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手足口病・ヘルパンギーナ 2007年~2017年9月

(IASR Vol. 38 p.191-193: 2017年10月号)

手足口病およびヘルパンギーナは, 口腔粘膜の水疱性の発疹および発熱を主症状とし, 乳幼児を中心に夏季に流行する一般的なエンテロウイルス感染症である。わが国では, いずれも感染症法に基づく定点把握の5類感染症に分類されており, 全国約3,000の小児科定点から臨床診断による患者数が毎週報告される。手足口病は「手のひら, 足底または足背, 口腔粘膜に出現する2~5mm程度の水疱」と「水疱は痂皮を形成せずに治癒」, ヘルパンギーナは「突然の高熱での発症」と「口蓋垂付近の水疱疹や潰瘍や発赤」, のそれぞれの臨床症状を満たす患者が報告される(届出基準はそれぞれhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-20.html, http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-25.html)。

一部症例に由来する検体を用いた病原体サーベイランスも実施されている。手足口病およびヘルパンギーナの主要な原因ウイルスは, A群エンテロウイルス(Enterovirus A)である。手足口病患者からは, 主にコクサッキーウイルスA6, A16(CV-A6, CV-A16), およびエンテロウイルスA71(EV-A71)が, ヘルパンギーナ患者からは主にコクサッキーウイルスA4, A6, A10(CV-A4, CV-A6, CV-A10)等が検出される。本特集では, 2007年~2017年9月末現在(第38週)の手足口病およびヘルパンギーナの患者発生動向とウイルス検出状況をまとめた(過去の特集:手足口病はIASR 33: 55-56, 2012, ヘルパンギーナはIASR 26: 235-236, 2005)。

患者発生動向とウイルス検出状況:感染症発生動向調査による2007~2017年の手足口病(図1)およびヘルパンギーナ(図2)の定点当たり患者報告数の推移をみると, いずれの疾患も流行のピークは夏季である。手足口病は2011年以降ほぼ2年ごとに患者数の多い年が現れているが(2011, 2013, 2015, 2017年), ヘルパンギーナの年ごとの患者数の変動は手足口病と比べると小さい(図1, 2)。両疾患とも小児科定点からの報告であるため, 成人の動向は不明である。定点から報告された患者では, 手足口病患者(図3), ヘルパンギーナ患者(図4)とも, 9割は5歳以下であった。海外の手足口病全数報告サーベイランスでも, 6か月~5歳の手足口病罹患率は他の年齢群よりも高く, 15歳以上の罹患率は低いとされている(Lancet Infect Dis 14: 308-318, 2014)。
 

図5に地方衛生研究所(地衛研)で2007~2017年に検出された種々のA群エンテロウイルスを示す。手足口病患者からはCV-A6, CV-A16, EV-A71が検出された。このうちCV-A6は2011年以降, 大規模な手足口病流行を起こした(図1,5)。EV-A71は2010年, 2013年に比較的多く検出されたが, 2014年以降は大きな流行を起こしていない。ヘルパンギーナ患者からは, 検出頻度順にCV-A4, CV-A6, CV-A10, CV-A2, CV-A5, CV-A8が検出され, 主要流行型が年ごとに替わる場合が多い(https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-sp/510-graphs/4892-iasrgnatsu.html)。

手足口病・ヘルパンギーナの実験室診断:手足口病とヘルパンギーナの実験室診断には, 発症期の咽頭ぬぐい液や糞便等の検体を用いたウイルス分離と遺伝子検査が行われている。培養細胞を用いたウイルス分離の場合, RD細胞やVero細胞など複数の細胞を使用すると, いずれの疾患でも分離効率を上げることができる。培養細胞でのウイルス分離効率はヘルパンギーナで低いため, 一部の地衛研では, 乳飲みマウスによるウイルス分離が行われてきた(本号1012ページ, Konno, et al., JJID 64: 167-168, 2011, https://www0.niid.go.jp/JJID/64/167.html)。

