印刷
IASR-logo

埼玉県で発生した腸管凝集付着性大腸菌耐熱性毒素遺伝子(astA)保有大腸菌による大規模食中毒事例について

(IASR Vol. 43 p117-118: 2022年5月号)

 

 耐熱性毒素をコードするastA遺伝子以外に特徴的な病原性遺伝子を持たない大腸菌が患者から共通して検出された食中毒事例が各地で報告されている1-4)。この耐熱性毒素の下痢発症メカニズムは明らかでないが, 埼玉県においても喫食者6,762名, 発症者2,958名にのぼる学校給食を原因とする大規模食中毒が発生したので報告する。

 2020(令和2)年6月28日, 医療機関から管轄保健所に「八潮市内の複数の小中学校の児童生徒が, 腹痛および下痢等の食中毒様症状を呈して受診している」旨の通報があった。患者は同市内の小中学校の児童, 生徒および教員ならびに教育委員会の職員であった。同市は, 市内全小中学校の給食を民間の弁当製造業者に委託しており, 給食を原因とする食中毒が疑われ, 管轄保健所が調査を開始し, 埼玉県衛生研究所(埼玉衛研)に検体が搬入された。

 埼玉衛研における食中毒細菌検査では, 患者便からDNAを抽出し, リアルタイムPCRによる各種食中毒細菌等のスクリーニング検査を実施している。本事例においては, このスクリーニングですべての検体からastAが検出された。これを踏まえ, 糞便を塗抹したドリガルスキー改良培地(Dri)上に発育した黄色のコロニーを3-5個プールしてDNAを抽出し, 2種類のマルチプレックスPCR法(ExEC, EpAll)でLT, ST, stx, invE/astA, eae, afaDおよびaggRを検索した。病原遺伝子が検出された場合は, 各コロニーから再度遺伝子検査, ならびに生化学的性状試験および血清型別試験を実施した。その結果, 患者便19検体中14検体からastA保有病原大腸菌O7:H4を検出した。大腸菌以外には, 本事例の原因と思われる細菌およびウイルスは検出されなかった。保健所は, 給食を原因食品とする病原大腸菌による食中毒と断定し, 給食を調理した弁当製造業者に対し食品衛生法第55条に基づく3日間の営業停止処分を行った。

 患者便から病原大腸菌が検出されたことから, 検食は当該菌を標的として検査を行った。検食をmEC培地で10倍乳剤とし, 42℃で18時間増菌培養後, 培養液からDNAを抽出してリアルタイムPCRを行った。astA陽性となった検体をDri, ソルビトールマッコンキー寒天培地, クロモアガーSTECに塗抹して培養後, 患者から分離した菌と同様の色調を持つコロニーについて遺伝子検査, 生化学的性状試験および血清型別試験を実施した。その結果, 27検体中, 6月26日に提供された海藻サラダ2検体から, astA保有大腸菌O7:H4を検出した。

 海藻サラダの原材料は, カットわかめ(乾燥品), 海藻ミックス(乾燥品), キャベツ, ニンジンおよび冷凍コーンであった。キャベツ, ニンジンおよび冷凍コーンは提供当日にボイルしていたが, カットわかめおよび海藻ミックスは, 提供前日(6月25日)に水戻しして冷蔵保管後, 加熱工程のないまま用いられていた。水戻し後に保管していた冷蔵庫は, 作業中の食品の出し入れ, 扉の開放により長時間にわたって10℃以上となっていた。

 海藻サラダの原材料についてさかのぼり調査を実施したところ, 埼玉県内の販売者が保管していた海藻ミックスの同ロット品の細菌数が2.0×105 CFU/g, さらに当該品の加工者が保管していた各原材料(6種類)のうち, 赤杉のりから2.1×107 CFU/gの大腸菌群が, 各々が実施した自主検査によって検出されたことが判明した。加工者の所在地は大分県であったため, 大分県衛生環境研究センター(大分衛環研)で, 同ロット品の赤杉のりの行政検査を実施した。

 大分衛環研では, 赤杉のりにPBS(−)を加え, ストマッカーで均質化した試料をmEC培地へ加えて増菌培養し, 培養液をXM-G寒天培地等に塗抹し, 出現した大腸菌様のコロニーについて, 遺伝子検査, 生化学的性状試験および血清型別試験を実施した。その結果, astA保有大腸菌Og7:H4が検出された(Og7はPCR法5)による)。当該菌株は, 埼玉衛研において再度血清型別試験を行い, O7:H4であることを確認した。

 患者, 海藻サラダおよび赤杉のりから分離した菌株について, 埼玉衛研および国立感染症研究所細菌第一部(感染研)でPFGEを行ったところ, すべて同一パターンを示した()。さらに, 感染研で患者由来2株, 海藻サラダ由来1株および赤杉のり由来2株の全ゲノム配列を用いた単一塩基多型(SNP)解析を実施したところ, SNPは最大で1カ所であり, これら5株は同一クローンであると考えられた。

 赤杉のりは, 輸入者が2017年に輸入, 2019年にカットしたのち加工者に販売されたものと推定されている。輸入時およびカット時に実施した検査では, 大腸菌群陰性となっていた。以上のことから, 赤杉のりが本事例の原因であると考えられたものの, その汚染源は不明であった。

 

参考文献
  1. Zhou Z, et al., Epidemiol Infect 128: 363-371, 2002
  2. 石畝 史ら, IASR 25: 262-263, 2004
  3. 杉谷和加奈ら, 熊本市環境総合研究所報 14: 39-42, 2006
  4. 新免香織ら, IASR 40: 220-221, 2019
  5. Iguchi A, et al., J Clin Microbiol 53: 2427-2432, 2015

埼玉県衛生研究所     
 鹿島かおり 佐藤実佳 大阪由香 榊田 希 貫洞里美 大塚佳代子 土井りえ
 千葉雄介 高瀬冴子 藤原 茜 島田慎一 石井里枝 本多麻夫        
大分県衛生環境研究センター
 溝腰朗人 髙野真実 佐々木麻里       
国立感染症研究所細菌第一部
 李 謙一 伊豫田 淳 明田幸宏 大西 真

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan