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インフルエンザ 2020/21シーズン

(IASR Vol. 42 p239-241: 2021年11月号) (2021年12月7日黄色部分改訂)

 

 2020/21シーズン(2020年第36週/9月~2021年第35週/8月)のインフルエンザは, 例年の流行期に報告数の増加を認めず, 他の複数の指標においても顕著に低いレベルでの推移が観察され, 流行を示唆する傾向は認められなかった。これは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行と, その対策による影響も考えられた。

 2020/21シーズン患者発生状況:感染症発生動向調査では, 全国約5,000のインフルエンザ定点医療機関(小児科約3,000, 内科約2,000)からインフルエンザ患者数が毎週報告される。2020/21シーズンの各週の定点当たりの報告数は, 2021年第5週における定点当たり0.02人/週(患者報告数98人)が最大で, 流行開始の指標である1.00人/週を超えた週はなかった(図1)(本号4ページ)。定点報告を基に全国医療機関を受診したインフルエンザ患者数を推計すると, 累積推計受診者数は約1.4万人(約1.3万人から約1.4万人へ改訂)であり(2020年第36週~2021年第17週), 前シーズン同時期(728.9万人), 前々シーズン同時期(1,200.5万人)と比較しても顕著に少なかった。基幹定点医療機関(全国約500カ所の300床以上の病院)を対象としたインフルエンザ入院サーベイランスにおける入院患者総数も2018/19シーズン20,719人, 2019/20シーズン13,011人と比較し, 2020/21シーズン(2021年第17週まで)は131人と極めて少なかった。インフルエンザ様疾患発生報告(学校欠席者数)に報告された学級閉鎖学校数も3校(2020年第36週~2021年第9週)で, 20,000校以上が報告された前年, 前々年同時期から大きく減少した。全数把握5類感染症である急性脳炎(脳症を含む)の届出にはインフルエンザ脳症の報告はなかった。三重県で実施されているインフルエンザ様疾患サーベイランスにおいても流行の傾向はみられなかった(本号5ページ)。

 2020/21シーズンウイルス分離・検出状況:全国の地方衛生研究所が分離・検出したインフルエンザウイルス報告総数は7(表1), うちインフルエンザ定点で採取された検体からの分離・検出数は5, 同定点以外の検体からの分離・検出数は2であった(表2)。型・亜型別ではA/H1pdm09亜型が2株, A/H3亜型が4株, B型は山形系統, Victoria系統ともに分離・検出の報告はなかった。C型は1株検出されていた(表2)。A/H1pdm09亜型は2020年第43週, 第44週に長崎県で1株ずつ, A/H3亜型は2021年第6週に山形県(本号8ページ)から, 第9週に宮城県から, それぞれ2株ずつ報告されている(図1図2)。

 2020/21シーズン分離ウイルスの遺伝子および抗原性解析:国立感染症研究所で国内・アジア地域分離株の遺伝子解析およびフェレット感染血清を用いた抗原性解析を行った(本号9ページ)。国内で検出されたA/H1pdm09亜型2株はヘマグルチニン(HA)遺伝子系統樹解析の結果, 183P-5A1(D187A, Q189E)に属した。抗原性解析では, 2020/21シーズンワクチン株A/Guangdong-Maonan/SWL1536/2019(183P-5A1)の卵分離株に対するフェレット感染血清とよく反応した。A/H3亜型は, 国内4株, ラオス, ネパールからの分離株14株のHA遺伝子系統樹解析の結果, 国内株とラオス株は3C.2a1b.2a1, ネパール株は3C.2a1b.2a2に属した。抗原性解析では, 試験をしたすべての株において, 2020/21シーズンのワクチン株A/Hong Kong/45/2019の細胞分離株, およびA/Hong Kong/2671/2019の卵分離株(ともに3C.2a1b.1b)に対するフェレット感染血清との反応性が悪かった。B/Victoria系統は日本で検出はされなかったが, 海外株のHA遺伝子系統樹解析では, 1A.3a1, または1A.3a2に属する株が多かった。抗原性解析では, 1A.3a1および1A.3a2に属するウイルスは, 2020/21シーズンのワクチン株であるB/Washington/02/2019の細胞分離株および卵分離株に対するフェレット感染血清との反応性は良くなかった。B/山形系統は解析された株はなかった。

 2020/21シーズン分離ウイルスの薬剤耐性:2020/21シーズンに国内で分離された2株のA/H1pdm09亜型ウイルスは, ノイラミニダーゼ(NA)阻害剤およびバロキサビルに対する耐性を示さなかったが, アマンタジンに対しては耐性であった。国内および海外(ネパール, ラオス)で分離された14株のA/H3亜型ウイルスもNA阻害剤およびバロキサビルに対して耐性を示さなかったが, アマンタジンに対する耐性を示した。B型ウイルスは検査に供する株がなかった(本号9ページ)。

