国立感染症研究所

logo

2011/12シーズンのインフルエンザ分離株の解析

(IASR Vol. 33 p. 288-294: 2012年11月号)

 

1.流行の概要
2011/12インフルエンザシーズンは、A(H3N2) ウイルスが流行の主流であり、A(H1N1)pdm09の流行はほとんどみられなかった。A(H3N2) は2012年第3週をピークに減少し、第9週以降はB型の報告数がA型の報告数を上回った。

2012年9月27日時点の総分離・検出数7,187株における型/亜型分離・検出比は、AH1pdm09が0.2%(15)、AH3亜型が71%(5,123)、B型が28%(2,041)であった。B型はVictoria系統とYamagata(山形)系統の混合流行で、その割合は2:1であった。

2.各亜型の流行株の抗原性解析
2011/12シーズンに全国の地方衛生研究所(地研)で分離されたウイルス株は、各地研において、例年どおり国立感染症研究所(感染研)からシーズン前に配布された孵化鶏卵(卵と標記)分離のワクチン株に対して作製された同定用キット[A/California/7/2009(H1N1)pdm09、A/Victoria/210/2009(H3N2)、B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)、B/Bangladesh/3333/2007(山形系統)]を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって、型・亜型・系統同定が行われた。感染研では、感染症サーベイランスシステム(NESID )経由で情報を収集し、分離・同定されたウイルス総数の約10%を無作為に選択し、地研から分与を受けた。それらについてフェレット参照抗血清を用いて抗原性解析を実施した。

2-1)卵分離による分離株の抗原性変異について
国内外の多くのサーベイランス実施機関では、流行株の分離にはイヌ腎上皮細胞由来のMDCK細胞を用いている。一方、ワクチン製造用としては卵分離株を用いることになっているため、ワクチンおよびその候補株は卵で分離される。最近、A(H3N2) およびB型分離株では、卵で分離、継代すると抗原部位および糖鎖付加部位にアミノ酸置換が起こり、ヒトのウイルスを反映すると考えられる細胞分離株からは顕著に抗原性が変化する傾向が見られている(本号13ページ参照)。このため、卵分離株に対して作製したフェレット参照抗血清を用いたHI試験においては、MDCK細胞で分離された流行株とは大きく異なる可能性がある。そこで、感染研では流行株の抗原性をより正確に評価するために、抗原性解析の大半は抗MDCK細胞分離株フェレット抗血清を用いて実施した。

2-2)A(H1N1)pdm09ウイルス
抗原性解析:6種類のフェレット感染血清を用いて、国内で分離された9株のうち8株について抗原性解析を行った。A(H1N1)pdm09ウイルスは、卵分離株および細胞分離株それぞれに対して作製したフェレット抗血清の反応パターンに違いはなく、卵馴化の影響は今のところ出ていない。HI試験による抗原性解析の結果、6株がワクチン株であるA/California/7/2009(H1N1)pdm09に抗原性が類似していたが、2株はA/California/7/2009(H1N1)pdm09に対する抗血清にHI価で8倍以上低下した変異株であった。これらの変異株については、特に集積傾向は無く、散発的な発生と考えられる。海外株については、台湾とラオスより各1株収集し、抗原性解析を行ったところ、2株ともワクチン株類似であった。

遺伝子系統樹解析:国内外の分離株は遺伝子系統樹上で8つのクレードに区分された(図1)。国内分離株はクレード6または7に属しており、海外で流行しているウイルスと同じ集団を形成した。これら8クレード間には抗原性の違いはなく、すべてワクチン株A/California/7/2009類似株であった。また、HI価で8倍以上の抗原変異株(HAタンパク質の抗原領域Saの153-157 番目にアミノ酸置換を有する株)はクレード6、7内に分散しており、特定の集団形成は認められなかった。また、ノイラミニダーゼ(NA)タンパク質に薬剤耐性マーカーのアミノ酸置換H275Yを有する株は、今シーズンは国内分離株からは検出されなかった。

