国立感染症研究所

病原微生物検出情報(IASR)月報に掲載された特集関連情報の記事です。

下痢原性大腸菌の分類の見直しについて
(Vol. 33 p. 5-7: 2012年1月号)
下痢原性大腸菌は、1985年にEnteroaggregative Escherichia coli (腸管凝集付着性大腸菌EAggECまたはEAEC)が見つかって以来、病原血清型大腸菌(EPEC)・腸管毒素原性大腸菌(ETEC)・腸管侵入性大腸菌(EIEC)・腸管出血性大腸菌(EHEC/VTEC)・EAggEC/EAEC の5つに分類されている。分散付着性大腸菌(DAEC)やEAggEC耐熱性毒素(EAST1、遺伝子はastA )、細胞毒性壊死因子(CNF)、細胞壊死性膨化毒素(CDT)などの病原因子を持つ大腸菌を下痢原性大腸菌に加えている場合もある。なお、STはVero毒素にも耐熱性エンテロトキシンにも使われるが、ここではVero毒素にはVTを使用することにして、STは耐熱性エンテロトキシンを示すこととする。

一方、現在の病原体検出情報システムにおける大腸菌の分類では、(1)ETEC:判定基準はLT/ST、(2)EHEC/VTEC:判定基準はVT、(3)EIEC:判定基準は侵入性(invE/ipaH )、(4)EPEC:判定基準はO群、(5)他の下痢原性E. coli :判定基準は上記の分類以外で、疫学・検査上で下痢原性大腸菌の可能性が高い大腸菌を報告するようになっている1) 。

病原体検出情報システムでは、大腸菌の分類が改定されてこなかったため、EAggECが入っていないことや、EPECの判定基準が特定のO群とされているなど、現状と合わない点があると指摘されてきた。2010年の衛生微生物技術協議会の細菌情報交換会において(1)新しい分類のEAggEC・DAEC・EAST1ECを加えるか、(2)O群によるEPEC判定の見直し、特に、O1とO18をどう扱うか、(3)病原因子:毒素産生性・遺伝子・細胞付着性・バイオフィルム形成等を報告するか、が提案され、2011年度に原案を示すことになった。

レファレンス関連会議「大腸菌」事前打合せで改定案を検討して、2011年度の協議会で改定案を示し、討議した。その結果、(1)EPECはO群ではなくeae (インチミン遺伝子)陽性の大腸菌でST/LT/VTを持たない大腸菌とする。血清型は分離数上位のものとする(表1、参考文献2)。EPECでは、従来のO群(特にO1とO18)では既知の病原因子を持たないものが多いことから指標をeae とした。一方、LEE領域を持つがEAFプラスミドを欠く、いわゆるatypical EPECの病原性についてはまだ結論が出ていないため、調査を続ける。(2) EAggECを新しい分類として、aggR(総合的制御因子)陽性の大腸菌でST/LT/VTを持たない大腸菌とした。凝集付着性を示すEAggECは下痢原性において雑多であることがいわれているが、aggR を保有するいわゆるtypical EAggECについてはその下痢原性が徐々に明らかになってきているためaggR を指標としてEPECと同様に調査を続ける。(3)EAST1ECやDAEC、さらにCDT/CNFなどを持つ大腸菌は、その下痢原性がまだ明らかではないため、従来どおり「他の下痢原性大腸菌」とする。

病原体検出情報システムへデータを登録する際には、上記の分類に従い、H血清型は型別結果の欄に入力し、病原関連遺伝子および病原性検査(表2表3および表4)は特記すべき生化学的性状欄に入力することとした。また、改正に対する意見の聴取や効果を調査するため、適当な時期にリファレンス関連会議を開催するのが望ましいことが確認された。

なお、EHEC/VTECはVero毒素の型や付着性の記述について検討されたが、現行どおりとする。従って、2011年欧州で流行したO104:H4や鹿児島で溶血性尿毒症症候群をおこしたO86:HNMは凝集付着性を示し、aggR 陽性だが、VTを保有しているためEHEC/VTECに分類される。

Nataro3) は原則として、(1)ある株を病原菌とするには、集団事例からの分離またはボランティア実験により確認すること、(2)いったん、ある血清型が病原性のあることがわかっても、同様の株が病原性を持つことは遺伝子型または表現形を確認すること、と提言している。今後、付着性大腸菌による食中毒が疑われた場合、起因菌判定のための上記参考条件の検討のため、菌側の病原因子関連検査を実施するとともに、可能であれば、患者のみの検査でなく、同じ集団事例の健康者からも菌の分離を行い、有意差の検定を試みていただきたい4) 。

 参考文献
1)IASR 31:75-76, 2010
2)小林一寛, 他,感染症誌 76: 911-920, 2002
3) Nataro JP, Emerg Infect Dis 12: 696, 2006
4)伊藤健一郎, IASR 29: 224-226, 2008

国立感染症研究所感染症情報センター 伊藤健一郎
国立感染症研究所細菌第一部 伊豫田 淳
秋田県健康環境センター 八柳 潤
東京都健康安全研究センター 甲斐明美
富山県衛生研究所 磯部順子
大阪府立公衆衛生研究所 勢戸和子
岡山県環境保健センター 中嶋 洋
福岡県保健環境研究所 村上光一

 



 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version