国立感染症研究所

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国内で初めて確定されたCryptococcus gattii genotype VGIIa株による感染例について

(IASR Vol. 36 p. 187-188: 2015年10月号)

はじめに
本邦におけるクリプトコックス症の原因菌はCryptococcus neoformans であり、C. gattii を原因菌とする症例は極めて稀である。C. neoformans は全世界的に環境中に分布し、特にハトの堆積糞から高頻度で分離することができる。一方で、C. gattii は、オーストラリアや南米などの熱帯や亜熱帯に限局し、樹木(特にユーカリ)から分離される。1999年に温帯であるカナダ・バンクーバー島でアウトブレイクが起こり、その後米国へと感染が広がった。本菌には4つの遺伝子型(VGI~VGIV)が存在し、カナダ・バンクーバー島でアウトブレイクした株の遺伝子型はVGIIaである1)。この遺伝子型は、2007年に国内初の症例から分離された菌株(JP01株)と同一であった。

症 例
C. gattii VGIIa株による国内で初めて確定されたクリプトコックス症例は、東京大学附属病院Okamoto らによって報告された2)。症例は44歳の日本人男性で、3年前より高血糖を指摘されていたが、未治療であった。HIV-1/2は陰性。頭痛、右同名半盲で受診し、頭部 MRI検査で左後頭葉に 4cm 大の腫瘤が認められた。開頭腫瘤摘出術が行われ、病理検査により酵母様真菌が観察され、さらに培養菌株はC. gattii であったことから脳クリプトコックス症と診断された。血清および脳髄液クリプトコックス抗原は、それぞれ>1:512、1:64であった。リポソーム・アムホテリシンB(4mg/kg/day)とフルシトシン(100mg/kg/day)が3週間投与され、その後、経口フルコナゾール(400mg/day)に変更した。1年後のフォローアップで脳クリプトコックス症は再燃しておらず、また肺結節は消失した。当該患者の渡航歴は、発症の19年前にグアム、8年前にサイパンのみであり、北米やオーストラリアなどのC. gattii 感染が報告されている国への渡航はない。加えて、山間部での生活経験もない。

分離株の遺伝子型解析
C. gattii に限らず、グローバルな規模での分子疫学調査には複数のハウスキーピング遺伝子のDNA塩基配列を解析するMLST(multilocus sequence typing)法が標準的な方法である。C. neoformansC. gattii ではCAP59GPD1LAC1SOD1URA5PLB1IGSを用いる。C. gattii JP01株をMLST法で解析すると、VGII型のさらに亜型a、すなわちVGIIaと同定された()。これはカナダ・バンクーバー島で集団発生した遺伝子型と同一である。VGIIa型は病原性が他の型よりも強いことが示唆されている。現在、VGII株による感染例は世界中で報告されているが、優位な遺伝子型は地域により異なる3)。ヨーロッパ、オーストラリアとアジアは、VGI型が約70%とVGII型が20~30%である。北米と南米はVGII型が60~70%でこれにVGIII型が続く。アフリカはVGIV型が約90%を占めている。

国内初確定例はどこで感染したのか?
カナダ・バンクーバー島アウトブレイク株は、オーストラリアから持ち込まれたと考えられる。元々は低病原性であったが、バンクーバー島で種内交配が起こり、高病原性株へと変化したと考えらえている4)

当該患者はC. gattii 感染症のいわゆる高浸淫地域への渡航歴がないにもかかわらず、バンクーバー・アウトブレク株と同じ遺伝子型株に感染した。従って、日本国内で感染したと考えるのが妥当であろう。なんらかの原因でVGIIa株がバンクーバー島あるいは他の地域から日本に持ち込まれ、それが日本の環境に適応したのかもしれない。国内初確定例分離株(JP01)の全ゲノム配列を解析し、GenBankに登録されている配列と比較したところ、JP01株に特徴的な配列(遺伝子)を確認することができた(未発表)。これは感染経路を推定する上で有用な情報となる。

 

参考文献
  1. Kidd SE, et al., Proc Natl Acad Sci USA 101(49): 17258-17263, 2004
  2. Okamoto K, et al., Emerg Infect Dis 16(7): 1155- 1157, 2010
  3. Chen SC, et al., Clin Microbiol Rev 27(4): 980-1024, 2014
  4. Fraser JA, et al., Nature 437(7063): 1360-1364, 2005

明治薬科大学微生物学研究室
   杉田 隆 張 音実

 

 

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