国立感染症研究所

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腸内細菌科菌種におけるカルバペネム耐性メカニズムとその特長および動向

(IASR Vol. 35 p. 283- 284: 2014年12月号)

カルバペネム系抗菌薬(以下、カルバペネムとする)は、細菌感染症の治療に用いられる各種抗菌薬の中で「最後の頼みの綱」的な存在と位置づけられており、WHOや米国食品医薬品局/動物用医薬品センター(FDA/CMV)の評価では「極めて重要」、食品安全委員会による臨床的な重要度のランク付けでも、「極めて高度に重要」とされている。しかし、2000年代に入ると、カルバペネムに対し耐性を獲得した腸内細菌科の細菌、特に肺炎桿菌が問題となり始め、それらは現在、国際的に、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)やカルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌(CPE)として大きな関心事となっている。

腸内細菌科の菌種がカルバペネム耐性を獲得する分子メカニズムは、以下の二つに大別される。

A.何らかのβ-ラクタマーゼの産生量の増加と外膜蛋白(ポーリン)の変化

B.何らかのカルバペネム分解酵素(カルバペネマーゼ)の産生

前者Aの例としては、染色体性の誘導型AmpCセファロスポリナーゼを大量に産生し、しかも細菌の外膜に存在する35~40 kDa程度の分子量の薬剤の透過孔となっているポーリンが減少あるいは欠失したEnterobacter 属などが知られている。そのような株は、日常的な薬剤耐性検査では「イミペネム R:耐性」と判定されることが多い。このような現象は、プラスミド媒介性のDHA型クラスCセファロスポリナーゼやCTX-M型の基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)を多量に産生し同時にポーリンが減少したり欠失した肺炎桿菌などの菌種でもしばしば観察され、以下のカルバペネマーゼ産生株との鑑別が必要となる。

後者Bの例としては、IMP型やNDM型、KPC型などのカルバペネマーゼを産生する場合である。カルバペネマーゼは大きく分けてメタロ型カルバペネマーゼ(メタロ-β-ラクタマーゼ:MBL)とセリン型カルバペネマーゼに分かれる。なお、カルバペネマーゼの産生に加え外膜ポーリンが減少または欠失した株は、カルバペネムに対し高度耐性を示す傾向がある。

1. メタロ-β-ラクタマーゼ(MBL)の産生
a. IMP型
1991年愛知県内の病院で分離されたイミペネム耐性Serratia marcescens からIMP-1が最初に発見された。なお、1980年代の終わり頃より、伝達性のイミペネム耐性を獲得した緑膿菌の出現が報告されていたが、それらもIMP型MBLを産生していることが後に判明した。IMP型MBLの遺伝子は伝達性のプラスミド上のインテグロン構造により媒介されており、現時点では、主として緑膿菌などのブドウ糖非発酵グラム陰性菌から検出される。最近では、腸内細菌科の菌種でもIMP-1型MBL産生株が検出されるようになり、腸内細菌科の同属の菌種間のみならず、属が異なる菌種間にもプラスミドの伝達に伴って拡散しつつある。IMP型は、以下に解説するVIM型やNDM型と比べ、カルバペネムを分解する活性が高い点が特長である。IMP型MBL産生株はアジア地域から多く報告される傾向があるが、欧州地域や米国などからも変種(バリアント)が若干報告されている。なお、国内では、IMP-1とアミノ酸配列が1カ所変化したIMP-6と命名されたイミペネムの分解活性が弱いタイプが腸内細菌科よりしばしば分離される。したがって、IMP-6産生株は日常的な薬剤感受性検査でイミペネムに「R: 耐性」と判定されない場合が多く、見落とされる危険性があり、一部でアウトブレイクを引き起こしている。また、通常のPCR検査ではIMP-1と識別が困難である。

b.VIM型
1997年にイタリアのヴェローナの病院で分離されたカルバペネム耐性緑膿菌よりVIM-1が発見された。VIM型カルバペネマーゼ産生菌の多くは緑膿菌であるが、2000年代に入るとVIM-2を産生する肺炎桿菌などが欧州で報告され始め、2005年にはVIM-1を産生する肺炎桿菌のアウトブレイクが報告されている。現在、VIM型MBLを産生する腸内細菌科の菌種の頻度はそれほど高くないが、欧州地域を中心に広がりつつあり、警戒されている。

c. NDM型
2007年にインドで手術を受けてスウェーデンに戻ったインド系の患者より分離された肺炎桿菌より最初に発見された。その後、インドを訪問し小手術などを受け英国に帰国した多数の人々から、NDM-1を産生する肺炎桿菌や大腸菌がしばしば分離されるというショッキングな論文が2010年に著名な学術雑誌で報告されたことから、世界的に大きな関心事となった。NDM-1を産生するカルバペネム耐性肺炎桿菌は、現在、英国や欧州各地に広がりつつあり、同時に、インドの近隣のバングラデシュやパキスタン、さらに東南アジア地域の国々など、世界各地にも拡散しつつある。しかし、NDM-1産生株は、日常検査では必ずしもカルバペネムに「R:耐性」と判定されない場合もあり、注意が必要である。

2.セリン型カルバペネマーゼの産生
a.KPC型
1990年代の後半より、米国のノースカロライナ州あたりでカルバペネムに耐性を示す肺炎桿菌が報告され始め、詳しい解析の結果、KPC型と命名された新しいカルバペネマーゼを産生していることが明らかとなった。KPC型カルバペネマーゼの中で特にKPC-2産生肺炎桿菌は、その後、ニューヨーク州などにも広がり、全米に拡散し始めたのと平行して、海を越え、イスラエルやギリシャなどにも広がり、現在では欧州全域や中国の南東部沿岸地域の諸都市を含む世界各地に拡散しつつある。

b.OXA-48型(OXA-48やOXA-181などを含む)
OXA-48は2001年にトルコで分離された肺炎桿菌で最初に確認された。その後しばらくの間はあまり問題視されなかったが、2009年あたりから、ベルギーやオランダ、さらにフランスやスペインなどで、OXA-48を産生する肺炎桿菌によるアウトブレイクが問題視され始め、現在、欧州全体から世界各地に拡散しつつある。OXA-48に類似したOXA-181は、インドで2006年頃に分離された株で確認され始め、現在、アジア地域などに拡散しつつある。

c. GES型
2004年にわが国やギリシャで分離された肺炎桿菌からGES-4やGES-5と命名された新しいβ-ラクタマーゼが発見された。現在、GES-5産生株は、南アフリカや南米地域、さらに世界各地から散発的ではあるが検出され始めており、今後の広がりが警戒されている。

 
名古屋大学大学院医学系研究科
  分子病原細菌学/耐性菌制御学 荒川宜親
 

 

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