2-3)A(H3N2) ウイルス:
抗原性解析:国内では 3,706株が全国の地研で分離・同定された。国内および海外(中国、台湾、韓国、ラオス)からの 351株について、8~9種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を行った。2-1)に示した理由により、感染研では本亜型ウイルスの抗原性解析は、A/Victoria/210/2009 ワクチン類似株で細胞分離のA/Niigata (新潟)403/2009および今シーズンの代表的な細胞分離株A/Victoria/361/2011抗血清で評価した。

その結果、シーズンを通した全流行期間での分離株については、解析した分離株の約64%がワクチン類似株であるA/Niigata (新潟)/403/2009に類似していたが、そのうちの約43%はHI価で4倍程度の反応性の低下を示した。また、8倍以上反応性の低下した変異株はシーズン前半(2011年9月~2012年2月期集計)から46%あり(IASR 33: 95-97, 2012)、シーズン全体では約34%であった。

一方、ワクチン株A/Victoria/210/2009 からHI価で4~8倍程度抗原性が変化した最近の代表株A/Victoria/361/2011に対する抗血清は、全期間を通して解析した株の100%とよく反応した。このことから、2011/12シーズンの分離株は、ワクチン株A/Victoria/210/2009からわずかに抗原変異した新たな代表株A/Victoria/361/2011類似株へと変化したことが示された。

遺伝子系統樹解析:国内分離株はすべて、HAタンパク質にT212A アミノ酸置換を持つVictoria/208クレード[代表株:A/Victoria/208/2009 株、A/Victoria/361/2011株、A/Shizuoka(静岡)/736/2009株]に属した(図2)。Victoria/208クレードは、サブクレード3~7に区分され、さらにサブクレード3は3A、3B、3Cの3つのサブクレードに区分された。国内分離株はほとんどがサブクレード3B(A198S、N145S)およびA/Victoria/361/2011 で代表されるサブクレード3C(A198S、S45N、T48I)に属していた。また、サブクレード5、6(D53N、Y94H、I230V、E280A)、およびサブクレード3A(N144D、N145S、S312N)に属する株も少数ではあるが検出された。これらのサブクレードは系統樹上では区別されるが、互いに抗原性に差は認められなかった。抗原変異株は散発的に検出され、系統樹内で特定の集団は形成しなかった。また、ワクチン株A/Victoria/210/2009が入る、E62K、N144Kアミノ酸置換を持つPerth/16クレードに属する分離株は検出されなかった。

2-4)B型ウイルス
抗原性解析:B型インフルエンザウイルスには、B/Victoria/2/1987に代表されるVictoria系統とB/Yamagata(山形)/16/1988に代表される山形系統がある。2011/12シーズンに国内で分離・同定された株は1,716株で、Victoria系統と山形系統が混合流行し、その割合は2:1であった。海外諸国においてもVictoria系統の割合が優位ではあるが、多くの国で山形系統の分離株も増加する傾向がみられた。

感染研では国内および海外(中国、台湾、韓国、モンゴル、ラオス、ネパール)から収集した分離株のうち、Victoria系統の205株については5種類のフェレット感染血清を用いて、また、山形系統の150株については7~9種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を実施した。2-1)に示した理由により、B型の2系統の分離株の抗原性解析は、細胞で分離のB/Brisbane/60/2008およびB/Wisconsin/1/2010抗血清によるHI試験成績をもとに評価した。

その結果、Victoria系統分離株の99.5%は、ワクチン株B/Brisbane/60/2008類似であり、この傾向は昨シーズン(2010/11シーズン)から変わっていなかった。

一方、山形系統分離株は、2008/09シーズンに採用されたワクチン株B/Florida/4/2006からは抗原性が大きく変化していた。解析した分離株の97%は、2012/13シーズン向けのワクチン株に選定されたB/Wisconsin/1/2010に対する抗血清によく反応した。

