国立感染症研究所

IASR-logo

沢水飲用が原因として疑われるジアルジアの国内感染事例―群馬県

(IASR Vol. 36 p. 15- 16: 2015年1月号)

ジアルジア症は鞭毛虫類に属する消化管寄生性原虫Giardia(以下ランブル鞭毛虫)による下痢を主症状とする感染症で、人や動物の腸管内に寄生し、経口摂取することで伝播する(糞口感染)1,2)。本邦での届出の多くは海外渡航時の感染例であるが、見過ごされている可能性も否定できず、国内での感染が疑われる場合は正確に把握されることが望ましい1)。今回、2014年5月下旬に群馬県内の山間部地域での沢水飲用が原因として疑われる、ランブル鞭毛虫の国内感染事例の届出がなされたので、詳細を報告する。

感染者は77歳一人暮らしの男性。海外渡航歴はなく、食事は自分で調理喫食している。動物飼育は行っていない。既往歴として糖尿病治療歴があるが、現在投薬はなく、それ以外に特別な既往症はない。2014年4月下旬に10日間ほど下痢が続いたため、5月上旬に近医受診し、医師がジアルジアなどの寄生虫疾患を疑い便検査が行われ、ランブル鞭毛虫が確認された。ジアルジア症と診断され、5類感染症として当保健所へ発生届出がなされた。なお、便細菌検査は行われていないが、抗寄生虫薬治療で下痢症状は軽快し、他の感染症は否定的である。また、診断医の病歴聴取により沢水(湧水)の飲用が原因として推測され、感染者は沢水を10年間飲用していたことが後に判明した。

8月上旬に感染者の同意と同行のもと、当該沢水の水質調査を行った。まず、飲用した箇所の調査で、道路に面して沢水を認めた()。感染者が飲用していた箇所で検体①(20L)を採取した。さらに、道路に面して20m離れたところにも別の沢水があり、この沢水の約20m上流部で検体②(20L)を採取した。感染者の飲用した沢水は約50m上流の湧水から始まり、木や草が生い茂り枯れ葉が山積した林の中を流れていた。定法に従い、親水性PTFE膜加圧ろ過濃縮、免疫磁器ビーズ精製、蛍光抗体染色の顕微鏡検査を行ったが、2検体いずれからもランブル鞭毛虫は検出されなかった。感染時期から4カ月を経過し、梅雨の季節を経て洗い流されてしまった可能性が指摘された。なお、付近は山林部で家屋はないが、感染者の話では野生動物をみかけるとのことであった。この地域の4月上旬は、山あいに残雪が認められる時期で、雪解けとともに冬季の汚染が流れ始める恐れがあった。

最近の本邦のジアルジア症は年間50~100例前後の届出があり、2006~2013年の届出578例の感染要因として海外渡航が250例、性的接触による感染が71例、下水や糞便曝露による感染が6例、原因不明が251例と報告されている3)。1997年の厚生労働省の水道水源におけるランブル鞭毛虫の検出調査で、ランブル鞭毛虫は河川22地点(9.4%)、ダム・湖沼2地点(5.4%)で検出され、検出された地点は特定の地域に偏在せず全国に分布していた1,4)。また、2010年には本邦で初めてジアルジアに汚染された飲料水を原因とする集団感染が報告された5)。便中のシストは排出後水中で数カ月生存可能である2)。ランブル鞭毛虫は野生動物にも感染して人獣共通感染症としての注意も要し、これらを総合すると国内感染の可能性は無視できないと考えられる。

今回の水質調査の結果では、残念ながら感染者が飲用した沢水およびその周辺地域の沢水からランブル鞭毛虫は検出されなかったが、海外渡航歴はなく、国内での感染が明らかであった。生活状況や既往歴などから沢水以外の感染経路は考えにくい。また、感染者が飲用した沢水の周辺地域は野生動物が行き交う所である。本事例の感染経路として動物の糞便中にあるランブル鞭毛虫のシストに汚染された沢水飲用による糞口感染が疑われる。

今回のような沢水などのランブル鞭毛虫検索は困難な場合が多いと思われるが、ランブル鞭毛虫の汚染源と国内感染に丁重に対応する必要があると考える。

謝辞:論文作成にご教示いただいた渋川保健福祉事務所長・小畑 敏氏に深謝いたします。

 
参考文献
  1. 遠藤卓郎ら,モダンメディア50(4): 73-77, 2004
  2. 伊藤直之,日獣会誌66: 701-708, 2013
  3. IASR 35(8): 185-186, 2014
  4. 厚生労働省:水質関係情報;水道原水等での存在状況―日本における調査例
    http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/jouhou/suisitu/c2betu1.html
  5. 篠崎邦子ら, IASR 35(8):191-192, 2014

 

群馬県利根沼田保健福祉事務所 (利根沼田保健所)
  下田 優 斎藤明男 小池幹善 永井みゆき 杉木由美子 田仲久人 高橋 篤
群馬県衛生環境研究所
  佐々木佳子 黒澤 肇 小澤邦尋

 

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version