国立感染症研究所

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RSウイルスの臨床ウイルス学

(IASR Vol. 35 p. 139-140: 2014年6月号)

RSウイルス(RSV)のウイルス学的特徴
Human respiratory syncytial virus (RSV)は、パラミクソウイルス科、ニューモウイルス属に属し、1956年に米国のウイルス学者Morrisらによって発見された1, 2)。ウイルスの名前は、感染細胞に生じる形態学的変化である合胞体(syncytium)に由来する。ウイルス粒子は宿主細胞由来の脂質2重膜(エンベロープ)を有し、形状は非対称球形やひも状など不定である。非対称球形ウイルスの直径はおおよそ100~350nmである3)。RSVには、ヒト、チンパンジーおよびウシが感受性を示すと考えられている2, 3)。RSVのウイルスゲノムは、マイナスセンス1本鎖RNAで約12.5kbの長さを有する。RSVのゲノムからは11種類の蛋白質が翻訳されるが、このうち主要抗原は、F蛋白(fusion protein)とG蛋白(attachment glycoprotein)である。F蛋白の保存性は高いが、G蛋白には高頻度でアミノ酸置換(変異)を生じる。G蛋白の性状の差から、RSVは2つのサブグループ(RSV-AとRSV-B)に分類される3)。さらに、現在、G遺伝子の塩基配列に基づく分子系統樹解析により、RSV-Aは11遺伝子型(GA1-GA7、SAA1、NA1、NA2およびON1)とRSV-Bは20遺伝子型(GB1-GB4、BA1-BA6、BA7-BA10、SAB1-SAB3、SAB4およびURU1-2)に細分類される4-6)。ここ数年、国内外で検出されている主な遺伝子型はRSV-AではNA1とON1型、RSV-BではBA型である(本号12ページ参照)。

RSV感染症の疫学および臨床所見
RSVは、他の呼吸器ウイルス、例えばパラインフルエンザウイルスやヒトメタニューモウイルスと同様に通常感冒や下気道炎(気管支炎、細気管支炎および肺炎)を引き起こす。また、再感染も生涯にわたり起こる2)。特に、本感染症における重要な点は、初感染の乳児および高齢者に高率に気管支炎や肺炎を引き起こすことである。また、下気道炎に喘鳴などの呼吸障害を合併することも多い。他稿で詳述されるが、乳幼児においては、肺炎の約50%、細気管支炎の50~90%はRSVが原因であると推定されている3)。RSV感染による下気道炎に喘鳴を伴う時には、胸部X線検査で肺過膨張(hyperinflation)を呈する場合が多く、このような症例においては、入院加療を必要とする場合も少なくない。乳児では中耳炎の合併も多い。また、頻度は低いが、生後数週以内の乳児においては、罹患時に上述したような典型的な呼吸器症状を示さず、無呼吸発作を起こし、突然死につながる可能性も報告されている。さらに、母親からの移行抗体は乳児の感染防御に有効ではないと考えられる。

高齢者の再感染における下気道炎では、6~30%に喘鳴を合併することが知られている7)。さらに、慢性呼吸器疾患(喘息や慢性閉塞性肺疾患)のような基礎疾患を有する高齢者ではRSVの再感染により、これらの慢性疾患が増悪することもある(本号11ページ参照)3)。このようなことから、家庭、保育園および病院においては、軽症感染例の年長児や成人からの乳幼児や高齢者への感染に注意が必要である。

RSV感染症の流行は、わが国を含む、中緯度地域において、秋~冬にかけて生じることが知られている3)。熱帯・亜熱帯地域では、雨期を中心に流行していることが示唆されている2)。しかし、2010年頃から、わが国においては、原因は不明であるが、夏~秋にかけても患者数が多く報告されている。なお、わが国においては、RSV感染症は、感染症法において、5類感染症に指定されており、全国の小児科定点(約3,000定点)から、本疾患患者数が毎週報告されてい(http://www.niid.go.jp/niid/ja/10/2096-weeklygraph/1661-21rsv.html)。

RSVの検査診断法
他の呼吸器ウイルス感染症と同様に本感染症の検査診断には、免疫クロマト法、細胞培養法、中和抗体法および遺伝子検査法などが用いられる3)。免疫クロマト法は、キット化・市販されており、外来やベッドサイドでRSV感染症の検査診断が可能であるが、感度はあまり高くない。細胞培養法には、RSVに高感受性のHEp-2細胞(ヒト咽頭がん由来細胞)やA549細胞(ヒト肺がん由来細胞)などが用いられる。分離株の同定やRSVに対する患者血清抗体の測定には中和抗体法が用いられる。また、臨床材料(鼻汁、鼻腔ぬぐい液あるいは咽頭ぬぐい液)から、高感度かつ特異的にウイルスを検出するには逆転写PCR法が用いられる3, 8)

RSV感染症の予防と治療
1960年代に不活化RSVおよびパラインフルエンザウイルスワクチンの開発・臨床導入が試みられたが、ワクチン接種群において野生株のRSV感染により、より重篤な臨床症状(下気道炎や喘鳴)が出現したため、臨床への導入が中止された2, 3)。よって、RSVに効果的なワクチンは現在まで開発されていない。また、RSVは、凍結融解、加熱(55℃・5分)、界面活性剤および有機溶媒処理(クロロフォルムなど)で比較的速やかに不活化される3)

重症例への治療は、基本的には酸素投与、輸液および呼吸管理などの対症療法が中心である。喘鳴を伴う乳幼児の症例においては、β2刺激薬、吸入エピネフリンおよびステロイドなど、喘息発作時に準じた治療を行う場合もある。現在、米国で治療薬として認可および使用されている抗ウイルス薬(エアロゾル吸入)はリバビリンのみである3)

なお、現在、RSV感染予防薬として、抗RSVモノクローナルヒト型抗体製剤(パリビズマブ)が臨床応用されている。しかし、本剤はわが国においては、先天性心疾患を有する児などに臨床適応が限られている(本号5ページ参照)。

 
参考文献
  1. Morris JA, et al., Proc Soc Exp Biol Med 92: 544-549, 1956
  2. Collins PL and Crowe JE Jr, Fields Virology, 1601-1646, 2006
  3. Tang Y and Crowe JE Jr, Manual of Clin Microbiol, pp1361-1377, 2007
  4. Shobugawa Y, et al., J Clin Microbiol 47: 2475-2482, 2009
  5. Kushibuchi I, et al., Infect Genet Evol 18: 168-173, 2013
  6. Cui G, et al., PLoS One 8, e75020, 2013
  7. Falsey AR and Walsh EE, Clin Microbiol Rev 13: 371-384, 2000
  8. 木村博一, 菅井和子, 田代眞人, ウイルス感染症の検査診断スタンダード, 40-44, 2011
国立感染症研究所感染症疫学センター 木村博一 野田雅博 大石和徳  
群馬県衛生環境研究所 塚越博之  
国立病院機構福山医療センター小児科 菅井和子
 

 

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