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細菌性赤痢 2010~2021年

(IASR Vol. 43 p25-26: 2022年2月号)

 

 細菌性赤痢は赤痢菌によって起こり, 主な症状は発熱, 水様性下痢, 腹痛, 膿粘血便, しぶり腹(テネスムス)である。2016年現在, 世界で年間2億7千万人が感染し, 栄養状態の悪い小児を中心に21万人が死亡していると推定されている(GBD 2016 Diarrhoeal Disease Collaborators, 2018)。赤痢菌属はShigella dysenteriae, S. flexneri, S. boydii, S. sonneiの4菌種に分類される。特にS. dysenteriaeの血清型1(Sd1)は腸管出血性大腸菌にも保有される志賀毒素Stx1を産生し, 病原性が高い。赤痢菌は実験的には数十~数百といった少ない菌量で感染することが報告されている(Morris, 1986)。

 細菌性赤痢は感染症法上, 3類感染症に定められている。本感染症を診断した医師は直ちに保健所に届出を行い(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-03-02.html), 保健所はその情報を感染症発生動向調査(NESID)に報告する。また, 赤痢菌は食品衛生法で定めた病因物質の1つである。保健所長が食中毒と認めた場合は, 同法に基づき, 各都道府県等は食中毒の調査を行うとともに厚生労働省(厚労省)に報告する(食品衛生法:https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000233, 食品衛生法施行規則の一部を改正する省令の施行等について:https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/syokueihou/tp1228-1_13.html)。地方衛生研究所(地衛研)は赤痢菌の分離・同定および血清型別を行う。国立感染症研究所(感染研)細菌第一部は地衛研から送付された菌株の確認を行い, 反復配列多型解析(MLVA)法やパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法などによる分子疫学解析を行う。これらの解析結果は各地衛研に還元されており, 必要に応じて厚労省および関連自治体へと情報提供されている。

 感染症発生動向調査:NESIDによると, 細菌性赤痢患者および無症状病原体保有者の届出は2010年235例, 2011年299例, 2012年215例, 2013年143例, 2014年159例, 2015年155例, 2016年121例, 2017年141例, 2018年268例, 2019年140例, 2020年87例, 2021年7例, 計1,970例であった(2021年12月7日現在届出数, 表1)。2010~2021年の間の平均届出数は164例/年であった。推定感染地は, 58%を国外が占めていた。国外の推定感染地はアジアが多く, 全体の75%を占めていた。国別ではインド, インドネシア, フィリピンの順に多かった(本号3ページ特集関連資料1)。

 診断月別届出数をみると, 国外例は夏季などの長期休暇がとりやすい時期に多くなるが, 基本的に年間を通して発生している。ただし2020年4月以後はほとんど発生がみられていない(図1a, 本号4ページ)。国内例は年によって変動があり, 集団発生, 食中毒等に相当するとみられるピークが観察されたが, おおむね低いレベルで推移している(図1b)。

 2010~2021年の届出例の年齢分布をみると, 国外例では若年成人にピークがみられ, 20~34歳で特に多かった(図2a)。一方, 国内例では10歳未満の年齢群に多く, 次いで30~44歳に緩やかなピークが観察された(図2b)。性別では男性973例, 女性997例で, 国外例における20~34歳のピークでは女性が男性より多かった。国内例における30~44歳のピークでは男性が多かった。

 集団発生:厚労省食中毒統計に2010年1件, 2011年7件, 2018年2件, 計10件(患者169人)の食中毒の届出があった(本号4ページ特集関連資料2)。原因施設は飲食店, 仕出し屋であった(本号6ページ)。また, いくつかの症例集積がみられ, 幼稚園, 保育園における集団感染事例とされるものもあった(本号7ページ, IASR 32: 171-172, 2011, IASR 33: 245-247, 2012, IASR 38: 103-104, 2017)。こうした事例を含め, 分子疫学解析上, 一致もしくは類似した菌株の集積があったことが, 感染研細菌第一部での解析から示されている(本号8ページ)。

