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腸管出血性大腸菌感染症 2017年4月現在

(IASR Vol. 38 p.87-88: 2017年5月号)

腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症はVero毒素(Vero toxin: VTまたはShiga toxin: Stx)を産生, またはVT遺伝子を保有するEHECの感染によって起こる全身性疾病で, 主な症状は腹痛, 水様性下痢および血便である。嘔吐や38℃台の発熱を伴うこともある。VT等の作用により血小板減少, 溶血性貧血, 急性腎不全を来して溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こし, 脳症などを併発して死に至ることがある。

 EHEC感染症は感染症法上, 3類感染症に定められている。本感染症を診断した医師は直ちに保健所に届出を行い(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-03-03.html), 保健所はその情報を感染症サーベイランスシステム(NESID)に報告する。医師が食中毒として保健所に届出た場合や, 保健所長が食中毒と認めた場合は食品衛生法に基づき, 各都道府県等は食中毒の調査を行うとともに厚生労働省(厚労省)へ報告する(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO233.html)。地方衛生研究所(地衛研)はEHECの分離・同定, 血清型別, 毒素型(産生性が確認されたVT型またはVT遺伝子型)別等を行い, その結果をNESIDに報告する(本号3ぺージ特集関連資料1)。国立感染症研究所(感染研)・細菌第一部は必要に応じて地衛研から送付された菌株の血清型, 毒素型の確認を行うと同時に, 反復配列多型解析(MLVA)法やパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法による分子疫学的解析を行っている(本号14&15ページ)。これらの解析結果は各地衛研へ還元されるとともに, 必要に応じて食中毒調査支援システム(NESFD)で各自治体等へ情報提供されている。

感染症発生動向調査:NESIDの集計によると, 2016年にはEHEC感染症患者2,246例, 無症状病原体保有者(患者発生時の積極的疫学調査や調理従事者等の定期検便などで発見される)1,399例, 計3,645例が報告され(表1), 例年同様に夏期に報告が多かった(図1)。都道府県別報告数(無症状を含む) は東京都, 神奈川県, 大阪府, 福岡県, 千葉県, 埼玉県の上位6都府県で全体の41%を占めた。人口10万対では佐賀県(10.2) が最も多く, 青森県(7.4), 長崎県(6.1)がそれに次いだ(図2)。0~4歳の人口10万対報告数では, 保育所での集団発生事例が報告された佐賀県, 青森県が多かった(図2)。例年同様報告に占める有症者の割合は男女とも30歳未満, 60歳以上で高かった(図3, 参考図)。

HUSを合併した症例は96例(有症者の4.3%)で, そのうち61例からEHECが分離された。O血清群の内訳はO157が51例で, 毒素型はVT2陽性株(VT2単独またはVT1&2)が47例を占めた。有症者のうちHUS発症例の割合が最も高かったのは5~9歳の低年齢層で8.4%であった。届出時点での死亡例は9例(菌分離以外の診断による症例を含む)であった(本号16ページ)。

地衛研からのEHEC検出報告:地衛研から報告された2016年のEHECの菌検出数は1,669であった。この検出数はEHEC感染者届出数(表1) より少ないが, これは医療機関や民間検査機関で検出された株が一部しか地衛研に届いていないためである。全検出数における上位のO血清群の割合は, O157が53%, O26が32%, O103が3.6%であった(本号3ページ)。毒素型でみると, 2016年も例年同様O157ではVT1&2が最も多く, O157の55%を占めた。O26, O103ではVT1単独が最も多く, それぞれのO血清群で98%, 97%を占めた。O157が検出された877例の主な症状は下痢54%, 腹痛52%, 血便42%, 発熱22%であった。

集団発生:2016年に地衛研からNESIDに報告されたEHEC感染症集団発生のうち, 菌陽性者10人以上の事例を表2に示す。報告された全17事例中10事例は保育施設における人から人への感染によるものと推定された。一方, 「食品衛生法」に基づいて都道府県等から報告された2016年のEHEC食中毒は14事例, 患者数252名(菌陰性例を含む)であった(2013年は13事例105名, 2014年は25事例766名, 2015年は17事例156名:本号4ページ特集関連資料2)。2016年に発生した主な集団食中毒事例として以下のものがある:①7月に滋賀県の焼肉店で発生したO157による食中毒事例(患者数39名)(本号11ページ); ②7~8月にかけて沖縄県への旅行者を中心にO157集団感染事例(患者数28名) が発生し, サトウキビジュースが原因とされた(本号8&9ページ); ③8月に千葉県と東京都の高齢者施設において提供された食事(きゅうりのゆかり和え)が原因となったO157による食中毒事例(患者数84名, 死者10名)(本号6ページ); ④10月に静岡県内で製造された冷凍メンチカツの喫食が原因となったO157による食中毒事例(患者数67名)(本号4&5ページ)。

これら以外にも感染研・細菌第一部での解析から, 疫学的関連が不明な散発事例間で同一のMLVA型またはPFGE型を示す菌株が広域から分離されており, 散発的に発生しているが広域集団発生が疑われる事例がいくつか判明している(本号14&15ページ)。

予防と対策:牛肉の生食による食中毒の発生を受けて, 厚労省は生食用食肉の規格基準を見直した(2011年10月, 告示第321号)。さらに, 牛肝臓内部からEHEC O157が分離されたことから, 牛の肝臓を生食用として販売することを禁止した(2012年7月, 告示第404号)。2012年には, 漬物によるO157の集団発生を受けて, 漬物の衛生規範が改正されている(2012年10月, 食安監発1012第1号)。2016年は飲食店等を原因施設とする食中毒事例(表2および本号4ページ特集関連資料2) が多く発生しており, EHEC感染症を予防するためには, 食中毒予防の基本を守り, 生肉または加熱不十分な食肉等を食べないように注意を喚起し続けることが重要である(http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201005/4.html)。

EHECは少量の菌数(100個程度)でも感染が成立するため, 人から人への経路, または人から食材・食品への経路で感染が拡大しやすい。2016年も保育所での集団発生が多数発生しており(表2および本号13ページ), その予防には, 手洗いの励行や簡易プール使用時における衛生管理が重要である (2012年改訂版・保育所における感染症対策ガイドライン, http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/pdf/hoiku02.pdf)。家族内や福祉施設内等で患者が発生した場合には, 二次感染を防ぐため, 保健所等は, 感染予防の指導を徹底する必要がある。

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