国立感染症研究所

logo

BSL3対応が必要な渡航者真菌症

(IASR Vol. 34 p. 3-4: 2013年1月号)

 

真菌症といえば皮膚に感染する「水虫」が有名だが、内臓に感染する真菌も数多く存在する。日本ではその多くが「日和見感染症」であり、健康に過ごしている人たちには感染する機会のないものである。しかし、世界の各地には日本にはみられない様々な真菌症がみられており、その中にはきわめて感染力、病原性とも高い、つまり健康な人も容易に重篤な真菌症を発症する真菌が存在する()。これらはいずれも輸入真菌症であるが、この中でも特に強毒性のものとしてコクシジオイデス症やヒストプラスマ症が知られている。胞子を吸い込むことにより肺に感染し(図1図2)、肺炎から全身の種々の臓器へと広がり、ときに致命的となる。いずれもバイオセーフティレベル(BSL)3に分類される真菌が原因であり、患者自身はもちろん、菌の分離、同定作業を行う検査技師も感染に伴う様々な危険にさらされる。これらの真菌は特に胞子を作る性質が強く、BSL3に対応していない通常の検査設備で培養すると、注意していても胞子を吸入しがちであるが、感染にはごく少数の吸入で十分である。「輸入真菌症を疑ったら、培養するな」という教訓はそのためである。培養を行わない場合でも、血清診断や病理検査などの検査法で診断できる症例も多い。ちなみにコクシジオイデス症は4類感染症であり、その原因菌であるCoccidioides immitisposadasii)は第3種病原体に指定されている。

このように、これらの輸入真菌症は健常人でも感染しやすく、また感染すると重篤になりやすい点で、わが国に土着の真菌とは大きく異なっており、その動向からは目が離せないが、近年、海外との交流の増加に伴いこれらの輸入真菌症も増加し、コクシジオイデス症は68例、ヒストプラスマ症は74例に達していることが明らかになっている(図3)。これらの輸入真菌症の多くは海外の流行地を訪れた日本人が現地で感染し、帰国してから発病したものであるが、一部には流行地の外国人が日本に訪問中に発病するものもある。ヒストプラスマ症では例外的に国内感染を疑わせる症例も一定数報告されているが、輸入真菌症の大部分の症例では海外の流行地への訪問・滞在歴を確実に聴取しておくことで疑いを持つことができる。

いずれも早い段階で疑いを持ち、安全な診断手順を踏んで治療に向かわないと、患者を失うばかりか、検査室を中心とした感染事故にも直結する疾患である。また、これらの輸入真菌症はバイオテロで利用される危険性も指摘されている。輸入真菌症はいずれも決して「海の向こうの話」ではない。もはやわが国のどの町の病院・診療所でも遭遇する可能性がある。医療施設、検査施設を問わず、日頃からこれらの疾患をも意識して臨む必要がある。

 

 

千葉大学真菌医学研究センター臨床感染症分野 亀井克彦

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version