 赤痢菌検出状況:NESID病原体検出情報への地衛研からの報告では, 2010~2021年の間に検出された赤痢菌739件の血清群別割合は, S. sonneiが541件(73%)と高い傾向が続いている(表2)。S. flexneriは171件(23%)であった。S. dysenteriaeの検出は5件(0.7%), S. boydiiは19件(2.6%)であった。

 治療と薬剤耐性:日本感染症学会/日本化学療法学会の『JAID/JSC感染症治療ガイド2019』では, レボフロキサシン500mgの5日間投与, アジスロマイシン300mgの3日間投与, ホスホマイシン2g(分4)の5日間投与が推奨されている。前回特集(IASR 30: 311-313, 2009)の時期(2000年代)と比較し, レボフロキサシンの増量(300→500mg), アジスロマイシンの追加, が行われている。これには薬剤耐性の増加が関係している。米国疾病予防管理センター(CDC)のレポート『薬剤耐性の脅威:Antibiotic Resistance Threats in the United States, 2019』において, 薬剤耐性赤痢菌は深刻な脅威に該当するとされている。わが国で分離される赤痢菌においても, ほとんどの株がスルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST)合剤など, 何らかの薬剤に耐性を示す(本号9ページ)。海外ではシプロフロキサシン耐性, アジスロマイシン低感受性を示す株の流行も報告されており(本号10ページ), こうした耐性菌が今後わが国でも問題となる可能性がある。

 問題点と対策:近年, 日本で発生している細菌性赤痢の多くは国外感染およびそれらの感染者からの二次感染である。過去には輸入魚介類に関連した食中毒事例もあり, 輸入食品への監視体制が強化された(IASR 24: 1-2, 2003, IASR 30: 311-313, 2009)。赤痢菌は少数の菌数で感染が成立するため, 感染が拡大しやすく, 健康被害も生じやすい。二次感染を防ぐためには, 患者および保菌者を早期に特定し, 治療を行い, 排菌していないことを確認することが重要である。同じ理由から, 食中毒においては原因食品の特定が困難であったり, 国内で流行が発生しても原因不明のままとなったりすることが多い。海外で感染し, 帰国後自覚症状があるにもかかわらず, 食品関係等のアルバイトに従事した例も報告されているため(IASR 28: 326-327, 2007), 輸入感染症についての知識の普及を図るとともに, 帰国時に感染の疑いがある場合には, 検疫所, 保健所等で健康相談を受ける重要性を認識してもらう必要がある。

 細菌性赤痢は糞口感染によるヒト-ヒト感染が起きやすく, 海外ではMSM(men who have sex with men)による流行も報告されている(本号10ページ, IASR 33: 17, 2012, IASR 33: 170-171, 2012)。保育園, 障害者支援施設など, 易感染宿主が多く感染制御が脆弱な環境では, 比較的症状が軽い感染者あるいは無症状病原体保有者から感染が拡大する可能性も高いため, 軽症でも検査を実施し, 感染者を把握することが重要である。

 医師からのNESIDへの細菌性赤痢の届出数と比較して, 地衛研・保健所からNESID病原体検出情報に登録のあった赤痢菌の報告数は3分の1である。感染症法施行規則では, 患者発生の届出があった場合, 保健所は医療機関, 民間検査施設等に積極的に菌株の提出を求めることができるようになっている。感染症および食中毒の調査において, 患者等から分離された病原体の分子疫学および薬剤耐性を解析することは, 患者への適切な医療提供, 集団発生の把握, 広域・散発的発生の探知, 原因究明および今後の発生予防の観点から極めて重要である。通知(健感発第1009001号, 食安監発第1009002号:https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/2_7_05.pdf)に基づき, 保健所, 地衛研において菌株を収集し, 感染研に送付することが望まれる。

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