遺伝子系統樹解析:Victoria系統では、分離株はすべて、HAタンパク質にN75K、N165K、S172Pアミノ酸置換を持つクレード1に属した(図3)。クレード1はさらに、多くの分離株が属するサブクレード1a[代表株:B/Brisbane/60/2008株、B/Sakai(堺)/43/2008株]と、L58Pアミノ酸置換を持つサブクレード1b[代表株:A/Shizuoka(静岡)/57/2011株]に区分された。クレード1a、1bに属する分離株に抗原性の差は認められなかった。今シーズンは、主流クレード(1a、1b)とは抗原性が異なるクレード3~6に属する分離株は検出されなかった。

山形系統では、分離株はHAタンパク質にP108A、S229Gアミノ酸置換を持つクレード2[代表株:B/Sendai(仙台)-H/114/2007株、B/Kanagawa(神奈川)/37/2011株]と、S150I、N165Y、S229Dアミノ酸置換を持つクレード3(代表株:B/Bangladesh/3333/2007株)に分かれた(図4)。クレード3はさらに3つのサブクレードに区分され、分離株の多くは、B/Wisconsin/1/2010株およびB/Sakai(堺)/68/2009株で代表される、N202Sアミノ酸置換を持つサブクレードに属していた。クレード2と3は系統樹上では明確に区別されるが、抗原性には差は認められなかった。

3.抗インフルエンザ薬耐性株の検出と性状
日本国内ではインフルエンザの治療には、主にウイルスNA蛋白を標的とするオセルタミビル(商品名タミフル)、ザナミビル(商品名リレンザ)、ペラミビル(商品名ラピアクタ)、ラニナミビル(商品名イナビル)の4種類のNA阻害剤が使用されている。日本は世界最大の抗インフルエンザ薬使用国であることから、薬剤耐性株の検出状況を迅速に把握し、地方自治体、医療機関および海外に情報提供することは公衆衛生上重要である。そこで感染研では全国の地研と役割分担して、A(H1N1)pdm09ウイルスについては、地研では耐性マーカーであるH275Y 変異をリアルタイムPCR で検出し、感染研インフルエンザウイルス研究センターでは主に薬剤感受性試験を担当した。また、A(H3N2) 亜型およびB型ウイルスについては、感染研に送られた全分離株について4薬剤に対して感受性試験を行った。

3-1)A(H1N1)pdm09ウイルス
2011/12シーズンは世界的に本亜型の報告数が少なく、国内で報告された19例のうち9株について解析を行った。その結果、すべての国内分離株は4薬剤に対して感受性を示し、耐性株は検出されなかった。また東アジア2カ国(ラオス、台湾)で分離された2株も感受性であった。一方、海外でも耐性株は散発的に検出されるのみで、総解析数の1.4%程度であった。

国内外で分離されているA(H1N1)pdm09ウイルスは、M2阻害剤アマンタジン(商品名シンメトレル)に対して耐性を示すことが報告されており、M2遺伝子解析を行った国内株8株および海外株2株のすべてがアマンタジン耐性変異(S31N)をもっていた。

3-2)A(H3N2) ウイルス
国内で分離された278株および東アジア5カ国(中国、韓国、ラオス、台湾、ネパール)で分離された84株について、薬剤感受性試験を行った。その結果、国内分離株からNAにR292K耐性変異をもつオセルタミビル/ペラミビル耐性株が1株検出された(表1)。この耐性株はザナミビルに対する感受性も低下していたが、ラニナミビルに対しては感受性を保持していた。一方、すべての海外分離株は4薬剤に対して感受性を示し、耐性株は検出されなかった。また、M2遺伝子解析を行った国内株137株および海外株59株のすべてがアマンタジン耐性変異(S31N)をもっていた。

3-3)B型ウイルス
国内で分離された248株および東アジア6カ国(中国、韓国、ラオス、モンゴル、台湾、ネパール)で分離された139株について薬剤感受性試験を行った。国内分離株のすべては4薬剤に対して感受性であったが、モンゴル分離株の1株はNAにH273Y耐性変異を持ち、ペラミビルに対する感受性が低下していた。

4.2011/12シーズンのワクチン株と流行株との一致性の評価
株サーベイランスはWHO世界インフルエンザ監視・対応システム(Global Influenza Surveillance and Response System: GISRS)により、地球規模で実施されるように改善されてきたため、流行予測精度が過去に比べて飛躍的に向上してきている。しかし、流行予測とワクチン株の選定を流行の終息前に行わざるを得ないため、ワクチン株と流行株が結果的に一致しない場合もある。このような背景を踏まえて、2011/12シーズンのワクチン株と実際の流行株との抗原性の一致状況について、シーズン終了後の総合成績と比較して評価した。

わが国における2011/12シーズン用のインフルエンザワクチン株は、例年と同じ検討を経て(本号13ページ参照)、2011年3月上旬に感染研においてA/California/7/2009(H1N1)pdm09、A/Victoria/210/2009(H3N2)(A/Perth/16/2009 類似株)、B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)が選定されて厚生労働省(厚労省)に報告され、その後、2011年5月2日付けで厚労省により決定されて公表された(IASR 32: 169, 2011)。

4-1)A(H1N1)pdm09ウイルス:
国内における流行は、小規模で散発的であった。一方、海外においては、アルゼンチンやグアテマラなどの中南米諸国で大きな流行がみられた。解析した国内外での流行株8株のうち、6株はワクチン株A/California/7/2009(H1N1)pdm09と抗原性がよく一致していたが、2株は抗原変異株であった。国内での流行規模が非常に小さく、解析した株数が少なかったことから、抗原性の一致度を評価することは難しいが、海外の成績等を勘案すると、全体的にはワクチン株とよく一致していたと考えられる。

4-2)A(H3N2) ウイルス:
2011/12シーズン中最も多く分離・検出され、その総数の約7割を占めた。流行期全体では、解析した分離株の約6割がワクチン株と抗原性がよく一致していたが、約4割が変異株であった。一方、抗原変異株を含むすべての分離株が、2011/12シーズンの代表株A/Victoria/361/2011に類似していたことから、次シーズンにはワクチン株の変更が必要であることが示唆された。

4-3)B型ウイルス:
A(H3N2) ウイルスに次いで多く分離・検出され、分離総数の約3割を占めた。Victoria系統と山形系統が2:1で混合流行し、この比率はシーズンを通じて変わらなかった。

解析したVictoria系統の流行株のほぼすべては、ワクチン株B/Brisbane/60/2008と抗原性が良く一致していた。一方、山形系統の流行株については、2011/12シーズンのワクチンには同系統の抗原が含まれていなかったので、ワクチンとの抗原性は全く一致していなかった。

以上のように、2011/12シーズンのワクチン株は、A(H1N1)pdm09、B型(Victoria系統)については流行株と抗原性がよく一致していたと判断される。一方、A(H3N2) では、シーズンを通して変異株が4割近くを占めたため、ワクチンと流行株との抗原性の一致度がある程度低下していた。B型では、ワクチンとは抗原性が異なる別系統(山形系統)が混合流行したが、これについては、ワクチンとの一致性は認められなかった。今後とも2系統のB型ウイルスが混合して流行する場合には、ワクチンには両系統の抗原を加える必要がある。

本研究は「厚生労働省感染症発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国76地研との共同研究として行われた。また、ワクチン株選定にあたっては、ワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の評価のために、新潟大学大学院医歯学総合研究科国際保健学分野・齋藤玲子教授からの協力を得た。海外からの情報はWHOインフルエンザ協力センター(米CDC、英国立医学研究所、豪WHO協力センター、中国CDC)から提供された。本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり、残りの成績は既にNESID の病原体検出情報で毎週各地研に還元された。また、本稿は上記研究事業の遂行にあたり、地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。

 

国立感染症研究所
インフルエンザウイルス研究センター第1室・WHOインフルエンザ協力センター
岸田典子 高下恵美 藤崎誠一郎 徐 紅 伊東玲子 土井輝子 江島美穂 金 南希
菅原裕美 佐藤 彩 今井正樹 小田切孝人 田代眞人
独立行政法人製品評価技術基盤機構 小口晃央 山崎秀司 藤田信之
地方衛生研究所インフルエンザ株サーベイランスグループ

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version