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2016年9月上旬にシンガポールへの渡航歴のある患者から分離されたA/H3亜型インフルエンザウイルス―三重県

(掲載日 2016/10/25) (更新日 2016/11/10)(IASR Vol. 37 p.233-234: 2016年11月号)

2016/17シーズンの三重県内のインフルエンザ定点(内科、小児科)医療機関における迅速診断キットによる測定結果により、A型インフルエンザウイルスの検出が2016年第36週に2件、第39週に1件、第40週に11件報告1)されている(第40週現在)。今回、三重県感染症発生動向調査事業において2016年第35週(9月)にシンガポールへ渡航歴のある患者検体から分離されたA/H3亜型インフルエンザウイルスの遺伝子系統樹解析について報告する。 

本患者(男性;58歳)は2016年8月27~30日にかけてシンガポールに滞在したのち、帰国後の9月1日に症状を呈し、9月2日(第35週)に本県A市の医療機関を受診した。受診時には発熱(38℃)、関節痛と筋肉痛を呈しており、当初、シンガポールで発生が確認されたジカウイルス等の蚊媒介性感染症が疑われたが、医療機関で実施されたインフルエンザウイルス簡易迅速診断キットによる検査でA型インフルエンザウイルス抗原が検出された。 

医療機関より報告を受けた管轄保健所は、当研究所にインフルエンザウイルスの亜型同定を依頼した。医療機関で採取された咽頭ぬぐい液検体を用いてインフルエンザウイルス遺伝子検査(リアルタイムRT-PCR)を実施した結果、A/H3亜型インフルエンザウイルス遺伝子が検出された。MDCK細胞を用いてウイルス分離を試みたところ、2代培養で細胞変性が認められた。ウイルス培養上清液に対し0.75%モルモット赤血球を用いた赤血球凝集(HA)試験を行ったところ、力価は64であった。そこで、国立感染症研究所(感染研)より配布された2016/17シーズンの同定試験用抗インフルエンザウイルス血清と、0.75%モルモット赤血球を用いて赤血球凝集抑制(HI)試験を行った。最近のA/H3亜型インフルエンザウイルスは、ノイラミニダーゼ(NA)タンパク質の151番目のアミノ酸に置換が生じると、NAタンパク質がHA活性を呈する。このため、従来のHI試験では抗原性の差異が正確には測定できず参考値となるが、本ウイルス株はA/Hong Kong/4801/2014(H3N2)抗血清に対してHI価160(ホモ価5,120)を示した。なお、A/California/7/2009(H1N1)pdm09の抗血清(同640)、B/Phuket/3073/2013(山形系統)の抗血清(同640)、B/Texas/2/2013(Victoria系統)の抗血清(同640)に対するHI価は10未満であった。後日、感染研インフルエンザウイルス研究センターへ中和試験による抗原性解析を依頼したところ、本ウイルス株は今シーズンのワクチン株(A/Hong Kong/4801/2014:H3N2)に抗原性が類似していたことが判明した。  

前述のHI試験の結果および、咽頭ぬぐい液検体について実施した遺伝子検査による亜型同定の結果から、分離されたウイルス株(A/三重/26/2016)はA/H3亜型インフルエンザウイルスであることが明らかとなった。今回の検出事例は帰国する間際に発熱症状を呈していることから、シンガポールでの滞在時にA/H3亜型インフルエンザウイルスに罹患し、国内に持ち込まれたと推測される。なお、咽頭ぬぐい液、血液、尿の検体を用いてジカウイルス、デングウイルス、チクングニアウイルスを対象とした遺伝子検査を試みたがこれらのウイルス由来遺伝子は検出されなかった。

遺伝子系統樹解析

Global Initiative on Sharing All Influenza Data (GISAID) EpiFlu database (http://platform.gisaid.org)から国内外のA/H3亜型インフルエンザウイルス株(A/三重/26/2016)の遺伝子配列データをダウンロードし、遺伝子系統樹解析を行った。ヘマグルチニン(HA)遺伝子系統樹解析により、本ウイルスはHAタンパク質にL3I、N144S、F159Y、K160T、Q311H、D489Nのアミノ酸置換を持つクレード3C.2aに分類された。A/三重/26/2016株にはさらに、アミノ酸置換N171K、I406V、G484Eを有する特徴がみられ、昨シーズンから流行しているウイルス群の一つに属することが明らかとなった()。また、2016年4~8月に本県で検出および分離された同亜型ウイルス株も同様のアミノ酸置換を有していたが、2016年10月上旬に本県で検出されたA/H3亜型インフルエンザウイルス2)はクレード3C.2aに属したものの、アミノ酸置換N171K、I406V、G484Eを有しておらず、アミノ酸置換R142Kを保持していた。

今冬の流行期に国内で分離されるA/H3亜型インフルエンザウイルス株(クレード3C.2a)との相同性について注視するとともに、2016年に米国や豪州等で検出されているクレード3C.3aに属するA/H3亜型インフルエンザウイルスの動向について関心が持たれる。

謝辞:本報告を行うにあたり、貴重なご意見をいただいた国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センターの中村一哉先生、岸田典子先生、藤崎誠一郎先生、渡邉真治先生にお礼申し上げます。三重県感染症発生動向調査事業の検体の収集等を担当された職員の方々、関係各位に深謝いたします。

参考文献
  1. 三重県感染症情報センター インフルエンザ定点(内科、小児科)における迅速診断キット測定状況2016/17シーズン
     http://www.kenkou.pref.mie.jp/topic/influ/kit/infkit1617.htm
  2. 三重県感染症情報センター 2016/17シーズンのインフルエンザウイルス分離・検出状況
     http://www.kenkou.pref.mie.jp/topic/influ/bunri/bunrihyou1617.htm

 

三重県保健環境研究所
 矢野拓弥 前田千恵 楠原 一 赤地重宏 天野秀臣 米川 徹
桑名保健所
 大川智子 紀平由起子 長坂裕二 
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