国立感染症研究所

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日本におけるブルセラ症
-感染症法施行前(1999年3月31日)まで-

(IASR Vol. 33 p. 186-187: 2012年7月号)

 

日本で、ブルセラ症が感染症法により届出疾患となる以前(~1999年3月31日)の患者について文献報告を元に調査した。その結果を表1に示す。

国内での最初の症例報告は、1933年に西川が報告した京都でのBrucella abortus 感染と思われる女性の症例である1) 。その当時、京都府では菌を保有する牛が20%、また、感染牛を飼育する牧場は82%にもおよぶ牛ブルセラ病流行地域であった。患者は、牛乳を温めて飲用していたが、殺菌目的の加熱は行っておらず、そのため感染したと考えられた。診断は凝集反応により行い、家畜ブルセラ菌特異的抗体が検出されている。

B. abortus 感染症は、1897年に牛の流産胎仔からB. abortus を発見したBangにちなんで、バング氏病と呼ばれていた。また、国内の牛からの最初の菌分離は1916年であり、国内に蔓延していた。

その後、1962年に鶴見が1933~1962年までの報告を調査し、まとめて発表している2) 。それによると、上述した症例を含めてこの間に男性34名、女性17名の51例の報告があり、このうち6例が死亡したとされている。患者の年齢は20~40歳が多くなっていた。国外感染・発症後帰国が3例、患者検体の検査等による検査室感染が13例と非常に多く、その他国内で感染したと推定されるものが34例である。これら症例のうちB. melitensis 感染は、検査室感染を除きすべて輸入症例であった。家畜関係の職業に従事している者に多い傾向があった。症状は、波状熱、全身倦怠感などで、死亡例は心内膜炎、敗血症、脊椎ブルセラ症などであった。

B. melitensis は過去から現在まで国内の家畜で感染報告はない。

その後も報告が散見されるが、渡航歴が無く、国内で感染したと考えられるB. abortus 感染症例3-5) もある。

B. melitensis 感染では、海外で感染し、帰国後に国内で発症した輸入症例が報告されている。渡航先はインドとイラクで、いずれもブルセラの常在地域である6,7) 。インドで感染した患者のケース(1980年)では検査担当者が検査室感染を起こし、それぞれ2カ月、4カ月にわたり血液から菌が分離されている(IASR 16: 127, 1995参照)。抗体価も高値を示したが、菌が分離された期間を過ぎると下降していった6) 。

イラクで感染した患者の場合(1998年)は、夫婦で感染するという特異な感染事例となった7,8) 。夫は、イラク旅行の1カ月後より発症し、発症後3カ月目に検査したところ抗体陽性であったことからブルセラ症と診断された。妻は、夫の発症から約2カ月遅れて発症し、受診時には夫が診断後であったため即時にブルセラ症を疑い確定している。ただ、妻には海外渡航歴が無く、本症例は、非常にまれとされているヒト-ヒト感染であったと推定されている7,8) 。その後、どちらの症例からも菌が検出され、同定されている。

さらに特異な感染事例として、母親が妊娠中にペルーで発症・治療(3週間の投薬)を受けた後、日本国内でその子供が発症するといった症例(1995年)が報告されている5) 。患児は1歳7カ月の時に発症(高熱)し、血液および骨髄液からB. abortus が分離された。27週、916gという早産・低出生体重ではあったが、出生時からそれまでには、持続する発熱など明らかな異常は見られていなかった。先天性のブルセラ症か経乳感染したのかは明らかにはなっていない。凝集反応では患児、母親ともに疑似と判定され、抗体価は高くなかったが、母親の方が若干、高値を示していた。投薬により寛解している。

B. canis 感染については持続的発熱、体重減少、頸部リンパ節腫脹を示し、B. canis に対する抗体が陽性となった報告が1例のみ見つかった9) 。しかし、繁殖施設でイヌのブルセラ病の流行が多発した1970年代(表2)に実施された、ヒトのB. canis に対する抗体調査の報告によると、ヒトにおける抗体保有率は東京都民3.9%(40/1,017)、飼育管理者30%(7/23)であり、その他の報告を含めても2.0%(69/3,440)となっている10) 。また、報告としては残っていないが、当時はB. canis に実験室感染した例も少なからずあったと伝えられている。

B. canis は、米国のビーグル犬繁殖施設で流産が多発し、1966年にCarmichaelによりその原因菌として分離・報告された。日本でも最初は実験用ビーグルの繁殖施設で流行したが、その後、一般のイヌでも感染が見られるようになっていった。

 

 参考文献
1)西川治良兵衛, 東京医事新誌 2843: 23-24, 1933
2)鶴見等, 日本伝染病学会雑誌 36: 201-204, 1962
3)武田 勇, 他, 病理臨床 23: 486, 1975
4)Takahashi H, et al., Internal Med 35: 310-314, 1996
5)小久保稔, 他, 日本小児科学会雑誌 101: 1067-1070, 1997
6)伊佐山康郎, 他, 日本細菌学雑誌 37: 336, 1982
7)寺田一志, 他, 臨床放射線 44: 953-956, 1999
8)Kato Y, et al., J Travel Med 14: 343-345, 2007
9)室豊吉, 他, 綜合臨床 30: 549-552, 1981
10)伊佐山康郎, 獣医畜産新報 47: 97-101, 1994

 

国立感染症研究所獣医科学部第1室 今岡浩一 木村昌伸

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