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保育園で発生した細菌性赤痢の集団感染事例―大阪府

(Vol. 33 p. 245-247:  2012年9月号)

 

大阪府枚方保健所管内の保育園においてShigella sonnei  による集団感染事例が発生したので概要を報告する。なお、大阪府内の細菌性赤痢年間報告数は2009(平成21)年5例、2010(平成22)年5例、2011(平成23)年13例で、多くは孤発例である。大阪府内における集団感染事例は2006(平成18)年の堺市の事例1) 以降報告されていない。

2012年3月2日、管内の医療機関からA保育園に通園する4歳男児のS. sonnei の発生届があり、保健所は直ちにA保育園に対する積極的疫学調査を開始した。便培養同定検査は医療機関および保健所検査課で行い(職員においては一部民間会社による検便)、検出された菌株について府立公衆衛生研究所で薬剤感受性試験を行った。薬剤感受性試験は、アンピシリン(ABPC)、クロラムフェニコール(CP)、ストレプトマイシン(SM)、テトラサイクリン(TC)、カナマイシン(KM)、ゲンタマイシン(GM)、ST合剤(ST)、ホスフォマイシン(FOM)、ナリジクス酸(NA)、シプロフロキサシン (CPFX)、セフォタキシム(CTX)、セフポドキシム(CPDX)、イミペネム(IPM)、メロペネム(MEPM)、アミカシン(AMK)、スルフイソキサゾール(Su)の16剤について、Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)のディスク感受性試験実施基準に基づき実施した。遺伝子型別は国立感染症研究所でMLVA(multiple-locus variable-number tandem repeat analysis)を実施した。

事例概要:保健所では探知後、保育園に手洗い・消毒等の指導、遠足や他クラスとの交流中止の助言を行った。児童で3人目のS. sonnei 陽性者が確認された3月6日に、全職員36人、4歳児クラス全児童29人および下痢症状を呈した児童の家族28人の検便を行った。その結果、児童9人、家族4人で陽性が判明した。職員は全員陰性であった。保育園では手洗い、消毒等の徹底に加え、4歳児クラス全員を対象とした協力休み(3月7~10日)を実施したが、協力休み中に登園していた児童から菌が検出されたことから、その患児の接触状況から追加して行った検便で、職員1人と家族2人の陽性者を認めた。3月12日に行った保育園全児童の検便では、新たな陽性者を認めなかった。保健所は学級閉鎖についても助言を行い、3月12~15日の期間で学級閉鎖が実施された。以後患者は確認されず、4月5日に対応を終了した。

最終的に全児童(141人)、全職員(36人)および児童の家族(56人)における検便により合計19人(男7人、女12人)からS. sonnei  が検出され、4歳児クラス12人、職員1人、患児の家族6人(2家族で4歳未満:2人、成人:4人)であった。4歳児クラス以外の児童の患者は認められなかった。18人に発熱と下痢症状を、12人に腹痛を、3人に血便を認めた。また児童1人が熱性けいれんで数日間の入院を要した。なお患児と協力休み期間中の接触が疑われ、行われた検便で陽性と判明した職員1名は無症状であった。

有症状者18人の流行曲線(症状出現日とは何らかの消化器症状を示した日とした)をに示す。流行曲線は三峰性を示し、園内で二次感染、三次感染と感染が継続して起こっていた可能性があり、探知時(3月2日)にはすでに4歳児クラス内で流行が拡大していたと考えられた。

分離された19株はすべてABPC、SM、TC、ST、Su耐性であった。3月12日までに発生届があった16株のMLVAの結果は、12株は完全に一致し、4株は互いに異なるsingle locus variantが認められたが、同一の遺伝子型であると考えられた。

感染源について:本事例において感染源を特定することはできなかった。食品衛生監視員による調査では、園内および周囲の発症状況から集団食中毒は否定的であり、食品の収去検査やふきとり検査は行わなかった。また給食を作っている職員は便検査陰性であった。環境衛生監視員による調査では、水道の塩素濃度に問題なく、発症状況からも水道水による集団感染は否定的であった。流行曲線より、2月中旬に複数患者の認められた家族からの感染拡大が考えられたが、この家族への聞き取り調査では海外渡航歴を含め感染の原因となる事実を明らかにすることはできなかった。

対応についての考察:本事例における保健所および保育園の対応について検討を行った。

感染源の追及・集団感染の全体像の把握は感染拡大防止策を行う上で重要であり、疫学調査の際は現状把握だけでなく遡り調査等をより迅速に進める必要がある。しかし、初動調査時には消化器症状を呈している園児が多発しているとの情報はなく、最初に報告された患児が初発であり、感染拡大は限定的と思われたため、全体像の把握を行うための十分な遡り調査を行うまでに探知から数日を要した。赤痢菌は10~100個程度と非常に少ない菌量で感染する一方、S. sonnei では強い症状が出現しにくい2) ことからも、探知時にはある程度感染拡大しているものと想定すべきであった。一方、保育園では探知時、休園児も含めて、園児の症状について十分把握できておらず、多くの園児では保健所による聞き取り調査で消化器症状を呈していたことがわかった。平常時から集団感染のリスクに留意し、保育園が園児の具体的な症状や人数を把握し、早く気づくためのベースラインを認識しておくことも、早期に感染拡大に気づくために重要であると考えられた。

本事例においては学級閉鎖も実施された。学級閉鎖は社会的影響も小さくなく、実施の要否、タイミング、期間等について、園、園設置者、園医等と十分な協議が必要となるが、探知後速やかに全体像が把握できていれば、より早期に学級閉鎖も検討、実施されたかもしれない。また協力休み中に登園していた患児からの感染が疑われる事例もあり、協力休みを行うのであれば、学級閉鎖を行う方が効果的と思われた。

結 論:保育園における同一株による細菌性赤痢の集団感染事例を経験した。4歳児クラスに患者は限局しており、流行曲線からもこのクラスにおける二次感染、三次感染による広がりであると考えられた。感染源は不明であった。探知時にはすでに感染が拡大していることを想定して、迅速に遡り調査等を実施し、全体像を把握し対応することの重要性を再認識した事例であった。

謝 辞: MLVAを実施していただいた国立感染症研究所細菌第一部に深謝致します。

 参考文献
1) 下迫純子, 他,  IASR 28: 45-46, 2007
2) 荒川英二, IDWR 2002, 8週号 https://idsc.niid.go.jp/idwr/kansen/k02_g1/k02_08/k02_08.html

大阪府枚方保健所
岡本 優 宇治田尚子 漕江由佳 田代由希子 芝田元子 北島信子 笹井康典
大阪府地域保健感染症課感染症グループ
大平文人 松井陽子 伊達啓子 熊井優子
大阪府立公衆衛生研究所
勢戸和子 原田哲也 田口真澄

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan