国立感染症研究所

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ライノウイルスが原因と推定された高齢者介護保健施設における呼吸器集団感染事例―茨城県

(IASR Vol. 38 p.129-130: 2017年6月号)

ライノウイルス(HRV)はピコルナウイルス科エンテロウイルス属のウイルスであり, A, BおよびCの3種が知られている。現在, HRVは, 小児から高齢者まで幅広い年齢層に上気道炎のみならず下気道炎(気管支炎や肺炎など)を起こすことが広く認識されている1,2)。また, HRV感染により, 喘息や慢性肺疾患の増悪を引き起こすことも知られている3)。今回, 2016年6月, 茨城県内の高齢者入居施設において, HRVが原因と推定される集団呼吸器感染事例が発生し, 疫学的・分子疫学的解析を行った結果, 若干の知見を得たので以下に報告する。

 2016年6月22日, 管内の介護老人保健施設〔入所者93名(男性28名, 女性65名), 職員70名〕から, 発熱および呼吸器症状を主な症状とする集団発生が起きているとの連絡が入った。この一報を受け, 同日現地調査(患者調査など)を行うとともに, 発症者の隔離や面会制限, 飛沫・接触感染予防, 手洗い・うがいの徹底やマスク着用等の標準予防策と環境消毒などに関する助言・指導を行った。疫学的調査の結果, 患者は6月12日~6月30日にかけて発症し, 最終的に入所者の約30%にあたる28名, 職員1名の計29名に呼吸器症状がみられた(図1)。発症者(入所者)の平均年齢は79.7±9.7歳(平均±標準偏差), 男性15名(男性入所者中54%), 女性13名(女性入所者中20%)であった。発症者(入所者)の主な臨床症状は, 発熱25名(89%, 38.0±0.7℃), 咽頭痛8名(29%), 咳嗽21名(75%), 鼻汁過多17名(61%), 痰6名(21%) であった。そのうちの2名が肺炎, 気管支炎と診断され入院となった。なお, この2名には呼吸器系の基礎疾患はなかった。また, 本事例の原因を探索するため, 6月23日, 症状を呈した入所者6名より鼻腔ぬぐい液を採取し, 衛生研究所にてリアルタイム(RT-)PCR法による呼吸器ウイルスの検索を行った。対象としたウイルスは, インフルエンザウイルス(AおよびB型), RSウイルス, パラインフルエンザウイルス1~3型, ヒトメタニューモウイルス, アデノウイルス, ヒトボカウイルスおよびライノウイルスとした。結果として, ライノウイルスのみが6例すべてから検出され, 本事例の原因病原体であると推定した()。さらに, 検出されたライノウイルス遺伝子のVP4/VP2領域をRT-PCR法で増幅し, ダイレクトシークエンス法により塩基配列を決定 (約450bp) したところ, 配列が決定できた5例の塩基配列は100%一致した。さらに, この5例の配列(390bp, 塩基配列位置:623-1012)について, 既報3)に従い, 最尤法(ML法) による系統樹解析を行った結果, 解析株は系統樹上, HRV-A23型に分類された(図2)。また, HRV遺伝子解析を行った5症例は, それぞれ6月12日, 16日, 18日, 21日あるいは22日に発症しており, 居住階は2階と3階にまたがっていた。これらのことから, 本事例は感染源が同一のHRV集団感染事例であったことが推察された。

当該施設の入所者のほとんどは車いすを使用していたが, 一部独歩やシルバーカーを使用する人もいた。また, 日中は共有スペース(食堂)で過ごす人が多く, 発生の同週には外食レクリエーションが実施され, 数人がまとまって車で移動していたことなどから, これらの機会が感染拡大の場となった可能性も示唆された。

本事例では, 施設から保健所への通報があった時点で発症者は総数20名となっており, 報告の遅延により, 事例終息までの期間の延長や罹患者が増加したことも推測された。今後, より早い段階で, このような呼吸器集団感染事例を探知するとともに, 必要な助言・指導が行えるよう, 各施設に対し周知を徹底していくことも肝要であると考える。また, 今回検出されたライノウイルスを含むエンテロウイルス属のウイルスはエンベロープを持たないウイルスであり, アルコール消毒薬に抵抗性があると言われている4,5)。このため, 呼吸器症状を伴う集団発生事例に対しては, 飛沫感染対策に加え, 環境消毒には次亜塩素酸ナトリウムを用いることも視野に入れる必要性があろう。さらに, 最近の知見によれば, HRVの高齢者施設での集団感染は, 国内外で報告されており, その中にはインフルエンザの施設内流行と同様な疫学的・臨床所見を示すとともに, 患者が重症化する例も報告されている6,7)。本事例においても呼吸器系の基礎疾患のない人が下気道炎により2名入院したことから, 高齢者がHRV感染のハイリスク群であることが再認識されるとともに2), 当該施設のような高齢者の集団生活の場においては, 年間を通じた呼吸器集団感染を防ぐための標準予防策や感染経路別予防策の徹底が必要であると思われる。

 

参考文献
  1. White DO, et al., 医学ウイルス学第四版, 近代出版, p355-357
  2. Gern JE, Palmenberg AC, Fields Virology 6th edition, p531-549
  3. Arakawa M, et al., Journal of Medical Micro-biology 61: 410-419, 2012
  4. 厚生省保健医療局結核感染症課監修, 消毒と滅菌のガイドライン, へるす出版, p36-80
  5. 尾家重治, 消毒薬の選び方・使い方, じほう, p71-109
  6. 板持雅恵ら, IASR 37: 179-180, 2016
  7. Hicks LA, et al., J Am Geriatr Soc 54: 284-289, 2006

 

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