 2020/21シーズン前の抗体保有状況:予防接種法に基づく感染症流行予測調査事業により, 2020年7~9月に採取された血清(3,244名)を用いて, インフルエンザウイルスワクチン株に対する抗体保有状況を調査した(本号14ページ)。年齢群別の抗体保有率(HI価≧1:40)は, A/H1pdm09亜型のA/Guangdong-Maonan/SWL1536/2019に対しては10~24歳の年齢群で40%以上と最も高かった。A/H3亜型のA/Hong Kong/2671/2019に対する抗体保有率は調査株4つの中では最も高く, 5~49歳, および70歳以上の年齢群において41-83%であった。B/山形系統のB/Phuket/3073/2013に対する抗体保有率は15~39歳で60%以上と他の年齢群より高く, B/Victoria系統のB/Victoria/705/2018に対しては, 40~54歳の年齢群において最も高く30-40%であった。

 インフルエンザワクチン:2020/21シーズンはA型の2亜型とB型の2系統による4価ワクチンとして約3,342万本(1mL換算, 以下同様)が製造され, 約3,274万本(推計値)が使用された。2021/22シーズンワクチン製造株は, A/H1pdm09亜型はA/Victoria/1/2020(IVR-217)が, A/H3亜型はA/Tasmania/503/2020(IVR-221)が選定された。B型は2020/21シーズンに引き続きB/山形系統はB/Phuket/3073/2013が, B/Victoria系統はB/Victoria/705/2018(BVR-11)が選定された(https://www.mhlw.go.jp/content/000772862.pdf)。

 3歳未満児に対するインフルエンザワクチンの有効性に関する多施設共同症例・対照研究が行われ, 2回のワクチン接種により発病リスクを約1/2程度に低下させると考えられた(本号17ページ)。

 鳥・ブタインフルエンザウイルスのヒト感染例:2020年9月以降に発生したA/H5亜型ウイルスによるヒト感染例は, 高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)A(H5N1)ウイルスがラオス, インドから報告され, 2003年以降, 通算で863例(うち456例死亡)となった。2020年9月以降にA(H5N6)ウイルスのヒト感染例は中国, ラオスで確認され, 2020年12月にはA(H5N8)ウイルスによる初めてのヒト感染例がロシアで確認された。A(H7N9)ウイルスによるヒト感染例は, 2013年以降に1,568例(うち616例死亡)が確認されているが, 2019年3月以降の報告はない。A(H9N2)ウイルスによるヒト感染例は2020年10月以降, 中国, カンボジアで確認されたが, いずれも軽症であった。2021年4月にはA(H10N3)ウイルスのヒト感染例が初めて中国で報告された。また, A/H5亜型ウイルスによるHPAIが2020年9月以降, 日本を含むアジア, 欧州, アフリカ等において家禽や野鳥の中で発生した。

 ブタは, 哺乳類や鳥類由来インフルエンザウイルスの交雑宿主として遺伝子再集合した新しいウイルスを排出する可能性がある。2020/21シーズンではA(H3N2)v, A(H1N1)v, A(H1N2)vウイルスのヒト感染例が米国, カナダで報告され, 2020年10月以降ではオーストラリア, 中国, 欧州, ブラジル等でもブタ由来ウイルスのヒト感染例が報告されている。日本の周辺国では散発的に鳥インフルエンザウイルスのヒト感染例が報告され, また, 日本でもヒトA/H1pdm09亜型ウイルスとブタインフルエンザウイルスが遺伝子再集合したウイルスが, ブタから検出されている。これらウイルスの発生状況を注視していく必要がある(本号19ページ)。

 おわりに:2020年第19週以降, インフルエンザ報告数は減少し, 2020/21シーズンには例年の流行期においても報告数は低いレベルで推移した。また, 複数の指標においても流行を示唆する兆候はみられなかった。一方, 2021年の夏以降, 海外では報告数が増加している地域もあり, 2021/22シーズンにはインフルエンザが流行する可能性も考えられる(本号21ページ)。インフルエンザの流行に備えて, 引き続き高齢者等のハイリスクグループへのインフルエンザワクチン接種等の公衆衛生上の対策と, 通年的なインフルエンザウイルスの分離・検出, 流行株の抗原変異・遺伝子変異の解析, 薬剤耐性ウイルスの出現, 国民の抗体保有率の調査, 等の包括的なインフルエンザに対する監視が重要である。 

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