エンテロウイルスによる新生児重症感染症
(速報掲載日 2024/12/6)はじめに
エンテロウイルス(EV)とは、ピコルナウイルス科に属するRNAウイルスの総称であり、コクサッキーウイルスA群(CV-A)、コクサッキーウイルスB群(CV-B)、エコーウイルスなどが含まれる。EV感染症は手足口病をはじめとして多彩な病状を示す疾患であり、多くは自然軽快する1)。一方で、髄膜炎や敗血症、心筋炎などの重症感染症に進展する場合があり、特に新生児や乳児では注意を要する1)。2022~2023年にヨーロッパにおいて、エコーウイルス11型(E-11)による新生児の致死的感染症が相次いで報告されており、世界保健機関(WHO)および厚生労働省検疫所FORTHから注意喚起がされていた2)。今回、2024年8~11月に当院で新生児の重症感染症で集中治療管理を要した4症例からEV(E-11が3症例、CV-B4が1症例)が検出されたため報告する。
症例1
周産期歴に異常のない男児。幼児の同胞あり。児の出生後の発症前に、父に1日だけ発熱がみられた。日齢7から哺乳不良、傾眠、黄疸が出現し、日齢9に活気不良を主訴に前医に入院となった。意識障害、肝障害、腎障害、血小板減少、凝固障害、高フェリチン血症が認められ、全身管理目的に、同日、当院小児集中治療室(PICU)に搬送された。急性肝不全、急性腎不全、血球貪食性リンパ組織球症(HLH)に対して、血漿交換を含む血液浄化およびステロイド投与などを行った。経過中、心機能低下をともなわない不整脈(torsades de pointes)を認めた。自施設で日齢9の血清のmultiplex real-time PCRを実施したところ、EVが陽性であった。内科的管理を継続するも多臓器不全の改善なく、敗血症を契機に日齢32に永眠となった。後日、自施設での日齢9の血清から得られた検体を用いたVP1部分領域の塩基配列による遺伝子解析でE-11と同定された。
症例2
低出生体重(2,400g台)以外は周産期歴に異常のない男児。幼児の同胞あり。出産前後に家族内に有症状者はいなかった。日齢8より哺乳不良、活気不良が認められ、同日前医に入院となった。鼻咽頭ぬぐい検体のFilmArray®呼吸器パネル2.1検査(FA)ではhuman rhinovirus(HRV)/EVが陽性であった。日齢9に肝障害、腎障害、汎血球減少、凝固障害、高フェリチン血症を認め、急性肝不全、急性腎不全、HLHに対して、血漿交換を含む血液浄化およびステロイド投与などが施行された。しかし、状態は改善せず、精査および加療目的に日齢39に当院PICUへ搬送された。自施設で日齢8の残血清を用いたmultiplex real-time PCRを実施したところ、EVが陽性であった。急性肝不全、急性腎不全、HLHの診断で内科的管理を継続するも多臓器不全の改善なく、日齢52に永眠となった。後日、東京都健康安全研究センターでの日齢8の血清から得られた検体を用いたVP1部分領域の塩基配列による遺伝子解析でE-11が同定された。
症例3
周産期歴に異常のない男児。同胞なし。出産前後に家族内に有症状者はいなかった。日齢4に無呼吸発作が認められ、前医新生児集中治療室(NICU)に入室した。日齢6から活気不良、黄疸が出現し、急性肝不全およびHLHが疑われ、精査および加療目的に日齢8に当院PICUへ搬送となった。鼻咽頭ぬぐい検体のFAではHRV/EVが陽性、自施設で日齢9の血清および日齢10の髄液のreal-time PCRではいずれもEVが陽性であった。肝障害、血小板減少、軽度の凝固障害、高フェリチン血症、髄液細胞数の増多が認められ、急性肝不全、HLH、無菌性髄膜炎の診断で内科的管理を行い(血液浄化やステロイド投与は要さなかった)、状態は改善した。経過中、発作性上室性頻脈を認めたが心機能低下は認めなかった。後日、自施設での日齢9の血清から得られた検体を用いたVP1部分領域の塩基配列による遺伝子解析でCV-B4が同定された。
症例4
低出生体重(2,300g台)以外は周産期歴に異常のない男児。幼児の同胞あり。出産前後に家族内に有症状者はいなかった。日齢5に哺乳不良が認められ、嘔吐が続くことを主訴に前医に入院となった。肝障害、腎障害、血小板減少、凝固障害、高フェリチン血症が認められ、鼻咽頭ぬぐい検体のFAではHRV/EVが陽性であった。急性肝不全の診断で、精査および加療目的に日齢9に当院PICUへ搬送となった。自施設で日齢10の血清のmultiplex real-time PCRを実施したところ、EVが陽性であった。急性肝不全、急性腎不全、HLH疑いに対して、血漿交換を含む血液浄化およびステロイド投与など内科的管理を行った。肝不全および腎不全の改善なく、敗血症を契機に日齢26に永眠となった。後日、自施設での日齢10の血清から得られた検体を用いたVP1部分領域の塩基配列による遺伝子解析でE-11と同定された。
