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腸管出血性大腸菌感染症 2016年4月現在

(IASR Vol. 37 p. 85-86: 2016年5月号)

腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症は, Vero毒素(Vero toxin:VTまたは Shiga toxin: Stx)を産生, またはVT遺伝子を保有するEHECの感染によって起こる全身性疾病で, 主訴は腹痛, 水様性下痢および血便である。嘔吐や38℃台の高熱を伴うこともある。VT等の作用により血小板減少, 溶血性貧血, 急性腎不全をきたし, 溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こし, 小児や高齢者では脳症などを併発して死に至ることがある。

EHEC感染症は感染症法上, 3類感染症に定められている。本感染症を診断した医師は直ちに保健所に届出を行い(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-03-03.html), 保健所はその情報を感染症サーベイランスシステム(NESID)に報告する。また, 医師が食中毒として保健所に届け出た場合や, 保健所長が食中毒と認めた場合は食品衛生法に基づき, 各都道府県等は食中毒の調査を行うとともに厚生労働省へ報告する(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO233.html)。地方衛生研究所(地衛研)はEHECの分離・同定, 血清型別, 毒素型(産生性が確認されたVT型またはVT遺伝子型)別等を行い, その結果をNESIDに報告する(本号3ページ)。国立感染症研究所(感染研)・細菌第一部は必要に応じて地衛研から送付された菌株の血清型, 毒素型の確認を行うと同時に, 反復配列多型解析(MLVA)法やパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法による分子疫学解析を行っている(本号9 & 11ページ)。これらの解析結果は各地衛研へ還元されるとともに, 必要に応じて食中毒調査支援システム(NESFD)で各自治体等へ情報提供されている。

感染症発生動向調査:NESIDの集計によると, 2015年にはEHEC感染症患者(有症者)2,336例, 無症状病原体保有者(患者発生時の積極的疫学調査や調理従事者等の定期検便などで発見される)1,229例, 計3,565例が報告された(表1)。2015年も例年同様夏期に報告が多かった(図1)。都道府県別報告数(無症状を含む)は大阪府, 東京都, 神奈川県, 福岡県, 北海道の上位5都道府県で全体の37.6%を占めた。人口10万対では島根県(11.91)が最も多く, 鳥取県(10.45), 宮崎県(9.96)がそれに次いだ(図2)。0~4歳の人口10万対報告数では, 鳥取県, 宮崎県が多かった(図2)。例年同様報告に占める有症者の割合は男女とも30歳未満, 60歳以上で高かった(図3)。

HUSを合併した症例は79例(有症者の3.4%)で, そのうち50例からEHECが分離された(本号13ページ)。O血清群の内訳はO157が41例, O26が3例, O74, O76, O111, O121が各1例, O不明(型別不能あるいは情報なし)が2例で, 毒素型はVT2陽性株(VT2単独またはVT1&2)が47例, VT型不明が3例であった。有症者のうちHUS発症例の割合が最も高かったのは5~9歳の低年齢層で6.3%であった。死亡例は3例(菌分離以外の診断による症例を含む)であった。

地衛研からのEHEC検出報告:地衛研から報告された2015年のEHECの菌検出数は1,709であった。この検出数はEHEC感染者報告数(表1)より少ないが, これは医療機関や民間検査機関で検出された株が一部しか地衛研に届いていないためである。全検出数における上位のO血清群の割合は, O157が61%, O26が21%, O103が4.2%であった(本号3ページ)。毒素型でみると, 2015年も例年同様O157ではVT1&2が最も多く, O157の56%を占めた。O26, O103ではVT1単独が最も多く, それぞれのO血清群で85%, 97%を占めた。O157が検出された1,040例中, 不詳を除く1,018例の主な症状は, 腹痛57%, 下痢56%, 血便43%, 発熱19%であった。

集団発生:2015年に地衛研からNESIDに報告されたEHEC感染症集団発生のうち, 主な菌陽性者10名以上の事例を表2に示す。報告された全12事例中7事例は保育施設における人から人への感染によるものと推定された。一方, 「食品衛生法」 に基づいて都道府県等から報告された2015年のEHEC食中毒は17事例, 患者数156名(菌陰性例を含む)であった(本号4ページ)(2012年は16事例392名, 2013年は13事例105名, 2014年は25事例766名)。2015年に発生した主な集団発生事例として以下のものがある: ①5月に福岡県において馬刺し等が原因となったO157による食中毒事例(患者数10名)(本号4ページ); ②6月に大阪府において保育施設で人から人への感染によるO26集団感染事例(菌陽性者数157名)(本号8ページ); ③6月に東京都において飲食店で提供された食事が原因となったO157による食中毒事例(患者数17名)(本号6ページ); ④8月に島根県において高校の寄宿舎で提供された食事が原因となったO157による食中毒事例(菌陽性者数70名)(本号7ページ); ⑤9~10月に奈良県等における飲食チェーン店で提供された牛の炙りレバーの関連が疑われるO157による食中毒事例(患者数12名)(本号4 & 5ページ)。これら以外にも感染研・細菌第一部での解析から, 疫学的関連が不明な散発事例間で同一のMLVA型またはPFGE型を示す菌株が広域から分離されており, 散発的に発生している広域集団発生が疑われる事例がいくつか判明している(本号9 & 11ページ)。

予防と対策:牛肉の生食による食中毒の発生を受けて, 厚生労働省は生食用食肉の規格基準を見直した(2011年10月, 告示第321号)。さらに, 牛肝臓内部からEHEC O157が分離されたことから, 牛の肝臓を生食用として販売することを禁止した(2012年7月, 告示第404号)。2012年には, 漬物によるO157の集団発生を受け, 漬物の衛生規範が改正されている(2012年10月, 食安監発1012第1号)。2015年はEHEC感染者の総報告数が2006年以降で最少であったが, 飲食店等を原因施設とする食中毒事例(表2, 本号4ページ)も含め, 食中毒事例は依然として多く発生しており, EHEC感染症を予防するためには, 食中毒予防の基本を守り, 生肉または加熱不十分な食肉等を食べないように注意喚起を続けることが重要である(http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201005/4.html)。

EHECは少量の菌数(100個程度)でも感染が成立するため, 人から人への経路, または人から食材・食品への経路で感染が拡大しやすい。2015年も保育所での集団発生が多数発生しており(表2, 本号8ページ), その予防には, 手洗いの励行や簡易プール使用時における衛生管理が重要である(2012年改訂版・保育所における感染症対策ガイドライン; http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/pdf/hoiku02.pdf)。患者が出た場合には, 家族内や福祉施設内等での二次感染を防ぐため, 保健所等は, 感染予防の指導を徹底する必要がある。

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