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新規抗インフルエンザ薬バロキサビル未投与患者からのバロキサビル耐性変異ウイルスの検出

(速報掲載日 2019/3/12) (IASR Vol. 40 p67-69: 2019年4月号)

新規抗インフルエンザ薬バロキサビル マルボキシル(商品名ゾフルーザ、以下バロキサビル)は、日本国内において2018年2月に承認され、3月より使用可能となった。国立感染症研究所と全国地方衛生研究所は共同で、2017/18シーズンからバロキサビルに対する耐性株サーベイランスを実施している1,2)

インフルエンザウイルスPA蛋白質の38番目のアミノ酸I38はA型およびB型ウイルス間で高度に保存されており、A(H3N2)ウイルスのPA I38T変異は遺伝子データベースに登録された17,227件のPAシークエンス中に1件も含まれていない3)。また、日本ならびに米国で実施されている流行株の耐性株サーベイランスにおいてもPA I38T変異は1例も検出されていない1,4)。一方、バロキサビルの臨床試験では、バロキサビル投与によりPA I38T変異が検出され、ウイルスのバロキサビル感受性低下に関与することが明らかになっている5)。したがって、PA I38T耐性変異はバロキサビル投与に起因する変異であると考えられている3,5)。実際に2018年12月には横浜市でバロキサビル投与後の小児から、PA I38T耐性変異を持ち、バロキサビルに対する感受性が約80~120倍低下したバロキサビル耐性変異A(H3N2)ウイルスが2株検出された3,6)。本稿では、2018年11月~2019年2月にかけて採取されたA(H3N2)ウイルスの解析により、バロキサビル未投与患者3名からバロキサビル耐性変異ウイルス3株を検出したので報告する。

2018年11月に三重県保健環境研究所において、12歳の小児からPA I38T耐性変異ウイルス(A/三重/41/2018)が検出された。患者は散発例で発症翌日に医療機関を受診し、インフルエンザと診断された。検体採取前に抗インフルエンザ薬の投与を受けておらず、バロキサビル未投与例であった。

2019年1月には横浜市衛生研究所において、インフルエンザにより入院中の5歳と6歳の小児からそれぞれPA I38T耐性変異ウイルス(A/横浜/88/2019およびA/横浜/87/2019)が検出された。A/横浜/88/2019が検出された5歳の小児は、発症4日目に医療機関を受診し、オセルタミビルの投与が開始され解熱傾向となったが、発症7日目に呼吸器症状を認め、入院となった。発症前には、通園していた幼稚園でインフルエンザの集団発生があった。入院時に検体採取されたが、オセルタミビルの投与を受けており、バロキサビル未投与例であった。一方、A/横浜/87/2019が検出された6歳の小児は、発症日にバロキサビルの投与を受け翌日に解熱したが、発症3日目に顔面浮腫により医療機関を受診し、尿検査値異常を認め入院となった。検体採取はバロキサビル投与6日目であり、バロキサビル投与に起因する耐性変異ウイルスであると考えられた。A/横浜/87/2019およびA/横浜/88/2019は異なる遺伝子配列を持っており、2名の患者間での直接の感染伝播は無かったと判断されたが、5歳の患者の発症から4日目に母、5日目に父、6日目に姉がインフルエンザを発症し、6歳の患者の発症から2日目に妹がインフルエンザを発症しており、それぞれ家族内感染の可能性がある。

2019年2月には国立感染症研究所において、生後8か月の乳児からPA I38T耐性変異ウイルス(A/神奈川/IC18141/2019)が検出された。患者は発症翌日に医療機関を受診し、オセルタミビルの投与が開始された。受診時には38.9℃の熱があったが、オセルタミビル投与翌日には37℃台後半に、翌々日には37℃以下に下がった。検体採取前には抗インフルエンザ薬の投与を受けておらず、バロキサビル未投与例であったが、発症前日に兄がインフルエンザを発症しバロキサビルの投与を受けており、兄弟間での感染伝播の可能性がある。

