国立感染症研究所

国立感染症研究所 実地疫学研究センター
感染症疫学センター
2024年10月8日現在
(掲載日:2024年11月20日)

日本では毎年冬季を中心にインフルエンザが流行し、インフルエンザウイルスを起因病原体とするインフルエンザ脳症の発生が報告されるが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に流行した2020/2021シーズンおよび2021/2022シーズンは、インフルエンザの流行そのものがみられなかった。COVID-19の類型変更に伴い国内の外出自粛やマスク着用等の感染対策が緩和され、さらに国際的な往来制限も徐々に解除された2022/2023シーズンには、COVID-19流行前よりも規模は小さいインフルエンザの流行が再興した1,2)。2023/2024シーズンは、2022/2023シーズンを大きく上回るインフルエンザの流行が発生した状況から、2023/2024シーズンにおけるインフルエンザ脳症の発生状況について検証した。

日本では急性脳炎(脳症を含む)は感染症法に基づく感染症発生動向調査により、2003年11月から全例を届け出ることが義務付けられている。このサーベイランスにおいてインフルエンザウイルスが病原体として報告されたものを「インフルエンザ脳症」とした。本文中の各シーズンは、診断週がX年第36週からX+1年第35週までをX/X+1シーズンとした。診断週毎に、過去5シーズン(2015/2016シーズン~2019/2020シーズン)における当該週を含めた前後2週間(5週間分)の計25週分の移動平均をベースラインとした。インフルエンザ流行のなかった2020/2021シーズンおよび2021/2022シーズンのデータはベースラインの算出には用いなかった。

2023/2024シーズンのインフルエンザ定点当たり報告数は、過去シーズンより早い時期から、比較的高い水準でみとめられた。2023年は、全国的な流行開始の指標である定点当たり報告数1を下回ることなく、第34週から第44週まで継続した増加傾向を示した。2023年第49週をピークに一度減少傾向に転じたものの、2024年第1週には再び増加に転じ、2024年第6週をピークとする二峰性の流行を示した。2023/2024シーズンは最終的に、189例のインフルエンザ脳症が報告された(2024年10月8日時点、図1)。インフルエンザ脳症報告数の推移は、概ねインフルエンザ定点当たり報告数と類似する推移を示した。

シーズン毎のインフルエンザ脳症報告数とインフルエンザ定点当たり報告数の比は2023/2024シーズンで0.35であり、過去シーズンよりも大きい傾向はみられなかった。

図1.インフルエンザ脳症のウイルス型別報告数、インフルエンザ定点当たり報告数、およびシーズン毎累積報告数の比の推移(2015年第36週~2024年第35週、2024年10月8日時点)

2023/2024シーズンに病原体サーベイランスに登録されたインフルエンザウイルス分離・検出報告数は7,797件で、このうちA型が5,720件(73%)、B型が2,077件(27%)であった(2024年10月8日時点)3)。2023/2024シーズンにおけるインフルエンザA型の分離・検出報告数の増加時期は、過去シーズンよりも早かった。一方で、インフルエンザB型は2018/2019~2019/2020の各シーズンに比べて報告数が多く、インフルエンザウイルス分離・検出報告数全体に占める割合も各シーズンよりも大きかった(2015/2016~2018/2019は2019年8月30日時点4)、2019/2020は2024年8月30日時点、2020/2021~2023/2024は2024年10月8日時点、図2)。

図2.インフルエンザウイルス型別分離・検出報告数(2015年第36週~2024年第35週)
* 2015/2016~2018/2019は2019年8月30日時点、2019/2020は2024年8月30日時点、2020/2021~2023/2024は2024年10月8日時点

2023/2024シーズンに届け出られたインフルエンザ脳症におけるウイルス型別報告数は、A型が120例(63%)、B型が42例(22%)、ウイルス型不明が27例(14%)であった。シーズンに関わらず、A型の割合は60%以上であり、ウイルス型不明の割合は20%未満であった(2024年10月8日時点、図3)。2023/2024シーズンはウイルス型不明の割合(14%)が過去シーズンに比べて比較的大きかったが、ウイルス型不明の割合を考慮しても、ウイルス型の分布が過去シーズンと大きく異なるとは言えないと考えられた。

図3.インフルエンザ脳症のシーズン別ウイルス型割合の推移(2015年第36週~2024年第35週*、2024年10月8日時点)
* 2020/2021~2022/2023シーズンを除く

2023/2024シーズンに報告されたインフルエンザ脳症は、年齢中央値(四分位範囲)がA型、B型でそれぞれ8歳(4~13歳)、7歳(4~10歳)であり、年齢群別の報告数は、いずれの型においても2~12歳で多かった。A型において、年齢中央値は若干高かったものの、過去シーズンと概ね同様に小児が大半を占めていた。男性の割合はA型で63%、B型で50%であった。また、同シーズンのインフルエンザ脳症の届出時死亡例はA型で6例(6/120例, 5%)、B型で2例(2/42例, 5%)であった(2024年10月8日時点、表1)。2023/2024シーズンのインフルエンザ脳症は、性別、年齢分布、届出時点での死亡数・割合(%)に関して、過去シーズンと同様であった。

表1.シーズン別ウイルス型別インフルエンザ脳症の基本属性*(2015/2016シーズン~2023/2024シーズン、2024年10月8日時点)
* ウイルス型不明は除いている。また、届出時までに死亡し、死亡例として届出された症例の集計に基づいており、届出後に死亡した症例数を勘案していない。

2023/2024シーズンにおけるインフルエンザ定点当たり報告数、およびインフルエンザ脳症報告数は、インフルエンザのシーズン早期にベースラインを逸脱した推移を示した(2024年10月8日時点、図4)。

図4.2023/2024シーズンにおけるインフルエンザ定点当たり報告数(上図)とインフルエンザ脳症報告数(下図)および過去シーズンから算出したベースライン(2024年10月8日時点)

2023/2024シーズンのインフルエンザ脳症報告状況をウイルス型別でみると、インフルエンザA型脳症はシーズン早期にベースラインを上回る数の報告があった。一方で、インフルエンザB型脳症は、過去シーズンと同時期に報告されたが、その報告数はベースラインを上回った(2024年10月8日時点、図5)。

図5.2023/2024シーズンにおけるインフルエンザ定点当たり報告数(上図)とインフルエンザ脳症報告数(下図)および過去シーズンから算出したベースライン(2024年10月8日時点)

本検証では2019/2020シーズンにおいて、特に2020年初めは、新型コロナウイルス感染症流行に伴い、インフルエンザの流行規模が縮小した影響を受けて、ベースラインが過小評価になっている可能性が考慮された。しかし、2019/2020シーズンを除いた4シーズンで算出したベースラインと比較した感度分析を実施したところ同様の結果を示したことから本検証の結論に大きな影響はないと考えた。

COVID-19流行期に消失していたインフルエンザ流行が再興し、一定の流行規模となった2023/2024シーズンにおいて、感染症発生動向調査に報告されたインフルエンザ脳症は、インフルエンザ定点当たり報告数との比、病型割合、性別、年齢分布、届出時点での死亡数・割合(%)においては例年と同様であった。一方、インフルエンザ脳症のA型、B型いずれも流行時期や流行曲線のパターンにおいて、過去シーズンと異なる傾向がみられ、総じて「例年とは異なる」状況であった。これは、2023/2024シーズンのインフルエンザの流行自体が、例年よりも早い時期から始まり、前シーズンから定点当たり報告数が1を下回ることがなかったこと等、「例年と異なる」動向を呈していたことを反映した結果と考えられた。こうした「例年と異なる」シーズンの翌シーズンのインフルエンザの動向については、これまでに報告がないことから、今後も複数のサーベイランスを用いて、インフルエンザの流行状況を注視する必要があると考えられた。

なお、感染症発生動向調査で急性脳炎(脳症を含む)として報告される際の原因病原体は、報告医師により何らかの先行感染として原因が推測されたものが含まれ、必ずしも脳組織検体、髄液からの病原体検出に限ったものではないことに注意が必要である。

謝辞:感染症発生動向調査にご協力いただきました保健所、地方衛生研究所、自治体本庁、医療機関の皆様に深く感謝申し上げます。

 
[参考資料]
  1. 国立感染症研究所. IDWR 2024年第1号<注目すべき感染症>インフルエンザ
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-idwrc.html
  2. 国立感染症研究所. 今冬のインフルエンザについて(2022/23シーズン)
    https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/influ/fludoko2023.pdf
  3. 国立感染症研究所. インフルエンザウイルス分離・検出状況速報
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-inf.html
  4. 国立感染症研究所. IASR グラフ ウイルス(2018/19)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr/510-surveillance/iasr/graphs/9054-iasrgv1819.html

 


「感染症サーベイランス情報のまとめ・評価」のページに戻る

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version