国立感染症研究所

 エイズ研究センターは、HIVの属するレトロウイルスに起因する感染症を対象とし、その疾病制圧に向けた研究を推進している。特に、HIV感染症の克服に結びつく研究の推進を主目的とし、わが国のエイズ対策研究において中核的役割を果たしてきた。HIV感染症は、結核・マラリアとともに世界三大感染症の一つであり、その制圧は国際的に極めて重要な課題である。国内における感染者数増大も加速する傾向にあり憂うべき状況にある。1990年代より抗HIV薬開発が進展し、先進国では抗HIV薬多剤併用療法の導入によりHIV感染者の予後に改善がみられたが、それにもかかわらずHIV感染拡大には歯止めがかからず、新規エイズ患者の発生が続いている。流行地域でのHIV感染拡大は、HIVに増殖・変異の場を与えることから、先進国で奏効している抗HIV薬に対する耐性変異株の出現や、免疫反応による抑制をよりうけにくい強毒HIV株の出現に結びつく可能性も危惧されている。したがって、本邦のHIV感染症の克服という視点においても、グローバルなHIV感染拡大の抑制と国内のHIV感染のコントロールの両者を見据えた総合的な対策が必要である。HIV感染症が慢性持続感染を特徴とすることから、長期的視点に基づいた事業を推進し、経時的変化に対応して発展させていく必要がある。エイズ研究センターは、このような総合的・持続的研究が可能な国内拠点として、HIV感染症対策に結びつく戦略研究を推進している。

 衛生行政・国民への啓発等の社会的予防活動に加え、ワクチン、抗HIV薬を含めた総合戦略が重要であるが、症状の潜伏期間の長いHIV感染症では社会的予防活動のみによる封じ込めが困難であることから、グローバルなHIV感染拡大阻止の切り札として予防ワクチン開発は鍵となる戦略である。一方、国内のHIV感染症対策としては、上記のグローバルな視点での取り組みならびに国外の疫学情報収集に基づく国内への感染拡大の抑制に加え、国内の社会的予防活動の強化およびHIV感染者の治療法の向上を中心とする総合的かつ持続的な戦略が求められる。

そこで当センターでは、
(1) グローバルなHIV感染拡大阻止に必要な予防エイズワクチン開発
(2) HIV感染者に対する治療法の向上
(3) 国内の施策の基盤となる情報獲得
  
の3点を主目的とする研究を推進している。

 

 

 予防エイズワクチン開発を目的とする研究としては、優れたエイズモデルを構築し、この系を用いてHIV持続感染成立阻止に結びつく免疫機序の解明研究を展開するとともに、エイズワクチン開発を推進している。特に、世界有数の優れた細胞傷害性Tリンパ球(CTL)誘導能を有するセンダイウイルスベクターを用いたワクチンについては、国際エイズワクチン推進構想(IAVI)を中心とする国際共同臨床試験第1相プロジェクトが進展中である。

 HIV感染者の治療に関しては、国内の抗HIV薬治療患者検体の解析により、薬剤耐性株の出現・伝播についての調査を進め、臨床へのフィードバックを含め成果を得てきた。今後、これらの解析を継続・発展させるとともに、長期間投薬による副作用等の病態の把握に努める予定である。新規治療薬開発に向けては、HIV複製・感染病態の分子生物学的解析を進め、治療標的となる機序・因子の同定を推進中である。

 国内施策の基盤情報獲得に向けては、まず国内の診断・検査技術の向上および精度管理に関して中心的役割を果たしてきており、今後も精度の高い診断体制の確立に貢献していく予定である。さらに、国内外の疫学的調査研究を推進し、これまで特にアジア諸地域の疫学情報を得てきた。これらについて今後も継続・発展させるとともにウイルス進化の研究としても推進していく考えである。なお、当センターで構築した感染性分子クローン樹立系は、各HIV株の増殖能等の解析のための基本技術として有用である。一方、HIV流行地域であるアフリカ・アジア等を対象とし、その診断検査技術向上を目的として、JICA の要請による HIV感染診断技術に関する国際研修を年一回開催している。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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