PA I38T耐性変異はバロキサビル投与に起因する変異であると考えられているため、上記3名のバロキサビル未投与患者から検出された3株のPA I38T耐性変異ウイルス(A/三重/41/2018、A/横浜/88/2018およびA/神奈川/IC18141/2019)は、バロキサビル投与患者から感染伝播した可能性が示唆される。次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析により、今シーズンに日本国内で検出された11例のPA I38T耐性変異A(H3N2)ウイルス感染患者のうち、8例では患者の体内でPA I38T耐性変異ウイルスと変異を持たない感受性ウイルスが混在していたことが分かった。一方、ヒト上気道上皮細胞のウイルスレセプター発現パターンを模したヒト化MDCK細胞(hCK細胞)で分離したウイルスの遺伝子解析から、8例中3例ではウイルス分離後に感受性ウイルスが消失しPA I38T耐性変異ウイルスに完全に置き換わったことが確認された。したがってhCK細胞におけるPA I38T耐性変異ウイルスの増殖能は、感受性ウイルスと比べて十分保持されていることが明らかになった。これまでに、実験室株A/Victoria/3/75(H3N2)のPA蛋白質にI38T変異を導入した人工ウイルスを用いた実験から、培養細胞におけるPA I38T耐性変異ウイルスの増殖能は変異を持たない野生型ウイルスと比べて低下することが報告されている5)が、現在の流行株には適用されない可能性がある。

2018年10月~2019年1月の間に、日本国内の医療機関に供給されたバロキサビルは約550.9万人分と報告されており、昨シーズンの約40万人分から急増している。日本国内の耐性株サーベイランスにおいて、昨シーズンはバロキサビル耐性変異ウイルスの検出率は0%であったが、今シーズンは増加傾向にある2)。日本国内で報告されたバロキサビル耐性変異ウイルスは、生後8か月から14歳までの患者から検出されており、ほとんどが12歳未満の小児である。バロキサビルの第Ⅲ相臨床試験において、耐性変異ウイルスの検出率は12歳以上で9.7%、12歳未満では23.4%と高く、また耐性変異ウイルスが検出された患者ではウイルス力価の再上昇が認められ、感受性ウイルスが検出された患者と比べて罹病期間が延長することが報告されている5,7)。米国では2018年10月に12歳以上のインフルエンザ感染患者を対象としてバロキサビルが承認されたが、12歳未満の小児に関しては現在第Ⅲ相臨床試験が進行中で、未承認である。バロキサビル耐性変異ウイルスの発生動向の把握は、国内のみならず世界的にも極めて重要な公衆衛生上の課題であり、国立感染症研究所と全国地方衛生研究所では引き続きバロキサビル耐性株サーベイランスを実施し、速やかに情報提供を行っていく。

hCK細胞は東京大学医科学研究所の河岡義裕教授から分与を受けた。

 

参考文献
  1. Takashita E, et al., Susceptibility of influenza viruses to the novel cap-dependent endonuclease inhibitor baloxavir marboxil, Front Microbiol 9: 3026, 2018
  2. 抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランス    
    http://www.nih.go.jp/niid/ja/influ-resist.html
  3. Takashita E, et al., Detection of influenza A(H3N2) viruses exhibiting reduced susceptibility to the novel cap-dependent endonuclease inhibitor baloxavir in Japan, December 2018, Euro Surveill 24: pii=1800698, 2019
  4. Gubareva LV, et al., Assessing baloxavir susceptibility of influenza viruses circulating in the United States during the 2016/17 and 2017/18 seasons, Euro Surveill 24: pii=1800666, 2019
  5. Omoto S, et al., Characterization of influenza virus variants induced by treatment with the endonuclease inhibitor baloxavir marboxil, Sci Rep 8: 9633, 2018
  6. 高下恵美ら、IASR 40: 30-31, 2019
  7. Hayden FG, et al., Baloxavir marboxil for uncomplicated influenza in adults and adolescents, N Engl J Med 379: 913-923, 2018

 

国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター
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