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国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター第一室

全国地方衛生研究所

流行株抗原性解析
 国立感染症研究所(感染研)では、国内で流行するインフルエンザウイルスの性状を把握し、インフルエンザ対策およびワクチン株選定に役立てるため、全国地方衛生研究所(地研)で分離・同定されたウイルス株総数の約10%を無作為に抽出し、解析を行っている。
 流行株とワクチン株の抗原性を比較する目的で、フェレット感染血清を用いた赤血球凝集阻止(HI)試験または中和試験による抗原性解析を実施した。

 現行の季節性インフルエンザワクチンは、ワクチン原株として選ばれたウイルスを鶏卵で継代して製造している。そのため、継代の間に、ウイルスが鶏卵に馴化することでアミノ酸置換が起こり、抗原性が変化(抗原変異)することがある。その結果、流行株とワクチン製造株の抗原性が一致しなくなる場合があり、世界的に問題となっている。

 抗原性解析試験:結果の見方

2017/2018シーズン抗原性解析結果 (データ更新日:2018年10月10日)NEW

A(H1N1)pdm09 : 2018年2月以降の流行株では、解析したほぼ全ての株において、WHOのワクチン推奨株であるA/ミシガン/45/2015(細胞分離株)、および国内のワクチン製造株で、A/ミシガン/45/2015と抗原的に類似しているA/シンガポール/GP1908/2015(ワクチン製造株)と抗原性が類似していた図1)。

A(H3N2) : 2018年2月以降の流行株では、解析したほぼ全ての株において、A/香港/7127/2014(2017/18シーズンワクチン株A/香港/4801/2014株の抗原性類似株)の細胞分離株と抗原的に類似していた。細胞分離の参照株として、A/香港/7127/2014細胞分離株を用いたのは、A/香港/4801/2014株よりもA/香港/7127/2014株のほうが安定した結果が得られたためである。一方で、流行株の8割以上が国内ワクチン製造株であるA/香港/4801/2014(X-263)の抗血清との反応性低下が認められ、ワクチン抗原と流行株の抗原性相違が推定される。これは鶏卵での増殖能獲得過程で鶏卵馴化に伴い、元株からの抗原性変化が生じたことに起因している。2018/19シーズンのワクチン株であるA/シンガポール/IFNIMH-16-0019/ 2016においても、A/香港/7127/2014株やA/香港/4801/2014株と同様、解析したほぼ全ての流行株が細胞分離株に対する血清とは類似の抗原性を示し、鶏卵で増殖させたワクチン製造株の血清においては、A/香港/4801/2014(X-263)よりも改善がみられるものの、7割近くの流行株において反応性の低下が認められた図2)。

B(ビクトリア系統) : 2018年2月以降のビクトリア系統の分離株では、解析した流行株の約6割が、2017/18シーズンのワクチン株であるB/テキサス/02/2013(細胞分離株およびワクチン製造株)と抗原性が類似していた。しかしながら、2016年以降、HAに2アミノ酸欠損(162および163番目)あるいは3アミノ酸欠損(162~164番目)を持つウイルスが世界的に広がってきており(遺伝子系統樹を参照)、これらのウイルスは従来の流行株とは異なった抗原性を示すことが明らかとなっている。グラフにおいて、抗B/テキサス/02/2013血清との反応性が低い株は、主に2アミノ酸欠損の流行株を表している。一方で、代表的な2アミノ酸欠損ウイルスであるB/コロラド/06/2017(WHOワクチン推奨株)の細胞分離株に対する血清および、同じく2アミノ酸欠損ウイルスであるB/メリーランド/15/2016(2018/19シーズンワクチン製造株)に対する血清と低い反応性を示す流行株は、従来の流行株を表している。図3)。

B(山形系統) : 2018年2月以降の山形系統の流行株では、解析したほぼ全ての株において、ワクチン株B/プーケット/3073/2013(細胞分離株およびワクチン製造株)と抗原性が類似していた(図4)。

 

遺伝子系統樹
 国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター第一室が解析した季節性インフルエンザウイルスの遺伝子配列を用いて、HA遺伝子系統樹を作成した。国内外で流行しているウイルスと比較するため、各地方衛生研究所にて分離された株の遺伝子配列だけではなく、海外で分離された株の遺伝子配列も解析に加えている。なお、海外の研究機関で解析された遺伝子配列はインフルエンザウイルス遺伝子データベースGISAID(Global Initiative on Sharing All Influenza Data:http://platform.gisaid.org/epi3/frontend)から入手している。 
2017/2018シーズン系統樹(データ更新日:2018年10月10日)NEW

A(H1N1)pdm09:解析した株は全てHA遺伝子系統樹上のクレード6B.1(共通アミノ酸置換:S84N, S162N, I216T)内のS74R, I295V群に属していた(図1)。またほとんどのウイルスはS74R, I295V群内に分岐したS164T群に属し、さらにP137S, I267T, I372L群、L161I, I404M群、S183P群、T120A群など複数の集団を形成した。NAタンパク質にH275Y置換を有するオセルタミビル耐性株は散発的に検出されているが、耐性株の流行は確認されていない。

A(H3N2):最近の流行株はHA遺伝子系統樹上のサブクレード3C.2a(L3I, N144S, F159Y, K160T, Q311H, D489N、代表株:A/Hong Kong/4801/2014)に属している(図2)。3C.2a内にはサブクレード3C.2a1(N171K, I406V, G484E、代表株:A/Singapore/INFIMH-16-0019/2016)、3C.2a2(T131K, R142K, R261Q)、3C.2a3(N121K, S144K)、3C.2a4(N31S, D53N, R142G, S144R, N171K, I192T, Q197H)が形成されている。2018年1月以降、3C.2a2株が増加傾向(75.2%)にある。3C.2a1はさらに、3C.2a1a(N121K, G479E, T135K, N122D)、3C.2a1b(N121K, K92R, H311Q)に分岐し、3C.2a1b内には3C.2a1b+135K(E62G, R142G, T135K; 12.8%)および3C.2a1b+135N(T135N; 9.0%)が、3C.2a2内にはA212T群が形成されており、遺伝子的に多様化が進んでいる。

B (ビクトリア系統):解析した株は全て、HA遺伝子系統樹上のクレード1A(共通アミノ酸置換N75L、N165K, S172P、代表株:B/Brisbane/60/2008、B/Texas/02/2013)内の、N129D, I117V, V146Iを有する集団に属していた(図3)。その中で複数の群が形成されており、遺伝子的には多様化が進んでいる。その中で、ワクチン株(B/Brisbane/60/2008あるいはB/Texas/02/2013)に対して抗原性変異株のサブクレード1A.1[共通アミノ酸置換I180V, R498Kおよび2アミノ酸欠損(162, 163)、代表株:A/Maryland/15/2016]に属するウイルスが2月以降増加傾向にあり、今後の流行が注目される。現在までに日本では、1A.1株は8株検出されている。

B (山形系統):解析株は全て、HA遺伝子系統樹上のクレード3(共通アミノ酸置換S150I, N165Y, N202S, S229D)内でB/Phuket/3073/2013株を代表とする群(共通アミノ酸置換N116K, K298E, E312K)内のL172Q, M251V群に属した(図4)。また、共通アミノ酸を持たない集団も多く形成されており、遺伝子的に多様化が進んでいる。

 

各NA遺伝子系統樹

A(H1N1)pdm09

A(H3N2)

B(ビクトリア系統)

B(山形系統)

 

 
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan