腸管出血性大腸菌感染症 2012年4月現在
(Vol. 33 p. 115-116: 2012年5月号)
腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症は、感染症法に基づく感染症発生動向調査の3類感染症として、診断した医師の全数届出が義務付けられている(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-03-03.html)。また、医師から食中毒として保健所に届出があった場合や、保健所長が食中毒と認めた場合には食品衛生法に基づき、各都道府県等において調査および国への報告が行われる。さらに、地方衛生研究所(地研)がEHECの検出、血清型別、毒素型別を行い、国立感染症研究所感染症情報センター(IDSC)に報告している。国立感染症研究所細菌第一部では分離菌株の詳細な分子疫学的解析を行いパルスネットで情報提供している(本号13ページ)。
2011年には、富山県などでEHEC O111による集団食中毒が発生し、溶血性尿毒症症候群(HUS)および脳症合併例が多く報告されている(本号 5ページ)。
感染症発生動向調査:2011年にはEHEC感染症患者2,660例、無症状病原体保有者(患者発生時の積極的疫学調査や調理従事者等の定期検便などで発見される)1,278例、計3,938例のEHEC感染者が報告された(表1)。2011年の週別報告数は、例年同様、夏季に流行のピークがみられた(図1)。人口10万対都道府県別報告数は、集団発生事例の影響もあり山形(26.53)、富山(17.74)、島根(10.67)が多かった(図2左および表2)。2011年のEHEC感染者は例年同様0~4歳がもっとも多く、5~9歳がこれに次いだ(図3)。0~4歳について人口10万対報告数を都道府県別にみると、岩手、山形、島根が多かった(図2右)。例年同様有症者の割合は男女とも若年層と高齢者で高く、30代、40代、50代では低かった(図3)。HUS症例[抗体検出例を含む(本号16ページ)] は102例あり、有症者のうち3.8%であった(本号14ページ)。HUS症例61例から菌が分離され(血清群はO157とO111同時分離6例、O157が42例、O111が9例、O26が2例、O121、O145各1例)、61例全例からVT2を含む株(VT2単独またはVT1&2)が分離された。届出時およびその後に情報が得られた死亡例は17例(うちHUS発症11例)あり、届出開始以降最も多かった。
地研からのEHEC検出報告:2011年のEHEC検出数は2,213であった。EHEC感染者報告数(表1)と開きがあるが、現行システムでは医療機関や民間検査機関で検出された菌株が地研に一部しか届かないことによる。全検出数における上位3位のO血清群の割合は、O157が59%、O26が21%、O145が5.7%であった(本号3ページ)。分離菌株が産生しているVT(または保有している毒素遺伝子)の型をみると、2011年も例年同様O157ではVT1&2が78%を占めた(1997~2010年は53~70%)。O26ではVT1単独が79%で、O145ではVT1単独が50%、VT2 単独が47%であった。例年とは異なり、2011年にO111検出例でHUSや脳症が多かった(本号3ページ)のは後述の集団発生による。
集団発生:2011年に地研からIDSCに報告されたEHEC感染症集団発生は29事例あり、うち15事例がO157によるものであった。菌陽性者10人以上の18事例を表2に示す。13事例では伝播経路が食品・水媒介と推定され、5事例では人→人感染と推定された。
「食品衛生法」に基づき都道府県等から報告された2011年のEHEC食中毒は25事例、患者数714名(菌陰性例を含む)であった(2010年は27事例358名)(http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html)。
2011年には、焼肉チェーン店において牛肉の生食(ユッケ)によるEHEC O111集団食中毒事例が発生した(本号 5ページ)。本事例では、患者181名のうち85名がO111陽性者(年齢中央値20歳)で、34名がHUSを発症し、このうち21名が脳症を発症、5名が死亡した。HUSの発症は、16歳以上の成人女性(16例)が多かった。原材料の牛肉から、O111:H8 (VT2 陽性)が分離された。
一方、海外では、ドイツなどでEHEC O104による大規模集団事例が発生し、3,842名の感染者、855名のHUS患者と53名の死亡者が報告された(本号17ページ)。本事例では、発芽野菜が原因食材と推定されている。
予防と対策:EHEC感染症を予防するためには、食中毒予防の基本を守り、生肉または加熱不十分な食肉等を食べないことが重要である(http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/index.html)。牛肉の生食による食中毒の発生を受けて、厚生労働省では生食用食肉の規格基準の見直しが検討され(IASR 32: 168-169, 2011および本号18ページ)、2011年10月より告示第321号が施行された(http://www.mhlw.go.jp/stf/kinkyu/2r9852000001bbdz.html)。 また、生食用牛肝臓の取り扱いに関しても規制の検討が続いており、肝臓内部からEHEC O157が分離されることから、牛肝臓の生食を禁止する方向で手続きが進められている(食安発0409第3号、平成24年4月9日http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/dl/120409_01.pdf)。
また、EHECは赤痢菌同様、微量の菌でも感染が成立するため、人→人感染で感染が拡大しやすい。2011年も保育所での集団発生が複数発生しており(表2)、その予防には、手洗いの励行や簡易プール使用時における衛生管理が重要である。さらに、家族内感染を低減させるため、患者の家族に対して二次感染予防の指導を徹底する必要がある。
2012年速報:本年第1~16週までのEHEC感染者届出は222例である(表1)。夏季にはEHEC感染症の増加が予想されるので、今後一層の注意喚起が必要である。
特集関連資料
特集関連情報
- 腸管出血性大腸菌O111による焼肉チェーン店での集団食中毒事件―富山県
- 飲料水が原因となった複数の腸管出血性大腸菌による食中毒事例―長野県
- 老人ホームで発生した腸管出血性大腸菌O157による食中毒事例―千葉市
- 腸管出血性大腸菌O157, O145の混合感染が認められた食中毒事例―栃木県
- 高齢者関連施設で発生した腸管出血性大腸菌O157による食中毒事例―石川県
- 老人福祉施設における腸管出血性大腸菌O157集団食中毒事例―福岡県
- 2つの社会福祉施設で発生した腸管出血性大腸菌O26による集団感染事例―島根県
- 保育所における腸管出血性大腸菌O26集団感染事例―岐阜県
- 2011年に人から広域に分離されたEHEC O157およびO26のPFGEパターンのクラスター解析
- 感染症発生動向調査からみた腸管出血性大腸菌における溶血性尿毒症症候群、2011年
- HUS患者血清中の抗大腸菌抗体価の解析
- ドイツを中心としたEAgg-EHEC O104:H4による大規模集団事例
- 生食用食肉の規格基準策定に係る加熱条件の検討