考 察
直近4カ月間に集中治療管理を要したEVによる新生児重症感染症4例を経験した。EV感染症は、基本的には自然軽快する予後良好な疾患であるが、稀に髄膜炎や心筋炎、敗血症、肝不全といった重症感染症を引き起こす。ヒトに感染するEVには110種類以上の遺伝子型が存在し、今回同定されたE-11やCV-B4は一般的には発疹をともなう急性熱性疾患や、無菌性髄膜炎、急性心筋炎等との関連が指摘されている1)。本邦では今夏から手足口病の著しい流行が認められているが、手足口病の主な原因ウイルスはCV-A6、CV-A16、CV-A10、EV-A71などであり3)、E-11やCV-B4は稀である。また、本邦において、2024年(本稿執筆時点)にヒト由来検体から同定されたEVのうち、E-11やCV-B4の著しい増加は探知されていない4,5)。新生児期のEV感染症は垂直感染も含めた有症状者からの感染が考慮されるが、今回の症例の中には明確な有症状者との接触がない患児もいた。EVは不顕性感染や罹患後に長期間便中に排泄されることがあるため、感染源を推定することは困難なことも多い。なお、4症例とも別の医療機関で出生しており、同一施設内でのアウトブレイクではない。また、今回の4症例は、背景の基礎疾患等を十分に検討できずに致死的な経過をたどった症例があり、EV以外に重症化に寄与した要因が存在している可能性を否定できない。
本報告の4症例はすべて新生児期早期に発症し、凝固障害をともなう急性肝不全、HLHが疑われて集中治療管理を要したが、その臨床像は様々であった。致死的な転帰をたどった3例からはE-11が同定された。海外からの報告では、2022~2023年にかけてヨーロッパでE-11による新生児重症感染症が相次いで報告されており、高い致命率が示されている2)。本邦においても今後、EVによる新生児の重症感染症の増加に注意が必要である。特に、新生児の敗血症や、凝固障害をともなう急性肝不全を含む多臓器不全、高フェリチン血症や血球減少といったHLHや新生児ヘモクロマトーシスを疑う場合には、EVによる重症感染症の可能性を想起し、血液や鼻咽頭ぬぐい液検体に存在しうるEVの検査を考慮することが早期探知のために重要である。EV感染症は、手足口病やヘルパンギーナが小児科定点医療機関より報告されるが、本疾患のような重症例からもEVが検出される場合がある。EVの遺伝子型別は医療機関では日常的には行われないことから、「新生児期の肝障害を含む多臓器障害、凝固障害、高フェリチン血症等」を来たすような重篤な症例の発生においては、医療機関と保健所や地方衛生研究所とが連携し状況把握を行うこと、および、それらの症例におけるEV遺伝子型別まで含めた病原体検出状況について広域的かつ積極的な実態調査が望まれる。
参考文献
- 細矢光亮, 小児のエンテロウイルス感染症, 環境感染誌 32: 344-354, 2017
- 厚生労働省検疫所FORTH, エンテロウイルス・エコーウイルス11型感染症―ヨーロッパ地域, Disease outbreak news 2023年7月7日
https://www.forth.go.jp/topics/2023/202300707_00001.html(最終アクセス:2024年11月7日) - 国立感染症研究所, IDWR 2024年第27号<注目すべき感染症>手足口病
https://www.niid.go.jp/niid/ja/hfmd-m/hfmd-idwrc.html(最終アクセス:2024年11月7日) - 国立感染症研究所, IASR 速報集計表 ウイルス, 年別ウイルス検出状況、由来ヒト:エンテロウイルス(1)、2020~2024年
https://kansen-levelmap.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data58j.pdf(最終アクセス:2024年11月7日) - 国立感染症研究所, IASR 速報集計表 ウイルス, 年別ウイルス検出状況、由来ヒト:エンテロウイルス(2)、2020~2024年
https://kansen-levelmap.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data60j.pdf(最終アクセス:2024年11月7日)