腫等)を呈する。フランスでは全妊婦への血清学的スクリーニングと, 羊水, 臍帯血, 胎盤でのPCRや児の血清学的検査が実施され, 年間約200例の先天性トキソプラズマ症の児が産まれている2)。出生時に無症状であっても, 後に児に遅発性のてんかん, 精神運動発達遅滞, 視力障害等を引き起こすことがある。妊婦にトキソプラズマ初感染が疑われる場合, 児の長期フォローが必要である。

 先天性サイトメガロウイルス感染症は妊娠中の初感染だけではなく, ウイルスの再活性化によっても発症することがある3)。本研究でのサイトメガロウイルスに対するIgG抗体陽性数は908(保有率68.2%), IgM抗体陽性率は1.8%であった。IgG抗体陽性検体中, 低アビディティを示したのは7検体(IgG抗体陽性検体の0.8%)であった。出生時無症状の児は, 後にてんかん, 精神運動発達遅滞, 難聴等を来すことがあり, 長期フォローが必要である。

 本研究での風疹のIgG抗体陽性率は91.6%であったが, IgM抗体陽性者も2.2%存在した。先天性風疹症候群の児は, 先天性心疾患, 難聴, 白内障, 精神運動発達遅滞等の症状を示す。

 また, 本研究でのヘルペスウイルス(HSV1, 2)に対するIgG抗体陽性率は53.0%, IgM抗体陽性率は2.7%であった。先天性ヘルペスウイルス感染症は分娩前後の児への感染によって起こるが, 皮膚, 眼球, 口腔の粘膜病変の他, 重症例では脳炎, 肝炎, 肺炎等を引き起こすことがある。

 パルボウイルスB19に対するIgG抗体陽性率は61.5%, IgM抗体陽性率は2.3%であった。伝染性紅斑を引き起こすパルボウイルスB19であるが, 母体が妊娠早期にパルボウイルスB19に初感染すると, 胎児の貧血や胎児水腫, 胎児死亡のリスクとなる。

 以上のように, 本研究では低アビディティIgGやIgM抗体が認められた。これは, これら病原体による初感染があったことを示唆しており, 注意が必要である。

 梅毒については, 今回の検討ではTP抗体陽性検体はなく, RPR陽性数は28(2.1%)であったことから感染初期の妊婦が存在すると考えられた。近年, 日本国内での妊婦の梅毒感染は増加している4)。先行研究5)では, 未治療の妊婦10例中8例の児が先天梅毒と診断され, 梅毒特徴的な胎盤所見を認めた。一方, 治療を受けた妊婦9例では梅毒特徴的な胎盤所見は認めず, 1例の児が先天梅毒と診断された。

 本研究では検討していないが, 流早産を引き起こすマイコプラズマ科ウレアプラズマ属細菌については, 大阪母子医療センターの流早産胎盤の4割から分離された6)。妊婦に投与できる抗菌薬が限られる中, ウレアプラズマ等による子宮内感染の制御は困難である7)

 また, 近年注目すべき感染症として, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が挙げられる。大阪府の女性新規感染者数は, B.1.617.2系統の変異株(デルタ株)の流行下(2021年7月21日~9月21日)では40,734人(10~49歳は29,856人, 20~39歳は17,534人)であった。また, B.1.1.529系統の変異株(オミクロン株)の流行下(2022年1月5日~3月15日)では女性感染者は223,959人(10~49歳147,603人, 20~39歳71,264人)であった8)。妊婦や新生児の感染者も多く, 妊娠後期は母体呼吸機能の予備能力が低下しており症状が悪化することがある。

 謝辞:日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発研究事業」(永宗トキソプラズマ分子疫学班, 柳原流早産研究班), 抗体価の測定をしていただいたデンカ株式会社五泉事業所, 大阪府健康医療部保健医療室感染症対策企画課 感染症・検査グループに深謝いたします。

 

参考文献
  1. 「トキソプラズマ妊娠管理マニュアル第4版」
    http://cmvtoxo.umin.jp/doc/toxoplasma_manual_20200116.pdf
  2. Picone O, et al., J Gynecol Obstet Hum Reprod 49: 101814, 2020
  3. 「サイトメガロイウルス妊娠管理マニュアル第2版」
    http://cmvtoxo.umin.jp/doc/manual_20181022.pdf
  4. IASR 41: 1-3, 2020
  5. 市川千宙ら, Syphilis placentitis 6例の臨床病理学的検討, 第108回日本病理学会学術集会
  6. Namba F, et al., Ped Res, 67: 166-172, 2010
  7. Ourlad Alzeus G Tantengco, et al., J Obstet Gynaecol Res 45: 1796-1808, 2019
  8. 厚生労働省, データからわかる−新型コロナウイルス感染症情報−
    https://covid19.mhlw.go.jp/

大阪母子医療センター研究所免疫部門
 柳原 格 吉村芳修       
大阪大学医学系研究科公衆衛生学  
 磯 博康 池原賢代       
大阪大学医学系研究科産科婦人科学 
 木村 正 川西陽子       
国立感染症研究所寄生動物部    
 永宗喜三郎 

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