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定点サーベイランスにおける重層的な指標の有用性検討:季節性インフルエンザにおけるNESIDでの定点当たり報告数と国立病院機構での検査数・陽性数・陽性率を含めたトレンド(傾向)とレベル(水準)

(速報掲載日 2022/10/27) (IASR Vol. 43 p260-263: 2022年11月号)
 
背 景

 季節性インフルエンザや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含めた感染症の発生動向・流行状況を正確に把握・評価し、対策の方向性の決定・政策の立案やリスクコミュニケーション等に貢献するためには、患者報告数だけに頼らない重層的なサーベイランスが重要である。中でも、指定した医療機関に継続的に届出を求める定点サーベイランスは、一定程度の流行が認められる感染症においては、体系的、継続的な質の高いデータを効率的に収集し、適時(タイムリ―)、サーベイランスの基軸となるトレンド(傾向)とレベル(水準)を把握、評価することが可能である。また、クラスターなど局所的な異常を探知するイベントベーストサーベイランス(EBS)と組み合わせることで、全数把握サーベイランスと同等またはそれ以上の精度で感染症の動向を監視することができる。世界保健機関(WHO)はインフルエンザを含めた呼吸器疾患の定点サーベイランスとして、インフルエンザ様疾患(ILI)サーベイランス、および重症急性呼吸器感染症(SARI)サーベイランスを用いて、全外来受診者数中のILI患者数の割合やILI患者数中のインフルエンザ陽性例の割合(つまり陽性率)、SARI患者数等を経時的に示すことを推奨している1,2

 わが国の、法に基づく感染症サーベイランスである感染症発生動向調査事業(NESID)におけるインフルエンザサーベイランスとして、インフルエンザ定点医療機関(全国約5,000カ所の内科・小児科医療機関)から主に迅速診断キットの陽性例が報告され、定点当たりの報告数が算出される患者サーベイランス3,4)、基幹定点(全国約500医療機関)におけるインフルエンザの新規重症者(入院者)の動向を把握する入院サーベイランス、インフルエンザウイルスの型・亜型別の検出数を報告する病原体サーベイランスが行われている。患者サーベイランスの課題としては、患者報告数が届出対象であり、検査数が把握されていないことが挙げられる。患者報告数の推移は受診行動等による検査数の変化にも影響を受けるため、陽性数だけでなく検査数や陽性率を同時に評価することが重要である。これにより、例えば、夏季にはインフルエンザの検査を一定程度行っていてもインフルエンザの陽性数がほとんどみられないのか、また、秋季からはインフルエンザを疑って検査される数とともにそれらが陽性になる確率も増加するのか、などを検討することができる。

 一方、法に基づくサーベイランスではないが、国立病院機構140病院では、診察医師がインフルエンザを疑い、迅速診断キットで検査を行った症例について、2週間おきに検査数・陽性数・陽性率をウェブサイトで公開している(以下、国病データ)5-7)。そこで本稿では、検査数・陽性数・陽性率の指標の有用性を検討するために、NESIDでの定点当たり報告数と国病データの指標のトレンドとレベルを比較検討した。

方 法

 国立病院機構ウェブサイトから、2011年4月〜2022年6月の期間における検査数・陽性数・陽性率を抽出し、同時期のNESIDでのインフルエンザの定点当たり報告数とともに2週間ごとの時系列的なトレンドを検討した。また、各シーズン(第36週~翌35週)におけるそれぞれの指標のピークの時期を比較した。さらに、国病データの各指標とNESIDの定点当たり報告数のレベルの相関を検討した。本研究は、令和4年度 新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業研究「新型インフルエンザ等の感染症発生時のリスクマネージメントに資する感染症のリスク評価及び公衆衛生的対策の強化のための研究(20HA1005)」の分担研究として行われた。

結 果

 国病データの各指標とNESIDの定点当たり報告数のトレンドは類似していた。ただし、シーズン開始時の国病データの陽性率の立ち上がりはNESIDの定点当たり報告数の立ち上がりよりも早い年が多かった(図1)。NESIDの定点当たり報告数のピークと比較して、国病データの陽性率のピークは9シーズン中5シーズンで早いタイミングであった()。さらに、国病データの各指標(特に陽性数)とNESIDの定点当たり報告数は高く相関していた(図2)。

考 察

 国立病院機構の医療機関数はNESIDの定点数と比較して約1/30であるが、全国におけるトレンド・レベルは、非常に良く類似・相関していた。国病データの陽性率の結果から多くのシーズンで流行の立ち上がりを早期に検出できていたが、これは、メディア等でインフルエンザの流行が国民全体に周知されることにより患者の受診動機、医師の検査動機となり、検査数が増えるために、陽性率の立ち上がりのタイミングが陽性者数よりも相対的に早くなるためと考えられる。このことは陽性率とNESIDの定点当たり報告数を比較した図2で、陽性率が比較的低い値では定点当たり報告数は増加していないことからも示唆される。また、COVID-19のパンデミック以降、NESIDにおいてインフルエンザの定点当たり報告数は激減したが、これは検査が十分にされていないために減少したのか、患者数が実際に減少したのかが不明であった。しかし、国病データでは、検査が一定程度なされているにもかかわらず、陽性者の報告がほとんどなかった。これにより、受診行動の影響を受けにくい入院サーベイランス等の他の情報7,8)と合わせて、インフルエンザの患者数が実際に減少していたことが示された。COVID-19パンデミック前の非流行期(シーズン外の時期)においても、国病データでは一定程度検査がなされており、一部陽性者が検出されていることも有用な情報となり得る。これらのことから、相対的に少ない定点数でも、全国のトレンド・レベルをとらえることは十分に可能であり、さらに、検査数・陽性数・陽性率という複数の指標を用いることで、検査状況を考慮した上での、より信頼性の高い評価が可能になることが分かる。実際、海外の多くの国の定点の絶対施設数・人口当たりの施設数は日本と比較して少ないが、定点サーベイランスの主な目的を真の感染者数の推定とするのではなくトレンドとレベルを監視することに設定し、定点を持続的に運用することで、効率良く、体系的に、質の高いデータを収集し、適時に意思決定に関与できるサーベイランスを実現している。本報告の制限として、地域/都道府県単位・年齢層別・型別の比較はしていないことなどが挙げられる。COVID-19の流行が継続する中で、今後は、NESIDにおけるインフルエンザサーベイランスと並行して、本報告で示したようなデータ等も重層的に監視・活用していくことが重要となる。

 

参考文献
  1. WHO, Global epidemiological surveillance standards for influenza
    https://apps.who.int/iris/handle/10665/311268
  2. WHO, End-to-end integration of SARS-CoV-2 and influenza sentinel surveillance: revised interim guidance
    https://www.who.int/publications/i/item/WHO-2019-nCoV-Integrated_sentinel_surveillance-2022.1
  3. 国立感染症研究所, 日本の感染症サーベイランス
    https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/nesid/nesid_ja.pdf
  4. 厚生労働省, 感染症法に基づく医師の届出のお願い:インフルエンザ
    https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-28.html
  5. 国立病院機構におけるインフルエンザ全国感染動向
    https://nho.hosp.go.jp/cnt1-1_0000202204.html
  6. 谷口清州ら, IASR 42: 243-245, 2021
  7. IASR, 43: 99-101, 2022
  8. IASR, 42: 242-243, 2021

国立感染症研究所感染症疫学センター
 新城雄士 有馬雄三 高橋琢理 鈴木 基
独立行政法人国立病院機構三重病院
 谷口清州
国立病院機構本部
 堀口裕正

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