近年は, 検査の迅速化・簡便化, また, 培養細胞での分離効率の低いエンテロウイルスを検出するため, 検体からの遺伝子検査が一般的となっている。塩基配列解析によるウイルス型の同定には, カプシド領域のVP4-VP2部分領域, VP1部分領域の増幅による解析(CODEHOP RT-semi-nested PCR等)が汎用されている(病原体検査マニュアル・手足口病, ヘルパンギーナ)。一般的には, 血清型との相関性が高いVP1領域の塩基配列解析によるウイルス同定が妥当であると思われる (IASR 30: 12-13, 2009)。2014年の感染症法改正を受け, エンテロウイルス検査についても信頼性確保のための取り組みが進められている(本号9ページ)。

近年の手足口病流行の特徴:日本では, CV-A6はヘルパンギーナ患者から主に検出されていたが, 2009年以降, 手足口病患者からの検出が増加し(IASR 33: 55-56, 2012), 2011~2017年の手足口病大規模流行では, CV-A6が主要な原因ウイルスとなった(本号3, 5, 67ページ)(図5)。CV-A6による非典型的な手足口病は, 近年, アジア地域を含め世界的に拡がり, その臨床的特徴は, 高頻度の高熱(38℃以上), 大腿部や臀部等にいたる広範な発疹, 爪甲脱落症等である(本号8ページ, Lancet Infect Dis 14: 83-86, 2014)。

エンテロウイルスによる中枢神経合併症:1990年代後半以降, マレーシア, 台湾, 中国, ベトナム, カンボジア等, 東アジア地域を中心に, EV-A71による乳幼児の中枢神経合併症などの重症例・死亡例をともなう大規模な手足口病流行が発生し, 公衆衛生上大きな問題となっている(本号11ページ)。中枢神経合併症重症例(脳炎, 脳幹脳炎, 麻痺等)の多くはEV-A71感染によると考えられており, 神経原性肺水腫あるいは心肺機能不全を呈した場合には致命率が高い。中国本土における手足口病サーベイランスの結果, 2008~2012年の約5年間で約720万人の手足口病症例が報告され, そのうち重症例は82,484, 死亡例は2,457であった(Lancet Infect Dis 14: 308-318, 2014)。手足口病症例の多くは5歳以下で, 12~23か月齢の致命率が最も高かった。死亡例の約90%はEV-A71陽性であった。わが国では, 手足口病の重症例・死亡例は稀であるが散発例の報告があり(IASR 19: 55, 199828: 342-344, 2007), EV-A71流行時には, 小児の中枢神経合併症の発生頻度が高くなる。そのため, EV-A71による手足口病流行時には, 中枢神経合併症の増加に十分留意する必要がある。一方, 中枢神経合併症の頻度は低いとされているCV-A6が脳炎症例から検出されていることから(本号5ページ), EV-A71以外のエンテロウイルスと中枢神経疾患の関連についても留意が必要である(IASR 37: 33-35, 2016)。

予防と対策:感染経路は主として飛沫感染, 接触感染であるため, 手洗いの励行と排泄物の適正な処理が重要である。エンテロウイルス感染症に対する治療は原則対症療法のみである。重症エンテロウイルス感染症の大規模流行の経験を有するアジア諸国では, 発症および重症化の予防を目的としたワクチン開発を積極的に進めており, 2016年, 中国は世界初の不活化EV-A71ワクチンを市場導入した(本号13ページ)。

おわりに:エンテロウイルス感染が疑われる中枢神経合併症症例の病原体検索には髄液検体が汎用される。しかし, A群エンテロウイルスは, 無菌性髄膜炎の主要な原因となるB群エンテロウイルス(Enterovirus B)と比較すると, 髄液からの検出率が顕著に低いため, 咽頭ぬぐい液や糞便等も合わせて検査することが望ましい。継続したエンテロウイルス感染症の病原体サーベイランスと情報還元が重要である。

 

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