国立感染症研究所

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トンスランス感染症の現状とその対策

(IASR Vol. 34 p. 5-6: 2013年1月号)

 

表在性皮膚真菌症は、世界人口の20~25%が感染しており、先進国では足白癬、開発途上国では頭部白癬が問題となっている。原因菌は、旅行、移民、難民の影響で少しずつ変化している(表1)。Trichophyton tonsurans もその一つで、本菌は、1960年代のキューバ革命に伴う難民が米国に侵入した結果、米国全土で流行し、1990年代には欧州にも拡大定着した。日本では2000年より格闘技選手間で集団発生が報告され、家族内、低年齢層への感染拡大が危惧されている。本菌は、欧米では既に黒人小児に定着しており、わが国でも格闘技選手以外に菌が定着するか否かは、今後の重要な問題である。

1.T. tonsurans 感染症の診断
T. tonsurans 感染症の特徴は、人好性菌のため症状に乏しいことである。本感染症の病型は、主に体部白癬・頭部白癬の2種類で、体部白癬は露出部である顔・頚部・上半身に単発あるいは多発する直径1~2cmの鱗屑を伴う淡い紅斑を呈することが多い。頭部白癬は、脂漏型、Black dot ringworm (BDR)、ケルスス禿瘡のいずれもみられるが、症状が軽微な患者が多い。そのため問診では、かゆみの有無、毛が薄くなってきた部位がないかを問うことが重要である。また、症状を認めなくても、ブラシ法で陽性となる保菌者(無症候性キャリア)が多くみられる。われわれの調査では、ブラシ法陽性率は、問診で現在体部白癬がなくても過去に体部白癬の既往があれば約16%、現在体部白癬があり過去にも既往がある場合は約40%であった。われわれはこれまで柔道選手を中心として、ブラシ検査を用いて集団検診をして、菌陽性者には治療を勧めてきた。今後、ブラシ検査法より簡便で、感度の良い方法の開発が望まれる。研究面においては、世界各国で分離されたT. tonsurans株の多遺伝子解析が試みられ、遺伝子型の調査が進められている。また、この遺伝子型と病原性の関連についての研究も発表されている。

2.T. tonsurans 感染症の治療
T. tonsurans は、人好性菌であるため自覚症状に乏しく保菌者になりやすく、保菌者の割合は年々増加しており、2009年の柔道選手の調査では80%が症状を認めていない。そのため治療に当たっては、患者のコンプライアンスが悪く、治療継続が難しい点が問題となってきた。また、保菌者が感染源となり、家族や低年齢層への感染が拡大している。今後、この感染症を撲滅できるのか、または、どのような形で日常生活の中に定着するのかは、重要な研究課題である。

現在、本感染症の撲滅を目指して、われわれは、治療ガイドラインを作成し、問診表とブラシ法による集団検診を行い、治療、追跡調査を行ってきた。治療方針は以下のようである。

a.ブラシ検査陰性の場合:体部白癬があれば、1カ月以上抗真菌剤を外用する。

b.ブラシ検査陽性の場合:ブラシ法で、集落数が2個以下の場合は、ミコナゾールシャンプーで洗髪を毎日3カ月継続する。集落が3個以上の場合は、1)イトラコナゾール400mg/日を1週間のパルス療法、2)塩酸テルビナフィン125mg/日を6週間または500mg/日を1週間のパルス療法を行う。この方針は、体重約60kgのおおよその目安で、症状の程度によってまた経過中のブラシ検査結果を参考にする。

治療成績は、追跡調査結果より、薬を処方どおり内服終了できれば3カ月後の調査で全例が菌陰性化した。しかし、受診をしない、内服を自己中止した症例では全例菌陰性化せず、治療のコンプライアンスの悪さが課題として残された。また、菌数が少なくミコナゾールシャンプーだけの症例は、陰性化したのは約65%だった。

また、予防策として生活指導も重視し、柔道部部室や自宅を電気掃除機での毎日清掃、競技で使うウェアの洗濯、練習後のシャワー浴、部員間でのタオルなどの共用禁止、皮疹の早期発見につとめ、皮疹のあるものは競技を休ませ、治療を受けることを勧めている。

3.今後の課題
過去10年間行ってきた集団検診の結果をみると、流行は外見上収まったかに見える。しかし、無症候性キャリアは増加しており、今後、患者の低年齢化、家族感染の調査が必要である。診断面では、さらなるブラシ検査の徹底・改良が必要である。治療面では、症状が軽いので、治療へのコンプライアンスが悪いため、有効で、簡単な治療プロトコールの検討が望まれる。本症の啓発のために、治療ガイドラインの改良、図譜、DVD の製作、ホームページの開設(http://www.tonsurans.jp/)、治療ネットワークの構築、さらなる医真菌学の普及が望まれる。

 

順天堂大学医学部附属練馬病院
皮膚・アレルギー科 比留間政太郎

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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