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腸管出血性大腸菌感染症における溶血性尿毒症症候群、2014年

(IASR Vol. 36 p. 84-86: 2015年5月号)

溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)は腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の重篤な合併症の一つである。国立感染症研究所(感染研)では、感染症発生動向調査で報告されたEHEC感染症のHUS発症例について、疫学、原因菌、臨床経過、予後等に関する情報を収集し、毎年本誌で報告してきた(IASR 30: 122-123, 2009; 31: 170-172, 2010; 32: 141-143, 2011; 33: 128-130, 2012; 34: 140-141, 2013; 35: 130-132, 2014)。2011年以降、菌不分離であるHUS発症例のEHEC感染症確定診断を目的として、患者血清の抗大腸菌抗体検査を感染研へ依頼するケースが増えつつある(IASR 33: 130-131, 2012)。本稿では、感染研における確定診断結果を含めて、2014年のHUS発症例に関してまとめを報告する。

HUS発生状況
感染症発生動向調査に基づくEHEC感染症の報告数(2015年4月8日現在)は、2014年(診断週が2014年第1~52週)が4,149例(うち有症状者2,837例:68%)で、そのうちHUSの記載があった報告は102例であった。HUS発症例の性別は男性39例、女性63例で女性が多かった(1:1.6)。年齢は中央値が5歳(範囲:0~89歳)で、年齢群別では0~4歳が44例(43%)で最も多く、次いで5~9歳23例(23%)、65歳以上16例(16%)の順であった。有症状者のHUS発症率は全体では3.6%であり、年齢群別では0~4歳が7.2%で最も高く、次いで5~9歳が6.0%、65歳以上が5.3%の順で、低年齢の小児と高齢者で発症率が高い傾向を示した()。

EHEC診断方法と分離菌およびO抗原凝集抗体
診断方法は菌の分離が70例(69%)で、患者血清によるO抗原凝集抗体の検出のみが30例(29%)、便からのVero毒素(VT)検出のみが2例(2%)であった()。

菌が分離された70例のO血清群と毒素型は、血清群別ではO157が全体の80%を占め、毒素型ではVT2陽性株(VT2単独またはVT1&2)が87%(61例)を占めた。また、患者血清のみで診断された30例のうち、O抗原凝集抗体が明らかになった17例の内訳は、O157が16例、O145が1例であった。

2007年以降2014年までに感染研・細菌第一部で受け付けたHUS症例の血清診断依頼は60件あり、そのうちO抗原凝集抗体が検出された例は48件あった(陽性率80%)。当初EHECが不分離のHUS発症例として感染研で血清診断を実施したこれまでの例で、特定の抗体が陽性となったことを受け、陽性抗体を感作させた免疫磁気ビーズを用いて患者便からの濃縮培養法を実施したところ、当該O血清群のEHECがそれぞれ分離可能となった事例がいくつかあった。特定のO血清群を感作させた免疫磁気ビーズの市販品がない場合には自家調製することが可能である(詳細は感染研ホームページからダウンロード可能な「EHEC検査マニュアル 平成24年6月改訂」http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/EHEC.pdf参照のこと)。

感染原因・感染経路
確定または推定として報告されている感染原因・感染経路は、経口感染が52例(51%)、接触感染が5例(5%)、「記載なし」または「不明」の報告が45例(44%)であった。経口感染と報告された52例中20例に肉類の喫食が記載され、うち生肉(ユッケ、レバー、牛刺し、加熱不十分な肉等)の記載は6例(馬刺し3例、レバ刺し2例、ユッケ1例)であった。また、肉類以外として、埼玉県の保育所における食中毒に関連した給食の喫食が5例、静岡県の花火大会における食中毒に関連した「冷やしキュウリ」の喫食が6例報告された。

臨床経過(症状・合併症・治療・転帰)
保健所への届出時に選択された臨床症状については、昨年までと同様に血便、腹痛の出現率がそれぞれ77%、71%と高く報告されていた。また、届出時に脳症を合併していた症例は4例(4%)であった。

HUS102例の報告のうち、診断した医師への問い合わせにより、54例(HUS発症届出例の53%)についての詳細な情報を収集できた。そのうち、届出時には報告のなかった脳症の合併がさらに4例明らかとなった。

治療では、54例中43例(80%)で経過中に何らかの抗菌薬が使用され、そのうちホスホマイシンが31例(72%)で最も多く使用されていた。また、透析は18例(33%)で実施されていた。

保健所への届出から1カ月以上経過した時点で確認した転帰・予後は、52例(HUS発症届出例の51%)から情報が得られ、軽快・治癒32例(62%)、通院治療中13例(25%)、入院中2例(4%)、不明4例(8%)で、死亡が1例(1%)報告された。なお、HUS発症例全体での死亡はこの1例(致命率1.0%)のみであり、年齢は80代の女性であった。

考 察
2014年のHUS発症例は、2011年以来3年ぶりに100例を超え、比較可能な2006年以降では2007年(129例)、2011年(105例)に次いで過去3番目に多い報告数であった。この増加の一因として、2014年の夏季に起きた2つの食中毒事例(静岡県の花火大会、埼玉県の保育所)でHUS発症例が複数集積(各々6例、5例)したことが挙げられる。

推定(または確定)感染原因・感染経路では、6例が同一食中毒事例における「冷やしキュウリ」が原因とされていた。EHECに汚染された野菜や漬物等による食中毒事例は、過去にも報告されており、加熱せずに喫食する食品を介した感染には、引き続き注意を要する。また、春季に馬刺しの喫食に関連した食中毒が発生し、少なくとも3例のHUS発症例が報告された。本事例は、生食用馬肉を原因食品とする初のEHEC食中毒となり、馬自体が保菌している可能性も含めて馬肉の汚染原因は不明のままであった。厚生労働省の生食用食肉・牛レバーに関する施策により、2012年以降「生肉(加熱不十分な肉を含む)の喫食」に関連したHUS発症例は減少していたが、2014年にはユッケやレバ刺しも少数ながら散見されており、今後生肉の喫食に関連したHUS発症例の再増加が懸念される。

今回の調査にあたり、症例届出や問合せにご協力いただいた地方感染症情報センターならびに保健所、届出医療機関の担当者の皆様に深く感謝いたします。

これまでと同様に、菌分離が困難なHUS症例の確定診断については感染研・細菌第一部(ehecアットマークniid.go.jp)までお問い合わせ下さい。

 

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    齊藤剛仁 河端邦夫 高橋琢理 八幡裕一郎 砂川富正 大石和徳
  細菌第一部    
    伊豫田 淳 石原朋子 大西 真

 

 

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