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ESBL産生腸管出血性大腸菌O157:H7による集団発生事例について

(IASR Vol. 43 p293-294: 2022年12月号)
 
背 景

 2022年7月, 群馬県内の保育施設(在籍数128名, 職員30名)において, 腸管出血性大腸菌(EHEC)O157:H7(VT1&VT2)による集団発生事例があった。7月11日に県内保健所より施設に通う園児1人がEHECに感染した旨の連絡があった。7月13日に医療機関から2例目となる患者1人が入院している旨の連絡を受けて患者調査を開始し, 施設に対して感染経路となり得るプール利用, イベントでの食事提供の中止, 等の口頭指導等を行った。7月24日までに, 新たに園児7人(合計9名)および同居家族3人の陽性を確認した。感染が確認された園児9名中2名および同居家族3名中2名は無症状病原体保有者であり, 溶血性尿毒症症候群(HUS)などの重篤な症状は認められなかった()。また, 最後の胃腸炎症状の患者発生後(7月25日), 7日間以上有症状者の新規発生がないことが確認されたため, 8月4日に終息とした。本事例に対して前橋市保健所と協力し, 群馬県衛生環境研究所(当所)で検査を実施したところ, extended-spectrum β-lactamase(ESBL)産生菌であることを確認したので, その概要を報告する。

方 法

 当所に搬入された11株について培養を行い, 国立感染症研究所の病原体検出マニュアルに基づいてO157:H7(VT1&VT2)であることを確認した。薬剤感受性試験は, The Clinical and Laboratory Standars Institute (CLSI)ガイドラインに従い, Mueller-Hinton Ⅱ培地上でKBディスク(栄研化学)を用いたKirby-Bauer法で実施した。12種の薬剤を使用した平時の検査では, すべての株でセフォタキシム(CTX)耐性であったので, 追加で6種のディスクを使用して感受性を調べた。ESBL産生性は, β-ラクタマーゼ阻害剤であるアモキシシリン/クラブラン酸(AMPC/ACV)とアンピシリン/スルバクタム(ABPC/SBT)を用いたDouble Disk Synergy Test (DDST法)を実施し, 阻止円が拡張したものをESBL産生株であると確定した。ESBL産生株は, PCR法によりESBL遺伝子グループを確認した1)。さらに, ダイレクトシーケンスにより塩基配列を決定し, 遺伝子型を推定した2)

結 果

 本事例で検査を行った11株はすべてEHEC O157:H7の典型的な生化学的性状を示し, VT1およびVT2を検出した。11株のMLVA型は22m0199型で一致した。薬剤感受性試験の結果, これらの株はCTXに耐性を示し(), DDST法によりACVによる阻止円の拡張を認めたため, ESBL産生菌であることがわかった。PCR法による遺伝子型別ではすべてCTX-M-1グループの遺伝子が検出され, シーケンス解析によってすべてCTX-M-55型遺伝子であることを確認した。

考 察

 本事例は, ESBL産生菌であるEHEC O157:H7による集団発生事例であった。推定感染源としてプールや厨房なども原因と考えられたが, 感染源の特定には至らなかった。

 感染の原因となったESBL産生EHECは, 薬剤感受性試験の結果, ペニシリン系, セファロスポリン系抗菌薬およびアズトレオナムに対してのみ耐性を示した。ホスホマイシンやキノロン系, アミノグリコシド系には感受性を示した。その結果, 血便等を発症して入院加療が必要となった者もいたが, 治療にはホスホマイシンを用いることが一般的であるので, 治療に有効であったと考えられる。ESBL産生菌の中にはセファロスポリン系だけではなく多剤耐性を示すものも多く報告されている。また, 重篤な症状を引き起こすEHECがESBL遺伝子を獲得することで抗菌薬の選択域が狭くなるため, 治療が困難になることも懸念される。さらに, CTX-M型の耐性遺伝子はプラスミド上に存在するため, 菌種を越えて容易に伝播し, 院内感染だけではなく市中感染の原因菌としても世界中で拡大している3,4)。特に, 今回検出されたCTX-M-55型は, 今後の拡散が懸念されており, 注視が必要である5)。EHECがESBL産生性を獲得した事例の報告は稀であるが, EHECや赤痢菌, サルモネラ等の病原性が高い菌種間でさらに拡大する可能性がある。ESBL産生EHECは臨床上のみならず, 感染症対策および食品衛生上も重要な課題となると推測できるため, 薬剤耐性菌の蔓延防止や新たな耐性菌の出現の監視を継続していくことが必要と考えられる。

 謝辞:検体採取等調査にご協力いただきました医療機関, 保健所等の関係者に深謝致します。

 

引用文献
  1. Shibata N, et al., Antimicrob Agents Chemother 50(2): 791-795, 2006
  2. 瀬戸順次と稲毛 稔, 感染症学雑誌 86(5): 608-609, 2012
  3. Woerther PL, et al., Clin Microbiol Rev 26(4): 744-758, 2013
  4. 原田荘平, 日本臨床微生物学会雑誌 31(4): 1-8, 2021
  5. 除村 萌ら, 日本臨床微生物学会雑誌 29(1): 21-27, 2019

群馬県衛生環境研究所            
 髙橋裕子 堀越絢乃 小川麻由美 黒川奈都子 塚越博之
 塩野雅孝 猿木信裕       
前橋市保健所                
 羽鳥 徹 浜村ひかり 佐藤奏子 戸部辰耶 茂木 望
 野本涼子 藤田明弘 大西一德

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